N-131 戦闘前夜
結局俺達が移動を開始したのは、次の日の明け方近くになってからだ。
数台の馬車と10台を越す荷車で引越しが始まる。
本来は警備をするための人員も2分隊程は荷車を押したり曳いたりしている。
休憩を挟んで俺達の周囲を囲んでいる兵士と交代するのだろうが、ご苦労な事だ。
どうやら街道を進むらしく、一旦は関所の方向のに進んで森の街道に出た。
街道は南に向かっているが、半分程進んだところで王都に向かうらしい。もっとも馬車1台が通れるだけの道だけどね。
「小さい頃に1度この街道を通ったにゃ。深い森で怖かったにゃ」
馬車の屋根で折れと一緒に周囲を見ていたアイネさんが呟いた。
何でも、魔石交易の随行でアイネさん達の家族が同行した事があったそうだ。
数十台の馬車を連ねて遺跡を使って昔から取引が行われていたらしい。
冬場は洞窟の村を通るルートを使ったんだろうな。
魔石は、ネコ族の特産品に近い。周囲の国が力を付ければ、狙うのは必然だったのだろう。
「森を再生するのは時間が掛かるでしょうね。でも、この道を広くすれば昔程には怖くないかも知れませんよ」
「馬車で2日掛かったにゃ。途中に村があると便利にゃ」
たぶん将来は、そうなるだろう。あの関所辺りが丁度良いのかも知れない。
水はあるし、森の木材も村の収入源になる。そして、何と言っても安全圏になる。
2つの国境付近では、住民だって不安になるだろう。まぁ、屯田兵を組織することも考えるべきかも知れないな。
森の焼け跡に入ったところで休息をかねた朝食を取る。
黒パンにハムを挟んだ簡単なサンドイッチにお茶が朝食だ。
周囲の焼け焦げた森の残骸を見ながらの朝食はさびしいものがあるな。
「獣の焼死体が見当たりませんね」
「上手く逃れたんじゃないかな? 一応、南の方向と北の山裾は火の周りを遅くしてあるからな。そのお蔭で、サンドミナスは南に軍を下げ始めているし、レムナムの侵攻部隊の後続は魔物と争ってるようだ」
「ならば、エクレム殿の方は戦をせずともなんとかなりますな」
「たぶんね。とはいえ、魔物が戻って来ないとも限らない。20M(3km)を越える国境を急造しなければならないから、大変だと思うよ」
資材を運んで入るが、必要量にはとても満たない。まだ燻ぶっている木を切って柵を作らねばならないのだ。魔物達に脅えながらの作業だから、結構時間がかかるんじゃないかな。
その点、アルトスさんの方は人間が相手だから相手の足止めをすれば良い。
高さ1mに満たない柵でも有効なのだ。簡易的にロープを張り巡らすだけでも効果がある。
それに、一旦はレムナム軍と対峙するだろうがジリジリと前進するだろうから、容易に移動出来る柵である事が望ましいことになる。
ロープに梯子はかなり効果的だな。
お茶とタバコで休息の残り時間を過ごすと、再び馬車の車列が動き出す。
2時間程進んだところで、右に行く岐路があった。俺達は個度は西へと進路を変えて進んで行く。
焼け跡ばかりが見えていたが、荷馬車の上からは前方遥かに燃えている森が見える。
南北にまだ繋がって燃えているから、レムナム軍は俺達にまだ気付いていないかも知れないな。
そして、ここまで焼けた森の跡地に入ると、焦げた匂いが周囲に立ち込めている。
かなりの数の黒く焼けた立ち木が、今でもうっすらと煙を上げているぞ。
一応、街道は家事の残骸を除けているようだが、たまに小さな炭のようになった枝を踏みつけて馬車が揺れる。
このまま、馬車に乗っていたら乗り物酔いになりそうだと考えていると、前方に街道の真ん中に立って、両手を広げて俺達の進路を塞いでいる部隊に出会った。
直に護衛の兵士が走って行く。
「此処に仮設指揮所を作って欲しいとのアルトス殿の意向です。20M(3km)先は仮の防衛線を構築しているとの話でした」
戻って来た兵士の報告に、早速馬車から降りて周囲を確認する。どうやら、仮設指揮所を作り易くするために数十mの範囲で燃え残った木々を切り倒してある。
更に、地面も数十人が何度も歩いたようで、かなり締っている。
早速、警備の兵士に指示を与えて仮設指揮所を開設する。
エルちゃんの乗る馬車と通信部隊が乗る馬車を数m離して停めて、馬車の屋根同士を天幕用の布を使って結べば、ちょっとした屋根が出来る。そこにテーブルと椅子を並べれば指揮所の形になる。そして前後を馬車で塞げば警備も楽になる。
そんな4台の馬車の周囲に馬車や荷車を並べ、足りないところは杭を打ち込みロープを幾重にも張り巡らせる。
そんな仮設工事が終ったところでエルちゃんを馬車から出してあげる。
早速、通信兵の少年を捕まえて仮設指揮所の場所と相手の状況を確認するように指示しているぞ。
テーブルをもう1つ用意してもらい、端末で状況を確認する。
緊急連絡が無かったから大きな問題は発生していないだろうが、かなり時間が過ぎている。前線の状況は流動的だからな。
西の森林火災はほぼ終局段階だ。大きな1本の炎の線が南北に伸びている。その幅は約1km程だ。これが収まれば互いの軍が顔を合わせる事になる。
南のエクレムさん達はかなり南進して柵を作ったようだ。
湖の南端から300mは伸びているような感じだ。とは言え、西にそれ程広がっている訳ではない。
西の端には大きな櫓を作り始めているから、柵を更に強固にして砦化するつもりのようだ。
仮想ディスプレイのグリッドで座標を読み取り、地図にエクレムさん達が構築している柵の場所を記載する。
次に同じようにアルトスさんの部隊が作った仮設の柵を記載した。
「特に問題はないようです。エクレムさんの方は、全く敵兵も魔物の姿も見えないとのことです。
アルトスさんの部隊は可能な限り炎に近付いて柵を作ったと言っていました。
ラクトー山の監視所は監視員を数人残して、リザル族のハンターと共に南下したそうです」
上手くいけば、王都の北側の森は残りそうだな。
「ありがとう。だいたい、こんな形だな。早ければ明日の朝にレムナムとの戦が始まるぞ。
レムナム軍の主力部隊の位置を座標で確認するから、地図に落としてくれないかな?」
そして、俺とエルちゃんの単調な仕事が始まる。
敵の先頭部隊は旧パラム王都の東の城門から2km位にまで進出しているがその北端の部隊は魔物達と争っているように見える。
南端は湖に達しているが、こちらはジッとしているな。
中央は西の城壁沿いに2個中隊程が集まっており、その後方3km付近には1個大隊が待機している。
後方の部隊は、北に向かって防衛線を張っているが、これは魔物が予想以上に王都の北を廻った為だろう。ある意味、俺達の伏兵だな。
「だいぶ魔物が西に向かいましたね。これだと、レムナム軍は先行部隊を支援出来なくなります」
「それが狙いだったんだが、予想以上に上手く運んだよ。ラクトー山に展開していたハンターやリザル族のハンター達が活躍してくれたおかげだと思うな」
敵の部隊状況を簡単な地図に描いて、エルちゃんが伝令に託した。
通信文で送るよりも、紙に書いて渡したほうが確実だからな。
日が暮れても、西の方向にはまだ燃え盛る森が見えた。
俺達は従兵の作ってくれた夕食を食べ終えると、端末の周りに集まって状況を確認する。
少年兵達は夜間当直の2人に替わっているし、アイネさん達もクラリスさんの部隊と交替している。
エルちゃんはシイネさん達と馬車で編み物をしているのだろう。
当然、アイネさんとマイネさんは加わらないから、クラリスさんと一緒にテーブルの仮想ディスプレイを眺めながら、お茶を飲んだりしている。
俺も、遠慮なくタバコを楽しんでるけどね。
「サンドミナスは敗走にゃ。エクレムも、もうちょっと南に柵を作ればいいにゃ!」
「それは、無謀ですよ。俺としてはこれでも前に出過ぎてるように思えます。南に下がれば下がる程、防衛線を長くする事になりますからね」
「アルトス様は単純に西に向かうでしょうか?」
クラリスさんはハーフだから語尾に「にゃ」が付かない。俺は聞きやすいからいいんだけど、本人は気にしているみたいだ。
「これを潰すと思うよ。そうすれば、一気に、デルノスの森まで柵を進められるし、守りはハンターにある程度任せられるからね」
そう言って、地図上で旧王都の東壁に沿って展開している中隊を指差した。
この部隊を殲滅、若しくは本隊に追いやる事が出来れば、旧王都にアルトさん達が入る事が出来る。
旧王都の魔物の駆逐が一気に行えるのだ。万が一にも旧王都の中にレムナム軍がいる場合は一緒に駆逐してしまうだろう。
我等が王都に他国の兵が我等に許可なく展開出来る訳はない。
「そこにいる訳のない部隊ならば魔物が化けたのだろう」位の事は平気で言いそうだ。
そして、それをレムナム軍も容認する外はないだろう。それは、我が軍であると言い出せば、連合王国は直にでもレムナム王都に兵を送る事が出来る。
この島の王都には、どの国も相手国の了解なく軍を送る事が出来る事になるからだ。
その辺りは、侵略軍も厳命されているのだろう。旧王都に入る部隊はあっても、直に城壁より離れている。
「アルトさん達が、リザル族のハンターと合流してるだろ。デルノスの森まで柵を広げたら、一気に旧王都に入るつもりだ。今夜はのんびり休むんだろうな。そして、本来なら最初に旧王都に入る部隊は俺達の部隊が望ましい。その辺りはアルトさんとアルトスさんで調整しているだろう。1分隊でも入ればいいんだ。後はアルトさん達に任せてもね」
そんな話をしている時に、警備兵が1人の男を連れて来た。
ハンターのような恰好をしているけど、警備兵の話では荷物を届けに来たらしい。
「町からやってきました。マイデル親方からレムル様に届けるように言い付かってます」
「俺がレムルだが……」
「バリスタが10台。それに擲弾筒が20個です。カートリッジとバリスタ用のボルト、それに爆裂球も運んできました」
「助かるよ。マイデルさんには宜しく言っといてくれ。南にも荷物は送って貰えたのかな?」
「別の運び屋が向かってます。数はこちらの半分ですが……」
運び屋と名乗る男に改めて礼を言い、外の焚火でお茶を飲んで休むように伝える。
警備兵が男を案内して行った。
伝令に、アルトスさんに荷物が届いたので、引き取りに来るよう通信兵に伝えて貰う。
これで、かなりの戦力が揃う事になる。




