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N-129 エルちゃんの号令


 南の森の西側は黒と灰色に覆われている。

 火勢は旧パラム王都の西壁に達しようとしていた。そして、北西には直径3km程の森がしっかりと残っている。デルノスという魔物が森を守ったらしい。

 

 レムナム軍は鶴翼の陣を南北の直線に陣形を変えて森への侵攻を開始したようだ。

 まだ、森が焼けたばかりで温度が高いことから、その侵攻速度は微々たるものだ。


 「まだ日は暮れないが、そろそろ始めても良いのではないか?」


 アルトスさんが、見張り台の上に建てられた旗竿を見て俺に呟いた。

 朝方はあれ程翻っていた旗が、今は力なく下に垂れている。


 「そうですね。確かに夜よりは明るい内に始めた方が、色々と楽ですからね。

 エルちゃん、始めるぞ!」


 俺の言葉に、エルちゃんが壇上に上がる。

 1m程の木箱にありあわせの梯子を付けたものだが、こういうのは、やはりちょっと高いところからやるもんだしな。

 そして、俺達の周りに集まったのは中隊長とその副官だけだから、100人にも未たない。

 後の兵士達は東西に長く伸びた柵に梯子を掛けて待機している筈だ。


 「皆さん……。長きに渡ってご苦労様でした。本日ただ今から、私達の王都を取り戻し、かつての版図を我が手にするための戦いを始めます。……火を放て!」


 「「「オオォォーーーー!!!」」」

 

 中隊長達だけでなく、柵に取り付いた兵士達も蛮声を上げた。

そして梯子をよじ登り柵を乗り越えると、南に広がる荒地を駆け抜けていく。

 

 森から100m程の所に東西に並ぶと、火矢を一斉に森の向かって放ち始める。

 森の際には、あらかじめ逆茂木に使った木を並べて、原油を掛けておいたから、火矢で容易に火がついた。


 見張り台からの連絡で、火勢の弱い場所には、バリスタが移動して行き油壺を括りつけたボルトが発射されていく。

 

 「まさか、森を焼く事になろうとはな……」

 「アルトさん達も、動き出したようです。こちらもラティを準備しておいてください」


 「あぁ、あれは東に移動している。アルト様の率いるハンターの足が早いからな。殆ど使うことは無いだろうが、問題なく待機しているぞ」

 「山麓はリザルのハンター達ですか?」


 魔物の出現対策は万全のようだ。

 エルちゃんはアイネさん達と司令部に去っていく。

 俺達3人は副官達と共に、司令部の2階に陣取って、森の火災を眺めている。


 ドオォン!

 森の中から大きな音がして森の火炎が一段と大きくなる。

 原油の樽に仕掛けた爆裂球が炸裂し始めたようだ。次々と火炎が空高く上がっていく。


 「歩く速度よりもだいぶ遅いが、問題ないのか?」

 「レムナムの方も似たようなものでしょう。昨夜からの風で助けられたようなものです」


 此処から眺める南の森は視野一面に炎の壁が出来つつある。

 森に向かって風が吹いているのは炎が風を呼んでいるのだろう。


 「そろそろ司令部に戻りましょう。俺達はここでは邪魔になるだけです」

 「そうだな。此処から眺める範囲では問題は無さそうだが、他の部隊も気になるところだ」


 2階の屋根にある見張り台を降りて司令部に入ると、そこではエルちゃんが忙しそうに働いている。

 部屋の片隅に3つの通信機が置いてあるのだ。その前に座った少年兵達が書き写すメモを、エルちゃんが時計を見ながら加筆している。


 「10個中隊から連絡が入ってます。全て、『現状に問題なし』を告げていました」

 「ありがとう。後は伝令に任せてテーブルに来てくれ」


 俺たち5人に副官達が3人加わって森の地図を眺める。

 

 「20M(3km)が焼けたら進軍開始で良いのだな?」

 「それで良いでしょう。明日の日中になりそうですね」


 「しかし、デイノスは恐ろしい魔物だな。業火殻我が身を守るのだから……」

 「ある意味、助かる話ではあります。これで魔物はラクトー山の斜面を上の方にまで登らないでしょうからね」


 「王都の北を回って逃げるという事が真実味を増してきたな」

 「上手く事が運べば、森を焼き払いながら前進している、この部隊が孤立します。残りは、この部隊ですから我等の行動を手をこまねいて見ているだけになると思います」


 そんな事を考えながら、端末を立ち上げて仮想ディスプレイを表示する。

 素早く画像を南の森の全景に合わせると、夕暮れの深い森に2つの炎の壁があることが分る。

 俺達には両者の火事の様子が手に取るように分かるが、レムナム側では自らの放った炎の状況すら状況が分らないんじゃないか?

 俺達の放った火事でさえ、飛び火によるものと思っているのかもしれない。


 「湖の対岸からなら少しは状況が分るかも知れないな」

 「いや、煙で見えないのではないでしょうか。レムナム軍が火を放ったことは、レムナム軍なら分かっています。森や湖を覆う煙は自国の作戦によるものだと思っているでしょう。サンドミナス軍の方は呆気に取られてるでしょけどね」


 仮想ディスプレイには森のサーマル画像がうつしだされている。旧パラム王都の南壁をゆっくりと強い高熱反応が東へと動いている。

 王都から湖までは森の木々が疎らになっているらしい。

 木々の間隔が広ければ延焼速度は遅くなるんだろうな。


 そして、王都の東へと移動して来た獣や魔物が今度は2方向に移動し始めた。

 1つは湖の東から南を目指し、もう1つは王都の北に向かって移動している。


 「計画通りってことか?」

 「はい。7割程が南に向かい、残り3割が北西を目指しているようです。炎の切れ目から北に向かうものが出てくるでしょうから、山麓の監視拠点に連絡をお願いします」


 エクレムさんが文面を書くとアルトスさんがそれを見て頷いた。

 片手を上げたエクレムさんの所に、伝令が走り寄って紙片を受取ると、それを通信兵に渡した。

 

 アルトさん経由でリザル族のハンターにも情報は伝わっているだろうが、俺達からも伝えれば俺達への信頼も増すだろう。

 エクレムさんの書いた文面には、しっかりと、それが書かれていたようだ。俺の隣にいたエルちゃんが、通信文を送るランプの点滅を読み取って教えてくれた。

               ◇

               ◇

               ◇


 深夜12時を回ったところで3km程南まで森が延焼している。

 明日の朝にはさらに2kmは進んでいる筈だ。

 森の東は更に南に延焼が進んでいる。これは作戦通りだから問題はない。東の森と海岸の間の1kmに満たない荒地を、1個中隊に護衛された10台のバリスタが先行している。

 僅かな空隙だが、突破されると厄介だ。その後ろには、更に1個中隊の兵士が続いている。


 従兵が入れてくれたお茶を飲みながら、仮想ディスプレイを俺達は眺め続けた。

 

 「少し延焼速度が速すぎないか? これだと北西方向への魔物達の逃走経路を閉ざしてしまうぞ」

 「この方向に延焼速度を速めましょう。バリスタで油の壷を打ち込みましょう」


 「早い方がいいな。伝令!」

 

 エクレムさんは伝令を呼ぶと、その位置を担当している中隊に指示を出す。

 そうすると、更に東の部隊が前進しなければならないだろうな。

 アルトスさんと陣形を考えながら、進行地点を考える。

 座標を確定して、通信機で連絡すればバリスタ部隊は2km程前進する筈だ。


 「場合によっては、早朝に進軍せねばならんな」

 「火事は俺達で制御出来ませんからね。どうしても、色々と出てきます」


 俺の言葉にパイプを咥えたアルトスさんが小さく頷く。

 王都が炎上した時は必死で皆を逃がしたんだろうが、その思いが浮かんできたのだろうか?

 俺もパイプを取り出してタバコを詰める。


 「アルト様から通信です。『炎を越える魔物がおらぬ!』……以上です!」


 退屈なんだろうな。だけど、これから王都の魔物狩りが始まるんだから、今夜はゆっくり休めば良いと思うんだけどね。

 

 1時間程で、延焼の方向が変化し始めた。

 東方向が南に向かって斜めに延びているのだ。

 これで、魔物達の移動が加速する。


 森の中を逃げ惑う獣の中には、魔物も混じっている筈だ。

 森の東に逃げ込んでいた魔物が東からの火炎を避けて南と北西方向へと移動していく。

 

 「アルト様から連絡です。『魔物2匹を狩った。白の上位じゃ!』と言ってました」


 伝令がそう言って、無線機のところに戻っていった。


 「流石は、アルト様とあの不思議な獣に乗ったハンター達だ。白の上位とはいったいどんな魔物なんだ?」

 

 俺もちょっと興味はあるが、アルトさんが魔物担当だから、任せておくに限るな。

 ちょっと外に出て、見張り台に上って森を眺める。

 此処からでもはっきりと赤く燃える森が見えるぞ。

 

 あまり熱波は感じないが、森に入れば未だ燃え続けている熾き火でかなり熱いんだろうな。

 タバコを吸いながら眺めていると、伝令が走ってきた。


 「どうした!」

 「レムナム軍とサンドミナス軍が戦端を開いたそうです。アルト様から緊急連絡が入りました」


 「分った」

 

 直ぐに見張り台を駆け下りて司令部に駆け込んだ。

 

 「どう見る?」


 俺が席に着くより早く、アルトスさんが俺に聞いてきた。

 

 「たぶん誘いですね。此処にいる2個大隊を戦線付近に呼び寄せようとしてるんです」


 仮想ディスプレイを使って状況を確認する。

 俺の言った座標に副官が敵軍の駒を移動していく。


 レムナム軍もだいぶ東に移動しているな。後続の1個大隊も前進している。

 その後を守るのは1個中隊だ。これは、酷いことになりそうだな。

 そろそろ王都の北西を回りこんだ魔物達に最後尾の1個中隊が気が付くだろう。だが、彼等にその魔物を狩れるのだろうか?


 そしてサンドミナス軍の方は、2個大隊を両国が対峙している戦線に移動している。

 これはレムナム軍の作戦だろう。上手く引っ掛かったものだ。

 背後から魔物が出て来た場合は、1個中隊では対応できないだろう。彼等にはラティも無ければ、スラッグ弾を強装薬で打ち出せる散弾銃も無い。

 

 これは、明日は忙しくなりそうだ。

 俺達はテーブルに突っ伏してしばしの仮眠を取ることにした。


 そして次の朝。

 森の延焼は柵からだいぶ離れている。当初6kmを考えていたのだが、現在はそれ以上先で森林火災が続いている。

 

 仮想ディスプレイで見ると、サンドミナスの戦線が崩壊していた。サンドミナス軍が更に南へと下がって防衛線を引いているが、これは魔物に備える為だろう。

 レムナム軍の方は、川を挟んで1個大隊がジッと様子を覗っているようだ。


 そして、森林火災の火線の後ろ500m程の距離をおいてレムナムの東進軍はこちらに向かって進んでいる。俺達が起こした森林火災には全く気付いていないようだ。

 だが、残してきた中隊は戦闘を始めたようだ陣形が大きく乱れている。

 もうすぐ、背後から襲われることを思うと、ちょっと気の毒にはなってくるな。


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