N-133 早急にやるべきこと
アルトスさんの部隊が西に進軍して3日目。
現在は旧王都の西壁から500m程西の焼け跡に戦線が動いている。
南北数kmに伸びた戦線を約2個大隊1,500人程の兵士が攻撃しながら前進するのだから、攻撃開始時点から比べれば西進のペースは遅くなる。
俺達が小屋掛けした付近の林を利用してレムナム軍が大急ぎで防衛陣地を造っているが、資材も禄にない状態での作業だからあまり芳しくはないようだ。
周囲の林を片っ端から伐採しているが、あれでは良い狩場が消えてしまうな。
エクレムさん達の部隊が作った砦は結構頑丈そうだ。柵の前面には空堀を作っているようだが、将来的には湖から導水する事も出来そうだな。
サンドミナスはレムナムとの国境近くにあった町を放棄したようだ。
軍を10km以上後退させて魔物を防ぐ柵を構築しているが、大きな森が無いから、石を積上げて作っている。
南の荒地から石を運ぶ荷車がアリの行列のようにも見える。
レムナム軍も国境の前線から後退いて旧ボルテム王都の城壁沿いに柵を作っている。
まぁ、レムナム軍の方については森林資源が豊富だから、早い速度で柵が出来つつある。
そして、湖の南岸は魔物と獣の領土になっている。
かなりの数の魔物や獣が炎に追われて南に下ったからどうしようも無い事なのだが、レムナム軍のサンドミナス攻略はかなり難しくなってきているな。
俺達の仮設指揮所は、昨日移動して旧王都のほぼ南側に現在位置している。
アルトスさんはかなり移動に反対していたが、王都の南門は柵で仕切られているし、中ではアルトさんが積極的に狩りをしている。
そして、結界を作る尖塔の破壊で生じた旧王都の半分程の区域では、魔物の殲滅宣言を昨日にアルトさんが出していることにもよる。
まだ、旧王都には入れないが、それも今年中には何とかなるだろう。
破壊された迷宮入口に10m程の高さの石壁を張り巡らせて、魔物の出現をそこで食い止められるように手配中だ。
「このまま戦が進めば、北西の森にいるデルノスは生き残りますね」
「寿命がどれ位かは想像できないけど、長らく洞窟の入口を守ってきてくれたのは確かだ。デルノスのお蔭で村は安全だったと長老も言っていたよ。俺は残しておいても良いと思うんだ。あの森の一体に俺達が近付かなければ良いだけだからね」
将来的には問題があるかもしれないけど、ある意味守り神に近い存在だ。残しておくべきだろうな。
「アルトス様からの連絡です。『作戦計画の防衛線に北端の中隊が到達』以上です」
通信兵がそれだけ報告すると足早に去って行く。
どうやら俺達の足止め部隊を間引きして、新らしい防衛線の構築に振り分け始めたようだ。
俺達が計画した防衛線とレムナム軍の防衛線は2km程離れているから、アルトスさんの進軍は計画通りの場所で停止するかな?
エクレムさんと同じように少し先に延ばすことも考えているようにも思えるな。
敵には、長距離攻撃を仕掛ける術がないから、ある意味一方的な進軍でもある。
出来るだけ、版図を広げたい気持ちは理解出来るが、その後の防衛を考えると、国力の差が出てくるんだよな。
俺達の新パラム王国の国民は3万を少し出た位だ。
移民策を考えても、ネコ族を6割以上保ちたいから、精々5万程度になるだけだ。
サンドミナスにしてもレムナムにしてもその国民は30万を超えている。
この差はいかんともし難い。そして俺達が他国に侵攻できない理由でもある。
という事で、今回作った防衛線の内側がしばらくは俺達の版図になるだろう。
後は、防衛線を維持して国力を蓄えねばならない。
「この戦が終れば平和が来るんでしょうか?」
「少なくとも2、3年は俺達に手出しが出来ないんじゃないかな。
サンドミナス王国は自国の領地をかなり失ったし、レムナムも東の進出は旧ボルテム王都とラクト村までだ。そして、両国とも内海を挟んで対峙している。俺達に構っていられないと思うよ」
両国とも100km以上の海岸線が20km程の内海を隔てているのだ。
海岸線の防衛には苦心するだろう。
俺達も将来は海軍を設立する事になるだろうがとりあえずは湖を渡ってくる間者の監視を兼ねた漁船を作れば良いだろう。
また釣りが出来ると思うとうれしくなるな。
◇
◇
◇
仮設指揮所に、アルトスさんとエクレムさんが集まっている。
まだ、西の戦線では戦が続いているようだが、レムナム軍は急造した陣地に引き篭もってしまったらしい。
かなりの魔物が西に向かったらしいが、陣に近付かぬ限りそれらの対処は行っていないらしい。
これではラクト村に村人が戻るのは困難だろうな。
「南の防衛線は頑丈だぞ。もう直、空堀が東岸に届く。そうしたら、湖から導水する手筈になっている」
「東岸は岸壁でしたよね。背後をとられる事がないなら兵力を他に向けられます」
「そうだな。俺としては2個中隊を常駐させれば十分だろうと思う。少なくとも1個中隊は引き上げられるぞ」
「俺のところは、レムナム軍が1個大隊以上残っているから、同じ規模は確保せねばなるまい。北の守りも気になるところだ」
確かに山麓部には柵すらない状態だ。
拠点の一部をこちらに移動する事になりそうだな。
「たぶん推測ですが、しばらくの平和が訪れると思います。両軍とも失う兵力は少なかったですが、拠点を失いましたからね。短期間で俺達を下さなければ、もう1つの王国に背後を突かれる状況にあります」
「その間にやる事が色々とあるな」
「先ずは、旧パラム王都を何とかしなければなりません」
「それじゃが、金で解決せぬか?」
仮設指揮所に入って来たのは、アルトさんにディーさんだった。
慌てて従兵が椅子を用意している。
「旧王都の復興の課題は破壊された迷宮の入口じゃ。地下に潜って破壊する事も可能じゃが、折角の資源でもある。このように小さな結界を作り、この中に魔物を閉じ込めれば昔通りにハンターが魔石狩りをする事も可能じゃと思うのじゃが……」
アルトさんが几帳面に折畳まれた図面をテーブルに手で伸ばしている。
たぶん、エイダス島に来る前に作ってもらったんだろう。
タイミングを見計らって俺達に提示してきた訳だ。
基本的な考え方は俺と同じだ。違うのは、迷宮前の広場が更に小さくなり、4方向に結界を構築するための小さな塔が設けられる事だな。
その塔でさえも、広場の見張りを兼ねるような形だ。
「これを発注せよと?」
「建造物を作るのじゃ。何も自国で作ることもなかろう。それでなくとも王都の復興工事はせねばなるまい」
一同、温くなったお茶を飲みながら考え込んでしまった。
俺達は出て来た魔物を高い塀で囲った広場で処置しようと考えていたが、アルトさんの提示した案では、そもそも魔物が広場から出られない。十分に状況を確認しながら処置できる。
王都で暮らす住民を考えればアルトさんの提示した案は願ったりなのだが……
「それで、どれ位の金額になります?」
「そうじゃのう……。ミズキに言われた額は、新パラムに今回我等が納める税金の8割じゃ。流石にこれだけでは多すぎるじゃろうから、王宮の再建を手伝う事にしよう。どうじゃ?」
どうじゃ?って言われても俺には判断出来ないぞ。
「明日まで待って貰えませんか。たぶん問題ないと思いますが、一応、長老の許可を得たいと思います」
「明日じゃな。待っておるぞ」
そう言うと、ディーさんと2人で仮設指揮所を去って行った。
「いったい、どれ位魔物を狩ったんだ?」
「不明です。でも、かなりの数になったんでしょうね」
「元々はアルト様の魔石だ。本来であれば3割の上納なのだが、それを5割にして来て貰っている。ある意味、我等に対する援助と見るべきだが……」
「だが、工事を外国に任せるのは確かに長老に相談しておくほうが良いだろう。レムルの判断でも長老は賛同するであろうがな」
そんな話をしていると、アルトさんがとことこと走ってきた。
「……済まぬ、肝心の話を忘れておった。王都に散乱した遺体じゃが、我等で一箇所に纏めても良いじゃろうか? 戦の最中に部隊を裂く事も出来んじゃろう」
「それは、なんとしても我等の手で行ないたい。1小隊程度ならどうにでもなる」
「ならば北門前に明日の朝ということでどうじゃ。出来れば、骨を入れる入れ物が欲しいところじゃ」
そう言うと、再び仮設指揮所の外に駆けて行った。意外と急がしそうだな。
「確かに、アルトスの言うとおりだ。アルト様には感謝しきれんぞ」
「俺達を逃すために犠牲になった者達だ。決して無碍な扱いは出来ぬ」
「アルトス……。」
「分っている。お前達の兄の最後の場所は知っている。もし、そこにあれば必ず届ける」
アイネさんが、か細い声でアルトスさんに頼んでる。
しっかりとその言葉の続きを、アルトスさんは理解しているみたいだな。
「シーツを大量に集めろ。そして寝ずにシーツで袋を作れ! 俺達の戦は終っていないが、王都で眠る者達には戦が終ったのだ。できる限り、場所と持ち物を確認して生前が誰かを確認せねばなるまい」
そして、アルトスさんの大号令で、200人近くの女性が袋を縫い始める。
エルちゃんもシイネさんに教えて貰ってるし、驚いたことにアイネさんやマイネさんもその中に混じっている。
他の袋に比べれば無骨な仕上がりだけど、気は心って言うからな。その袋に納まる遺体もそんなアイネさんの思いやりを感じることが出来ると思う。
「さて、問題はその後だな」
「あぁ、かなり数になる筈だ。慰霊塔を作ることになるだろうな」
「どこに作るんですか? そして規模は?」
「数が分ってからでも良いだろうが、好い景色の場所にまいそうしてやりたいものだ」
納得の行く場所を早めに確保せねばなるまい。
どれ位の数になるか分らないけど、新王国の最初の仕事には違いないだろう。
そして、王都の復興も考えなければならない。王都、地下の村、遺跡の近くの町、それに北の部落がある。
地下の村人を分散させたとしても、完全に過疎って感じだ。
やはり移民の受け入れを急ぐ他は無さそうだ。




