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N-128 西の炎


 「ほう……、だいぶ増強しているな」

 「あれだけ、大見得を切ったのだ。我等を眼中に入れなくとも、互いの軍が動くのを恐れての事だろう。まぁ、ご苦労なことだな」


 国としての運営を長老達に丸投げして、俺達は南の森の柵に作られたアルトスさんの司令部に集まっている。

 俺達の前のテーブルは大きな物だが、4分割して簡単に移動できる。椅子も折り畳み式だ。


 仮宮の執務室で広げた南の森の大地図に現在の状況を、金属製の駒を配置して状況が分かるようにしている。

 

 「これが、例のハンター達か?」

 「そうです。ラクトー山の監視拠点にリザルのハンター達が移動しました。移動速度は俺達の倍ですよ。とんでもない連中です。

 もう1群はアルトさんが指揮して、関所にいますよ。移動は俺達に合わせると言っていました」

 

 アルトさん達ハンターは戦には参加しない。あくまでも魔物を狩る依頼で動いているのだ。

 もっとも、『邪魔をするなら、魔物に組した者とみなして排除するだけじゃ』なんて言っていたのが気になるところだ。

 

 「だが、移動してきた兵力はレムルの言った通りだな。やはり、背後が気になるという事だな」

 「そんなところでしょうね。俺達は全体を見ることができますが、両国はできません。そして部隊間の連絡は伝令ですからね。緊急時に展開できる部隊をどうしても手元に残すことが必要なんでしょう」


 サンドミナスは1個大隊を王都に待機させて、もう1個大隊を南方の海岸地帯に駐屯させている。そして、2個大隊を北進させた。レムナム軍と対峙した戦線の東に駐屯しているようだ。無用な戦線への増員は、レムナム軍を刺激することになるから避けているのだろう。

 レムナム軍も同じような感じだな。1個大隊を元ボルテム王都に派遣して、そこを拠点にするようだ。

 そして、3個大隊の軍と長い荷駄の列が東に向かって進んでいる。

 ラクト村を通り越して湖沿いに進んでいる軍は、今日中に森の西側に到着するだろう。


 「ところで、俺達の新兵器はあれだけなのか?」

 「急造品ですからね。それでも、30丁は何とか確保できました。後は順次送られてくる筈です」


 俺がメイデルさんに頼み込んだ兵器はグレネードランチャーだ。

 ラッパ型のバレルの奥に弾丸のないカートリッジを入れて、筒先に爆裂球を差し込めば、カートリッジの炸裂ガスで爆裂球が飛んで行くという簡単なものだ。

 それでも、200m以上爆裂球を飛ばすことが可能だ。時間があればもうちょっと工夫したいところだが、バリスタの不足分を補うには都合がいい。


 「築城資材がまだまだ不足しているぞ。このラインで戦線を維持するには幾らあっても足りん」

 「次の船便でもう少しまともなものが届きます。それに牛が20頭程荷車と共に届きますから物資の輸送は改善していきますよ」


 現在は一箇所で済む防衛線が2つになるのは問題だが、その分、防衛線は現在よりも距離が短くて済む。敵軍から離れて防衛線を構築するなら、結構立派な物が出来ると思う。焼け残った木材を積極的に使えるからな。


 「…で、レムナムの攻撃開始は何時になるのだ?」

 「早ければ明日の夕刻。遅くても明後日の昼には始まるでしょう。俺達は王都の西に燃え広がった段階で、作戦通りに行動を開始します。準備は終っていますね?」


 「とっくにな。……そうなると、2日は兵を休める。資材ももう少し揃いそうだ」

 「だが、俺達の姿を見たら他の奴らが何と言うかだな。とても、軍隊とは見えん。まるで、農家の夜逃げだぞ!」


 「資材が多いですからね。良いじゃないですか。俺達以外に誰も見ていないですし、資材を運んでくるのも関係者ですからね」


 とは言って見たものの、確かに恰好は良くないな。

 分隊単位で運ぶ荷物が結構多くなったので、荷車では足りず背負い籠に入れていく者が大勢いる。杭やスコップ等が籠から顔を出しているから、誰もこれが正規兵だとは思わないんじゃないかな。


 それでも、運ぶ資材は俺達にとって重要なものばかりだ。そして、後から運ぶ者が手配できない以上自分達で運ぶ以外に手が無いことは誰もが承知している。

                ◇

                ◇

                ◇


 次の日、主だった連中が司令部へと集まってきた。

 俺の前に広げられた地図では、レムナム軍が森の西で鶴翼陣に広がっている事が一目で分かる。


 「体制が整ったようですよ。この場所での観測では昼からよわい西風が吹いているそうです」

 「やはり、今夜か?」


 「俺ならそうしますね。ただ、これによって両軍の戦線が動くかも知れません。レムナム軍の縦深陣形が整うのを待っているのかも知れませんね」

 

 旧ボルテム王都の東になる両軍の戦線では、レムナム軍が数段の柵を急造していた。

 少なくともレムナム軍がこの戦線を越えて攻撃する事はないようだ。如何に1個大隊で持ちこたえるかに力点が置かれているな。


 扉が開き、少年兵が飛び込んできた。

 

 「報告します。第3観測点から緊急通信。『森の西の陣から小隊規模の部隊が東へ移動』以上です」


 大声で俺達に伝えると、直に部屋を出て行った。

 通信内容を聞いていたエルちゃんが小さな駒を森の近くに移動している。


 「始めるという事か?」

 「おそらく……。直に、森に火がついたと連絡してくるでしょう」

 

 テーブルに端末を載せて、サーマルモードで森の全景を表示させる。

 荒地と森それに湖だから温度差でおおよその姿が分かるな。

 少し、森の西側を拡大すると、赤く輝いた場所が線状に連なり始めている。


 「始めたようです。もう直、伝令が飛び込んできますよ!」


 俺の言葉が終ると同時に、扉が開かれる。


 「報告します。第3観測点から緊急通信。『森の西で火の手を確認』以上です」


 そう伝えて去って行く少年兵を、アルトスさんが目で追っている。


 「広がってきたという事だな。確かに油を色々と買い込んでいたようだからな」

 「結構、難かしいですよ。火の壁に大きな穴があればそこから飛び出してきますからね。我等も、その辺は気を付ける必要があります」

 

 「だいじょうぶだ。レムナムは直接火を点けたようだが、俺達は火矢とバリスタを使う。火勢が弱い場所には離れたところから対処できるからな」

 

 1時間も経過すると南北10km程の炎の帯が出来上がった。

 ゆっくりと東に向かって帯が広がって行く。

 

 「この勢いならデルノスも業火に焼かれるのではないか?」

 「今、焼かれると厄介ですね。上手く生き延びてくれればこの後が楽なんですけど……」


 森の中を獣が逃げ惑っているようだ。森の西から東へと温血動物の移動がサーマルモードの画面で見てとれる。たぶん、爬虫類や魔物達も同じように移動している筈だな。


 「この辺りの色が他の森と変わってきてますよ」

 

 僅かな色調の差が王都の北西部で確認できる。

 そこはデルノスのいる辺りなんだろうか?

 

 「邪魔をするぞ!」

  

 そう言って入って来たのは、アルトさんにディーさんだ。

 警備の兵にはあらかじめ伝えておいたから、ひと悶着は無かったようだな。

 アルトスさんの副官が空いている席に2人を案内する。


 「中々におもしろい魔物がいるようじゃな。……お前達も気付いたか?」

 「この部分でしょうか? 周囲よりも温度が低下しています。しかも広範囲に……」


 「そうじゃ。まさか水を噴出す魔物がおるとは我も思わなかったぞ。先が楽しみじゃな」


 これはそういう訳だったのか。

 確かに業火によって森の温度は急速に上昇しつつある。それを気化熱で低下さえているようだ。それに大量の水の壁でもあれば炎の壁はそこで途絶える筈だ。


 「現在、この区域全体が半球状に霧状の水が至るところから噴霧されています。これだけの水が何処から供給されているか、そしてその噴霧原理は……、色々と興味深いものがあります」

 「捉えてみれば、如何様にも調べられるじゃろう。フラウがいれば詳しい分類調査をしてくれるじゃろうが、今回は留守番じゃ」


 どんな形で、派遣するハンターを決めているのかを考えると興味あるな。

 まさか、サイコロなんかで決めていることはないと思うんだけどね。


 「ディーの分析では、レムルの計画通りに進みそうじゃ。レムル達の出番はもう直ぐじゃな」

 「王都までは10km近くありますよ。明日中には到達しないと思いますが……」


 「そうでもない。ディー、端末を操作して天気図を示してみよ!」


 アルトさんの指示で俺のところにやってくると、端末を操作する。どうやら、バビロンとの交信をしているようだ。

 

 突然画像が切り替わり、等高線が入り混じった画像が現れる。


 「これがエイダス島周辺の気圧配置じゃ。レムルには分るじゃろう。他の者には説明するだけ無駄じゃから後でレムルに聞くが良い。

 さて、この低気圧じゃが……、近付いておる。これが6時間後の天気図になる。

 これで、分るじゃろう。低気圧によって西風が強くなるのじゃ。あすの夕方には納まるじゃろうがのう」


 「レムナムはそれを知っていたのか?」

 「いや、それはあり得ん。たまたまじゃ」


 エクレムさんの質問に、即答でアルトさんが答えてる。

 それでも、後の時代ではレムナム国王が嵐を呼んだと言うんだろうな。


 なんか、三国志を思い出してきたぞ。

 あれも火攻めだったんだよな。

 このエイダス島も今は3つの国がある。

 ある意味、三国志なんだと思うと、ちょっと面白くも感じる。まぁ、規模は果てしなくこっちが小さいけどね。

 

 「アルトスさん。少し予定が早まりそうですよ。明日の夜、俺達も森に火を放つことになります!」

 「明日の夕刻に風が弱まるのを待って、俺達も行動に出よう!」


 「夜じゃから、光球を出せる者をあらかじめ集めておくのじゃ。早い連中は明日の夕刻には森を抜けてくるじゃろう。明日の夜は少し賑やかになるぞ」


 笑顔で注意してくれるって事は、それを待ってるのかな?

 飛び出してくるのが魔物じゃなければ良いんだけどね。


 俺達は、明日の手順を再確認するとそれぞれの宿舎に戻っていった。

 俺とエルちゃんの天幕を囲むようにアイネさん達の天幕が設けられている。

 

 「エルちゃん。明日からは常にアイネさん達と行動してくれ。俺もなるべく傍にいるけど、男だからね。少しは前に出ていないとね」

 「分ってます。でも無理だけはしないで下さい」


 そして、夜は更けて行く。明日は、結構忙しそうだ。


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