N-130 いざ、進軍!
司令部には侵攻部隊を現場で指揮する中隊長12人が全て揃っていた。
窮屈そうにテーブルを囲んでいるから、アルトスさん達が俺達の方に移動してきている。副官達はその後ろに立っているから早めに終らせないとな。
「森林火災は、旧王都の北東で30M(4.5km)森の東で60M(9km)の線を結んだ直線状にゆっくりと西方向に向かっています。このまま進めば、今日中にはサンドミナス方向の森が全て焼失します。
王都方向へは森がまだ続きますが東西両方向から森を焼いていますから、案外レムナム軍と戦端を開くのは早いかもしれません」
食い入るように、皆が南の森の地図を見ている。
赤で焼失した区域を塗り込んでいるから、一目瞭然なのだが……。
「頃合か。バリスタ部隊は先行しているのだな?」
「はい。現在火災地点から10M(1.5km)程下がった地点まで到達しています」
「護衛が1個中隊だったな。……レムル。いよいよだ」
アルトスさんの言葉に頷くと、エルちゃんに小さく合図をする。
すると、エルちゃんが立ち上がって、テーブルに座った全員の顔をゆっくりと眺めた。そして大きな声で指示を出す。
「これより作戦の第二部に入ります。
エクレムは第3大隊を率いてサンドミナス方向の領土を確保しなさい。
アルトスは第1、第2大隊を率いて旧パラム王都を越えてレムナム方向の領土を確保しなさい。
王都の魔物達はハンターに任せますが、援軍要請があれば、アルトスの率いる部隊から応援を派遣することにします。派遣部隊は最大1個中隊。
そして、この作戦本部も王都の東に移動します。移動地点は移動後に各大隊に連絡します。
それでは、作戦を開始してください!」
俺達は一斉に席を立って、エルちゃんに答礼を行うと、中隊長達は先を争って司令部を出て行った。
「さて、いよいよだ。これから先は後戻りが出来ぬぞ。連絡は密にな」
「魔物は戻ってくる可能性は低いだろう。出来る限り領土を広げておく」
「西に湖が見える位置なら問題ないでしょうが、それより先に行くと防衛線が広がります。その辺は気を付けてください。アルトスさんの方も、王都の魔物狩り如何によっては側面を突かれます。アルトさん達との連携は上手くお願いしますよ」
そんな、俺の注意を笑いながら聞いている。2人とも、バッグからパイプを取出してタバコを吸い始めた。
「あまり心配するな。心得ている。……それよりもエル女王を頼むぞ」
「言われなくとも、俺は勿論ですがアイネさん達もいますから」
アルトスさん達は席を立って俺の傍にやってきた。差し出された手を俺が握ると
力強く握り返してくる。
「これからが本当の戦だ。絶対に死んではならんぞ!」
「まだまだ若いですからね。大丈夫です!」
俺の答えに満足したのか、2人はエルちゃんに答礼を済ませて部屋を出て行った。
しばらくは会えないだろうな。無事だと良いんだけど……。
「引越しにゃ!」
2人が出て行くのを見計らっていたアイネさんが大きな声で言った。
アイネさん達はエルちゃんを連れて外に出て行く。専用の馬車は箱型で中はキャンピングカーのように長椅子が寝台に変わる。乗り降りは横ではなくて後ろからだが、これは我慢する外はないな。
同じような馬車が数台停まっているが、これは1台が通信用で、他は本部付きの連中が利用する馬車になる。
俺も急いで端末を仕舞い込むと、外から兵士達が入って来た。
本部付きの護衛部隊は1小隊だ。多すぎるとは言ったのだが、アルトスさんは了承しなかった。
確かに、移動は楽だけどね。
「机と椅子のみ運び出します。今夜からは野戦運用になりますから、天幕で指揮を取ってください」
「ありがとう。なるべく、王都の西に近い場所にしたいんだが……」
「アルトス殿より、大隊指揮所の後方10M(1・5km)以内には、絶対に入るなと言われています。その範囲で移動します」
旗印のエルちゃんがいるからな。万が一を考えての事だろう。
邪魔にならないように、指令本部の屋根に上って進軍の状況を見学させて貰う。
屋根の上では中隊長と通信兵が本部周辺の進軍の指揮を執っていた。
「レムル殿ですか。……どうです。なんとも壮大な光景ですな」
「待ちに待った……という感じがここまで伝わって来るようです」
柵の一角を破壊して次々と部隊が進軍していく。
荷車や、手押し車、さらには籠を背負っている者もいるから、進軍というよりは夜逃げに見えなくもないけど、どの兵士もしっかりと前を向いている。
それが、俺には彼等の喜びのように見えた。
「レムル殿の移動はかなり後になりますぞ。彼等が前進して仮の防衛線を構築するまでは移動は許可出来ません」
「ああ、それまでは此処で、進軍を見守るよ。邪魔はしないつもりだ」
バッグから双眼鏡を取出して森の焼け跡を注意深く観察する。
焼け跡がずっと続いているが、炭化した木々が至るで燻ぶっている。
まだまだ、焼け跡は熱そうだな。
アリの行列のように部隊が進んでいる一方で、荷車が帰ってくる。
どうやら、この施設を解体して持って行くようだな。
俺達に安心感を与えてくれた柵だが、領土が広がれば無用の長物だ。使えるものは何でも使って、新たな防衛線を構築するつもりなんだろう。
太陽が真上になったところで、一旦仮の指揮所に向かう。
エルちゃん達が乗っている馬車の直脇にテーブルと数個の椅子が於いてあるだけの指揮所だが、吹流しに指揮所とあるから、此処が指揮所で間違いはない。
通信用の馬車の傍には伝令が3人程待機しているし、アイネさんが散弾銃を持って周囲を監視している。マイネさんは馬車のステップに腰を下ろしていた。
「いまのところは何もないにゃ。そこに座ってお茶を飲んでればいいにゃ」
「ご苦労様です。俺達の移動はかなり後になりそうですよ」
「さっき、知らせに来たにゃ。このまま移動できるから直に出発は出来るにゃ」
確かに、このテーブルと椅子だけだからな。
テーブルに端末を載せて、仮想ディスプレイで状況を確認する。
サンドミナス方向は所々森が焼け残っているが、ほぼ燃やし尽くした状況だな。
エクレムさん達の部隊は順調に南下しているようだ。あまり欲を出さないで仮の防衛線を作ってほしいものだ。
こちらは先行して部隊を進めていたから、資材の搬送も順調に見える。
アルトスさんの部隊は戦線が長いから上空から見るとかなり蛇行してる。それでも、南端は湖に達しているし北端は山麓に展開する部隊と合流しつつあるようだ。上手く合流できれば、北側を閉じる事が出来る。
アルトさんの部隊は炎にかなり近接して左右に移動している。
飛び出してくる魔物を掃討してくれているのだろうが、これから王都の魔物退治が待っているのを知っているのか?と聞きたくなる程の動きだぞ。
更に北に視点を移すと、ネコ族のハンターとリザル族のハンターが山麓に展開しているのが見えた。
動きが無いところを見ると、遥か山麓の下をレムナム領土に向かって魔物達は移動しているのだろう。
湖の丁度南に位置する、サンドミナス軍とレムナム軍の小競り合いは沈静化しているが、サンドミナス軍は魔物の大群と争っているようだ。軍勢が南に下がっているのは一部の兵士達が逃走を図っているのだろう。
このまま、魔物が追いかけてくれるといいのだが……。
そして、レムナム軍の東進部隊は残り数kmの森を挟んでアルトスさん達と対峙しているが、燃え盛る森を通してこちらの軍を確認する手立てはないだろう。
王都を迂回した魔物達と後続の部隊は小競り合いをしているようだ。
不思議な事に、レムナム軍は王都に入ろうとしない。何かに懲りたのか?それとも、そんな事より俺達の討伐を優先するのか……。
今夜は突貫工事だな。焼け残った場所に防衛線があったら、レムナム軍はさぞや驚くだろう。
慌てて防衛線を作っても、アウトレンジで降ってくる爆裂球を防ぐ手立てをレムナム軍は持っていない。
王都に逃げ込めば、アルトさん達の積極的な巻き添えを食らう事になるはずだ。果たしてどこまで後退するのか……。
「性が出るにゃ!」
アイネさんが俺にお茶を入れてくれたようだ。
マイカップを持って俺の前に座る。
「無理はしなくてもいいにゃ。今年ダメなら来年もあるにゃ」
「今年でなけりゃ、来年はありません。それだけ相手は強国です。……何とか出来ますよ。アイネさん達もいますし、アルトスさんやエクレムさんだって頑張ってます」
「分かってるにゃ。それだけ皆がこの時を待ってたにゃ。でも、作戦が思いつかなかったにゃ……」
どうやら、最初の言葉は俺を試したようだな。
アイネさんの兄貴達はアイネさん達を脱出させるために頑張ったのだ。その兄貴達に報いるためにも、旧王都の奪還は何を差し置いても優先されるに違いない。
そして、ネコ族に奪回を順序だって考えを纏める者がいなかったのだろう。
願いはあっても、どうすればを考え付かなかったという事だな。
いま、エルちゃんという旗印がいて、俺と言う全体を見る手段を持つ者がいて初めて形になったという事か……。
「王都には、まだ兄様達のいる筈にゃ。私等を待ってるにゃ」
「きっと、待っててくれますよ。そして、アイネさん達を守ってくれてます」
たぶん、埋葬すらしないで放置してあるんじゃないか?
魔物が現れてボルテナン軍は逃げ出したらしいからな。
傭兵達が結界を作る尖塔を破壊しても、亡骸を片付けるなんて殊勝な事はしないだろう。
王都奪回で最初に行なうのは慰霊祭になりそうだぞ。
「昼は私等が周囲を警戒するにゃ。夜はクラリスが担当にゃ」
「という事は?」
「今は眠ってるにゃ。クラリスは5人の部下を持ってるにゃ。私等と合わせて1分隊が新パラム王国の近衛にゃ」
「よろしくお願いします」
端末を片付けて、アイネさんとお茶を楽しむ。
そこにエルちゃん達もやってきて、シイネさんのお菓子を摘みながらのんびりと俺達の出発を待つことになった。
伝令や通信を担当する少年兵達にもお菓子を差し入れしてるシイネさんは、絶対にアイネさんより早く嫁に行きそうな気がするぞ。
結構、色々と考えてるアイネさんだけど、今は長女の務めを果たしているだけに違いない……と思うことにした。




