N-124 2人のリング
長い冬が終ろうとしている。
後、一月もすれば南の森の雪解けの泥濘も無くなり、一斉に木々が芽吹く筈だ。
南の森を構成する樹木は大部分が広葉樹だから、今のところは見通しが良い。たまに、指令室の2階建ての平屋根にある見張り台から双眼鏡で覗くと、森の奥で何かが動いているのが分かる。倍率の高い監視用の望遠鏡は少し離れたこの位置より高い櫓に設置しているから、あっちなら獣か魔物かの区別位は出来るだろう。
司令室に戻って暖炉の前で温まっていると、通信機が作動を始めたらしく慌ててエルちゃんが走って行った。
今朝、見た限りではレムナムもサンドミナスも軍を動かす気配は無かったんだが……。
「村に戻っていたエクレムさんからです。『明日、土産を持って行く。アルトスを呼べ』という内容でした」
「なんだろうね。とりあえずはアルトスさんに連絡して欲しい」
エルちゃんは、エミィちゃんに頼んで送られてきた電文を転送して貰いに行った。
だが、この時期にお土産って何だ? そっちも気になるぞ。
◇
◇
◇
次の日、朝早くにアルトスさんが副官を引き連れたやってきた。
「なんだ。まだ、エクレムは着いておらんのか?」
「俺達だって、先程朝食を終えたところですよ。昼前には来るでしょうから、暖炉で待ってましょう」
俺達が暖炉に移動すると、ベンチを占領していたアイネさん達が席を立って近場から椅子を持ち出して俺の後ろへと移動してきた。
一応、護衛を担当してるんだよな。
「どうだ。レムナムの動きは?」
「不気味な位に動きません。ですが……」
「必ず動く。ということだな」
タバコを咥えたまま、俺は頷いた。
アルトスさんも、俺を見てパイプを取り出して暖炉の薪で火を点ける。
「その原因も少し分かってきました。内海で海軍の小競り合いを起こしています。漁船まで調達しているようですが、その結果いかんではレムナム国王の思惑が大きくずれてしまうでしょうね」
「内海を制するものが覇者たるのか……」
「問題は俺達です。旧パラム王国は内陸の王国ですから軍船はおろか商船すら持っていなかったと思います。旧版図で満足するか、それとも拡大を目論むか……。後者を選択した場合は軍船の有り無しが大きく運命を左右しそうです」
「まぁ、それを考えるのはもう少し先だろう。ところで、旧パラム王都の奪回は可能なのか?」
「そのお膳立てをレムナムにしてもらうつもりです。森を一旦放棄して再生を図ることを考えていますが、長老達は反対しそうですね」
「そうでもない。森の再生を考えての行動であれば反対はしまい。我等の旧パラム王都奪回の作戦立案は急務だぞ!」
できれば、レムナムの侵攻を撃退した勢いで、俺達も南進したい。サンドミナス側へ侵攻したレムナム部隊の背後を突けるし、俺達の方に侵攻した部隊はそのまま西に追い落とせばいい筈だ。
この場合の課題は2つ。部隊を2つに分けねばならないことと、防衛線をどの様に作るかということだ。
「どうだ。出来そうか?」
「軍を2つに分けねばなりません。サンドミナス側に1個大隊はいるでしょう。残りの部隊で旧王都を奪回しなければならないのが問題です。民兵でどれだけ部隊を作れるかで少しは違いが出ますが、頑張っても2個中隊。……これではサンドミナス軍を跳ね返しながら、旧王都の魔物を潰すのに苦労しますよ」
アルトスさんがパイプに改めてタバコを詰める。
暖炉で火を点けるとゆっくりと煙りを吐き出した。
「総動員もありえるということか……」
俺は……小さく頷いた。アルトスさんが溜息を漏らす。
「なるべくそれは避けたい。民兵の募集を更に増やす。3個中隊で何とかしてくれ」
「分かってます。ですが、1つだけ連合王国からハンターを魔物狩りに雇うことに問題はないですよね?」
「戦でなければ問題ないだろう。確かに、ハンターの半分は民兵として動員するつもりだ。不足分を補うのならどこからも反対はされないと思うぞ」
「旧パラム王都の魔物狩りでも、同じですか?」
「何だと!」
相当驚いたようだ。アルトスさんの腰が浮きかけたぞ。
「レムナム軍を押し返すだけで精一杯です。俺達が戦っている背後で旧王都の魔物を殲滅してもらおうと考えてるんですが……」
「出来れば、我等の手で何とかしたいが、……確かに無理だな。それで、何人位雇いいれるつもりだ?」
「出来れば50人。最低でも30人は必要です」
「小隊規模か? だが、旧王都の魔物を狩るならそれ位は必要かも知れんな。いや、むしろ少ない位だ。狙いは黒か?」
「銀をリーダーに黒の高位ならばと……」
「俺が、長老に交渉する。任せておけ。それに、練習がてらに遺跡の魔物を狩らせるのも良いだろう。税は少し下げねばなるまいがな」
確かに待ち時間は多くなるだろうな。俺達がレムナム軍を旧王都の西にまで退けない限り出番は無い。
俺達が行動してから募集しても間に合いそうだが……。
長老から許可が出た段階で、明人さんに相談しておいた方が良いかもしれない。
司令室の扉が開いて、当番兵が俺達に来客を知らせる。
そしてエクレムさんとレイミーさんが入ってきた。
俺達のいる暖炉に歩いてくると、アルトスさんが少し体を動かして暖炉側に席を作った。
そこに2人で座ると、早速俺を見る。
「土産を持ってきたぞ。極上のワインが10樽。アルトスのところにも20樽を持ってきた。帰りに持っていくんだな」
「酒は嬉しいが、出所はどこだ?」
「レムルの知り合いからだ。『婚約を祝す』というカードが添えられていた。……これだ」
そう言って、バッグからカードを取り出した。簡単なカードには、俺達への祝辞と酒を50樽贈ると書かれている。差出人は明人さんからだ。
「そして、これは美月さんからにゃ」
レイミーさんが小さな箱をバッグから取り出して、テーブルの上にそっと置いた。
「早く開けるにゃ!」
たぶん、あれだよな。
そう思いながらリボンを解く。綺麗な絹のハンカチがハラリっと解けると中から小さな木箱が現れた。
そっと、蓋を外すと2つのリングが現れる。
リングには円周上に小さな宝石が3つ並んで埋め込まれている。俺の誕生石はエメラルドでエルちゃんはルビーのようだ。
小さなリングにはエメラルドに挟まれてルビーがあり、大きなリングはその反対に真中がエメラルドになっている。
「こっちはエルちゃんのリングだね。指を出してごらん左手の薬指だよ」
エルちゃんがそっと、恥ずかしそうに差し出した左手の薬指にリングを差し込んだ。
「今度はお兄ちゃんだよ」
俺が左手を差し出すと、エルちゃんが同じようにリングを入れてくれた。
「良し!……俺とエクレム達が立会人だ。確かに婚約は整った。酒樽を割って、皆に振舞え! 見張り所にも5樽届けてやれ。拠点もあるんだ。それ位はいるだろう」
アイネさん達がサッと席を立つと部屋を出て行った。
「良かったにゃ! これで、新パラム王国の足掛かりが出来たにゃ」
「後一月で、仮宮が完成する。既に新王国建国の招待状は各国に届けてある。このままサンドミナスとレムナムが睨み合いを続けている内に、俺達は建国を宣言出来そうだ」
手回しが良すぎるな。
それでも、美月さん達の行為はありがたい。
この指輪も銀製だが値段は高そうだ。礼だけは言っておかないとな。
エルちゃんはジッと指輪を見ているようだ。
全く装飾品を持っていなかったからな。少しは、俺も何かを買って上げないといけないかもしれない。
「それでだ。新王国建国の席で、旧パラム王都の奪回を宣言しろ。レムナムは自国の版図だと思っているようだが、あれは俺達の王都だ。そうすれば、一気に戦線が動く」
動くというより、動かすって言ったほうが良いだろうな。完全に誘いだ。
だが、レムナムとしては動かざる得ないし、サンドミナスはこれ幸いとサンドミナスの背後に部隊を上陸させる可能性がある。
サンドミナスは難しい局面を迎えることになるだろう。
その打開策として極めて効果的で且つ部隊をそれ程必要としない南の森の火攻めを行なう可能性はますます高くなるぞ。
「そうなると、二月後には全面戦争が始まりますよ。各国とも2つの国を相手に戦うことになります」
「そうだ。長老もお前に期待していたぞ。軍資金は金貨300枚。これは作戦に必要なものを揃えるだけに使えと言っていた。カートリッジや食料は気にせずとも良い。俺が別に頂いてきた」
そう言って、俺の前に大きな革袋を取り出した。
これだけあれば、色々と品物を作ったりすることが出来るな。
とりあえずは、バリスタを20台と言ったところだろう。
「作戦の説明は仮宮での建国式典の後で、と伝えてくれませんか」
「分った。長老も喜ぶだろう」
「長老に会ったら、俺が後で行くと伝えてくれレムルの考えの了承を得ねばならん」
「何だ。それは?」
「連合王国へ魔物狩りのハンターを募集する。レムルの作戦には絶対必要だ」
「分った。伝えておく」
そこに、カップとポットを持ったアイネさん達が戻って来た。
俺達にカップを渡すと、1人ずつポットからワインを注いでいく。
全員にカップが渡ったところで、俺達は立ち上がった。
「俺が乾杯の挨拶をする。此処にパラム王国第3王女エルミアとネコ族の知恵者レムルとの婚約が今日行われたことを、元パラム王国第1軍指揮官アルトス及び元パラム王国治安部隊指揮官エクレムが確認した。
2人へのネコ族一同よりの祝福と新王国建国の希望をもって乾杯する。……乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
俺達はカップのワインを飲む。
ワインは極上の代物だ。酸味と甘味が丁度良い。
そして、全員の拍手が俺とエルちゃんを包んだ。
「「あろがとう(ございます)……」」
そんな周りの人達に俺達は頭を下げる。
「まだ沢山残ってるにゃ。3樽は余ってしまったにゃ。しばらく保管しとくにゃ」
そう言って、アイネさんが一気飲みをしたアルトスさんとエクレムさんに、新たにワインを注いであげてる
「確かに美味いワインだ。だが、今日だけは不味いワインでも美味しく飲めるぞ」
「全くだ。今日は誰もがそう思っているに違いない」
新たな希望をネコ族の全員が持ったという事だろうか?
その希望を叶える為に、俺達は頑張らなくちゃならないようだ。




