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N-121 俺の伴侶


 段々と肌寒くなってきた。

 もう直ぐ、ラクトー山は白く覆われるのだろう。

 南の森を目前にした俺達の前には、たまに魔物が現れるだけで異変と呼べるものはない。

 兵士達を鍛えるのだ。と言ってガウネンさんとアイネスさんは中隊を交代で後方に移動して潅漑用の貯水池を作っている。

 アルトスさんも前に作っているから、数個の直径200m程の池が来年の春先には水をたたえることになるだろう。

 そうすれば、ここにも屯田兵を呼ぶことができそうだ。

 

 そんな、ある日。

 思いがけない連中が俺を訪ねてきた。

 従兵が来客を告げると、俺は端末を仕舞って姿勢を正す。

 扉に顔を向けると、そこに現れたのはルミナスとマイデルさん、そしてサンディとリスティナさんの4人だった。


 「やぁ、ルミナス。……元気だったか? マイデルさん達もどうぞ此方へ」


 俺は立ち上がると、暖炉の前のベンチへと4人を案内した。

 席が足りないので、従兵とアイネさん達がテーブルから椅子を運んでくる。


 コの字型にベンチと椅子を並べて、俺達は小さなテーブルを挟んで向き合った。

 

 「中々どこにいるか分らなくて大変だったぞ。名前を変えてるのに思い当たって、それで聞いてみたらこっちにいることが分ったんだ。お前達も無事で何よりだ」

 「全く、あんなことになるとはな。ラクト村のハンター達に動員命令が出そうな噂を聞いて早々と出たのだが……。行く当てがなくてのう。てっちゃんの所に行ってみるかという事で全員で来たのじゃ」


 「と言うことは、手伝って貰えるという事ですよね? 期待させてもらいます」

 「できることなら、協力は惜しまん。面白そうな武器も多いしの。出所は連合王国じゃな? あそこには策士があまたに揃っておる。その辺は大丈夫なのか?」


 流石に、ドワーフだけの事はある。武器を一見しただけで出所を推測したか……。


 「連合王国に知り合いがいました。ミズキさんと言うんですが、一時期俺はミズキさんの弟子だったんです」

 「なんじゃと!」


 マイデルさんが思わず立ち上がった。周囲の視線を受けて顔を赤くすると咳払いをして再び席に着く。

 そんな時に、従兵達がお茶を運んで来た。

 少し熱いお茶に息を吹きかけながらマイデルさんは一口お茶を飲む。


 「変った武器を持っておるのはそんな訳じゃったか。ワシも噂では聞いておる。連合王国の片田舎に住んでいるハンターがいる限り、連合王国は他国からの侵略は成功せぬとな。戦上手などという範疇では語れぬ連中らしい。20倍の敵を跳ね返し、5千の敵兵を前に剣1つで立ち向かったなどという逸話がドワーフ族の中に伝わっておる。そして、どうやらそれが本当らしい」


 スマトル王国との一連の戦闘は、半ば伝説化しているようだな。

 まぁ、今となっては歴史上の出来事に違いない。


 「ということは、その繋がりで援助を得ているのね。てっちゃんが、連合王国の間者って事は無いわよね」

 「それはあり得ません。俺は一度も連合王国へ行ったことはありませんよ。ミズキさんを知っているのはこの世界に来る前に俺達が隣町に住んでいたからです。そして俺が12歳の時から数年間通った武術の道場でミズキさんが俺を指導してくれたんです。

 アキトさんもその頃に見た事はありますが会話をしたことはありませんでした。そして、ユングさんも俺を少し知っているようでした。俺には覚えが無いんですけどね」


 「ミズキというハンターに教えを受けたと言うだけで、てっちゃんを欲しがる国は数知れずじゃ。それ程の存在なのじゃ。

 そして、彼等にハンターとしての狩りを教えたのはネコ族の娘じゃった。ずっと、姉として敬っていたそうじゃ。また、義理の妹もネコ族じゃ。連合王国の一軍を率いる者にまで上り詰め、今は巨大なガルパスの墓に他の娘達と一緒に眠っている」


 「ちょっと、話がこんがらがってきたわ。ミズキさん達はいったい何歳なの?」


 サンディが思わずマイデルさんに疑問を投げ掛ける。


 「そうじゃな……、数百歳は越えている筈じゃ。だが、全く普通の若者に見えるそうじゃ。彼等は歳を取る事がないと里の長老に聞いたことがある」

 「それじゃぁ、ずっと昔から連合王国を見守っているの?」


 「そういうことになるのう。かなり緩やかな王と言っても名ばかりの幾つかの王国が1つの共同体を作っておる。治世は民衆が行なっているのじゃ。王達はその治世を監視して助言を与えるだけじゃな。その王達に助言を与える存在がネウサナトラムの村に住む、ヨイマチとマキナと呼ばれるハンター達じゃ」


 「両方見たにゃ。若い2人組みの娘と若い男女、それに小さい子がいたにゃ」

 「余程、この地を気に入ったか、あるいはてっちゃんが気になるかじゃな。たぶん後者じゃろう」


 そう言ってパイプに火を点ける。俺と、ルミナスも付き合うことにした。


 「ところで、此方でもハンターを始めるんですよね?」

 「そうしたいとは思っていたのじゃが、どうやらリスティナに子供が出来たようでな。これを機会にハンターを廃業して工房を持とうかと思っている。リスティナも治療院を開きたいと言っておるし、聞けば町を建設中じゃ。貯えもあるからそこで暮らそうと思っておる。そこで……」


 「ルミナス達ですね。良いハンターを紹介しますよ。たぶん迷宮の地下1階までは降りられるようになっている筈です」

 「迷宮にいけるのか?」


 俺の言葉に思わずルミナスが膝を伸ばしかける。

 

 「あぁ、俺達もアイネさん達とかなりの頻度で出掛けたぞ。獣とはまるで違う狩りだ。亡くなるハンターも多い事は確かだから、十分気を付けてくれ。俺達の目の前で亡くなったハンターもいるんだ。

 そして、迷宮の狩りで得た魔石の売り上げの3.5割は村に納めることになる。

 その代わりに、住処と食事は一生外村が面倒を見てくれる。」


 「面白い仕組みじゃな。それはハンターだけなのか?」

 「いいえ。村人全員が対象です。この村……もう直ぐ、王国となるでしょうが、その国民なら誰しもがその恩恵を受けることになります」


 「なら、その時は何とか国民にさせて貰おうかの。ワシ等は、町の建設現場に近い駐屯地で暮らしておる。なるべく早くハンターを紹介してくれ。ワシも一度は迷宮に潜ってみたいからのう」

 

 そう言ってマイデルさんは腰をあげた。ルミナス達もそれに続く。

 俺とエルちゃんは4人に握手をして彼等を扉まで見送った。


 「レイクさん達を考えてるんでしょ?」

 「あぁ、そろそろ一人前かなって思ってたんだ。何時までも指導員が一緒では窮屈だろうしね」

 

 エルちゃんニコリと笑うと通信機の所に歩いて行く。

 今日も迷宮に入っているのかな?

 今年は、俺達は入れないけど、1年の約束があるからなぁ。

 来年は、俺達も挑戦を継続しなければなるまい。でないと全くレベルが上がらないからな。

               ◇

               ◇

               ◇


 それから数日たったある日のこと、通信機から知らせが届いた。

 どうやら、レイク達と合流できたようで、早速に遺跡の迷宮で狩りをしてきたと通信文にはあった。

 レイクとルミナスは年齢も同じ位だからな。きっと上手くやっていくに違いない。

 そんな連絡分を俺達は皆で回して読む。

 エルちゃんもホッとしたような顔をしているからサンディを心配してたんだな。


 そして、その夜。

 深夜にエルちゃんに起こされた。

 俺が起きると、俺の手を掴んで司令室の扉から外へと歩き出す。

 そんな俺達を通信兵の子達が見ていたけど、俺は手を上げて応えておいた。


 「今日は2つの月が重なる日なの。前の時は私だけだったけど……。次ぎはお兄ちゃんを絶対に連れてきなさいって」


 階段に腰を降ろして2人で月を見上げていると、エルちゃんが小さな声で呟いた。

 そういえば、そんな事を言っていたな。

 『2つの月が重なる時にはお姉ちゃんと会える』

 

 一瞬、月の光が眩しく思えた。

 すると、俺達の前に半透明の体をしたアルクテュールさんが立っていた。


 「どう? ちゃんと暮らしてる。お兄ちゃんとは上手くいってるの?」

 「うん。大丈夫だよ。色々あったけど、お兄ちゃんがいるもの」


 ちょっと嬉しくなる会話だな。

 エルちゃんをあまりかまってやれない日が続いているんだけど、本人はそれでも十分俺を理解してくれているようだ。


 「てっちゃん……、いえ、今はレムルと呼ぶべきね。パラムの為に頑張ってくれてありがとう。それでね、今夜是非にとエルちゃんに頼んだのは、これからのことを聞くためなの。

 レムル……。国王になりなさい」


 俺とエルちゃんは吃驚して互いの顔を見合わせた。

 だんだんとエルちゃんの顔が赤くなっていくぞ。……いや、それよりもだ。


 「いきなりですね。それはエルちゃんは美人ですし優しい娘になりました。でもあまりにも身分が違いすぎます。エルちゃんは王女ですし、俺は一介の平民に過ぎません」


 俺の言葉を聞いてエルちゃんが下を向いてる。


 「それは大丈夫。少なくとも貴方には連合王国の頂点に立つハンターと同等に話ができる人材だわ。あのハンター、アキト様は王に次ぐ者として広く国民に慕われています。

 その人材と直接話ができるレムルを連合王国の者達はどのように見るかは分るでしょう。少なくとも王族に連なる者に近い評価を下すでしょう。他国へ行けば直ぐにでも貴族の称号は与えられるでしょうね。

 それ位の評価を皆はしているのよ。長老達は知らない内に貴方を相談役として重く用いていたけど、知ってたら自分達の同列に席を設けた筈。

 だから、身分は気にしなくて良いわ。もしも長老が反対したなら連合王国に亡命しなさい。エルちゃんを連れてね」


 「そこまで俺を買ってくれるとは想像出来ませんでした。ならば、エルちゃんを妻に迎えることになんら問題はありません」


 俺の言葉が終らない内に、エルちゃんが俺に飛びついてきた。

 

 「2人で仲良く暮らしなさい。次に会う日が楽しみだわ」


 アルクテュールさんはそんな言葉を残してその姿を月光に溶け込ませていった。

 何時の間にか、重なった月が分かれようとしている。

 そんな月を2人で見上げながら俺達は唇を重ねる。


 次の日、アルトスさんが朝から俺のところにやって来た。俺の前に座らずに俺の横に歩いてくると、いきなり肩をバシンっと叩く。


 「聞いたぞ。それで急いでやって来た。これで我が新王国は安泰だな!」


 大声でそう言って笑い声を上げる。

 昨夜の出来事を誰かに見られたのか?

 ひょっとして噂はとんでもなく広がってるかもしれないぞ。

 俺と目を合わせたエルちゃんも恥ずかしそうに顔を赤くして机に伏せている。



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