N-117 状況は?
日暮れ前に偵察部隊からの通信が入って来た。
今度はレムナム軍と交戦とのことだった。後ろからは魔物、左からはレムナム軍に発砲を受けて一目散に北を目指したとのことだった。
そして日が暮れる……。
「なるほど、レムナム軍は傭兵の反旗に気がついていた事になるな。側面をついた部隊が中隊規模ならあらかじめ予想していなければできないことだ」
「その中隊もこれから大変ですよ。魔物狩りをしなければなりませんからね」
「これから始まるのがガリムとレムナムの戦か……。レムナムは本気でガリムを滅ぼすつもりだろうか?」
「たぶん本気でしょう。これが中途で終ればガリム王国に大きな恨みを買います。ガリム王族ある限り暗殺や、王都内の放火等が後を絶たないでしょう」
「これだけの策を使うからにはそれなりの覚悟があるということだな」
一緒にやってきた従者にお菓子を託して帰したところをみると、この決着をみるつもりのようだ。
俺達は食事を終えると、テーブルの上の部隊配置を現状に合わせていく。
廃都の傭兵はボルテナン山脈に移動して、ポーンを1つラクト村に置く。
端末を立ち上げて仮想ディスプレイのサーマル画像で部隊を確認しながら次々と現在位置を変更していく。
「ボルテナン攻略部隊から2個大隊がレムナム王都に向かっているのか……。だがこれだと到着は3日後になるぞ」
「そして、この増援部隊も大分縮小しているぞ。確か2個大隊の筈だ。ボルテナンから引き返してくる部隊と比べると半分にも未たぬ」
「増援部隊の中で、レムナム軍とガリム軍でぶつかったのでしょう。部隊規模はほぼ同数。撃ちあえば士気の高いレムナム軍が有利ですが、無傷とはいきません2中隊程残っていれば十分役に立ちます」
そして最後にレムナムとガリムの国境に画像を移す。
まだ隠れているようでサーマル画像がぼやけている。更に海上に画像を移すと、徐々にレムナムの軍船が近付いているようだ。
ガリムの軍船は状況をどれだけ理解しているのだろうか、本国への帰還はかなりのんびりしているようだ。
「互いに勝ったと思っているのだろうな……」
「たぶん……!!」
不意に、国境に展開していたガリム軍のサーマル画像が鮮明になってきた。
「ガリム軍が動きました。今夜の内にレムナム王都に達しますよ」
「未明に総攻撃か。まぁ、作戦の常ではあるな」
そんなことを言いながら、アルトスさんが駒をレムナム王国へと動かした。
「エルちゃん。現状を関係箇所に連絡してくれ。それと駐屯地の連中に港の商館の無線を傍受して、今回の戦に関係しそうな内容があれば連絡するように伝えてくれ」
「分かりました」
早速2人が手分けして電鍵を叩き出す。
「商館が絡んでいるのか?」
「絡んでいるというよりも、連合王国が今回の状況を見ているのかを知りたかっただけです。ガリム王国にも何隻か連合王国の商船が寄港している筈です。たぶんもう直に出航するでしょうが、その連絡内容が知りたくて……」
「被害を防止するために動いていると?」
「それもありますが、可能な限り港で諜報活動を行なっていると考えられます。美月さん達は、並みの人間ではありません。容姿で判断すればとんでもないことになります」
「それはあの娘達も同じだろう。迷宮の地下に容易に下り立ち我等の災いを救ってくれた。
初めて見た時には皆が驚いていたぞ。話には聞いていたが誰もその姿を今まで見たものはいなかったからな」
「俺達以上に情報収集を行なっていると思います。訪ねれば即答で教えてくれると思いますが、エイダスは俺達の島ですからね」
「それが大事だ。レムルがその考えを持っているのを知って安心できる。」
「ガリムにはネコ族がまだ残っている筈です。かれらはどうなるんでしょうか?」
「このままだとレムナムに虐殺されます。何とか手を打ちたいところですが此処からでは……」
俺達で出来ないことだってある。
自分達の力の無さを恥じるばかりだ。
待てよ! 確か、変った依頼ほど受けると言う言葉をユングさんが言ってたな。
これは、依頼として成立するんだろうか?
もし、受けてくれるならいったいどれ位の対価が必要なんだろうか……。
「エルちゃん!! ちょと来て」
男の子達に後を託して俺の所に急いでやって来た。
更に手招きして近付いてきたエルちゃんの耳元で小声で話しかける。
「エルちゃん、金貨を何枚持ってる?」
「え~と……、50枚はあるよ。魔石もあるからそれを売れば更に数枚は増えると思うけど……」
「その金貨、俺にくれないかな?」
「お兄ちゃんになら構わないけど、何に使うの?」
「連合王国、ネウサナトラムギルド宛に依頼を頼みたい。エイダス島のガリム王国に取り残されたネコ族の救出。対価はその金貨を使いたい」
「っ!! 直ぐに依頼します!」
エルちゃんは通信機のところに走りよってプラグを切り替え電鍵を打ち出した。
エルちゃんも気にしてたんだな。
俺達には無理だ。だが、この世界は広いから出来る連中がいる。その連中を知っているのだから、ここは任せてみるのも選択肢の1つだろう。
「何を始めた?」
「ネコ族の救出を依頼できないか確認しています」
「それは無理だ。軍隊を派遣することになるぞ」
「俺も、そんな気がします。ですが、あの地には美月さんもいます。何か良い知恵を授けてくれればと思いまして……」
エルちゃんは依頼を終えたのだろう。通信機のプラグを元に戻してジッとランプを見ている。
直ぐに返事は来ないと思うけど、俺だって同じ気持ちだ。
「それより、だいぶガリムの部隊がレムナム王都に近付いてるぞ。そろそろレムナム側でも気付くんじゃないか?」
レムナムの王都の城壁を守る兵士はサーマルモードで輝点で表示されているが、そんな雰囲気は無いな。
数kmに近付いたガリル軍は王都に近付いて速度を落としているのだろう。
今夜は上弦月だ。既に月明かりはない。
ガリル軍としては夜襲の成功を確信しているだろうな。
でも俺には、あらかじめ知っていて、ジッと近付くのを待っているように見えるぞ。
「「来た!!」」
少年兵達がランプの点滅をメモに書き取り始めた。
どっちだ?
ひとしきり、点滅が終るとエルちゃんが確認している。素早くメモを作成して少年兵に渡すと、彼等は電鍵を叩き始める。
エルちゃんが席を立つとテーブルの端にやってきて通信文を読み上げた。
「通信はネウサナトラムのギルドからです。連合王国の中央通信局経由で送られてきました。『依頼の件は既に同様の依頼が出ており受付不可』以上です。此方からの依頼の取り消しと、依頼を出した人物を教えてくれるようにネウサナトラムのギルドに通信を送っています」
「ありがとう。たぶん美月さんだと思うよ。引き続き通信機を頼むね」
席に戻るエルちゃんを見ながら温くなったお茶を飲むと、エクレムさんが俺を見る。
「連合王国が先に動いたということか?」
「そうなります。可能性の段階で行動したと考えられます」
「やはり、美月どのか。こんな小さな島に、大国が係わらずとも……」
「かなり先に必ず起きる大戦に備えるためでしょう。この島が侵攻時に敵の中継地点に利用されないようにするのが目的だと聞いた事があります。ですが、その大戦は遥か先少なくとも2、3百年先……俺達の世代では起りません」
「そこまでの大計をを思案しているのか?」
「連合王国レベルでは、精々10~20年でしょう。数百年を通して計画を立案できるのは美月さん位です。実行部隊は明人さんにユングさん達でしょう」
「そんな長期に計画を立てているのか?」
「我等の未来を掛ける戦らしいです。相手は魔族、出来れば手伝ってあげたいですが……」
「魔族の話は伝説ではなかったのか……」
「ユングさん達は実際に戦ったと言っていました。魔族は人を異形に変えて戦士として思い通りに動かすらしいです」
それがどんな戦かは教えてくれなかったけど、100万単位で殺したといっていたな。
核爆弾を使ったらしいから、そんな数になったんだろう。
そして、それが原因でこの世界の魔法の力が弱まったと言っていた。
だが、それは今の状況には余り関係はしない。
このまま行けば虐殺が待っているネコ族の人々を救い出すのが重要だ。それを先に手を打っていてくれたことには感謝しか言葉がない。
「今度は商館からです。駐屯地から知らせてきました。『ガリム王国の港に停泊中の商船は至急出航してエイダス北東の港に避難せよ』以上です!」
エルちゃんがその場で立ち上がって大声で教えてくれた。
「此方の港に避難するというのがミソですね。保護したネコ族の人達を乗せて来てくれるんでしょう。一時的な住みかが提供できるよう手配しておくべきでしょう」
「将来は町に住んでもらうとしても、とりあえずは駐屯地良いだろう。今は小隊規模で維持してるようなものだ」
アルトスさんは簡単なメモを書きとめると、少年兵の所にもって行く。
彼等の頭をポンポンっと軽く叩いて暖炉に寄った。
たぶん、パイプに火を点けるつもりだな。
改めてお茶を入れて貰うと、俺は席を立って外の階段に腰を下ろした。
タバコに火を点けると、星空を見上げながらふうっと息を吐く。
少し東の空が明るくなってきたかな?
バタン!っと扉が開いた。エクレムさんと振り返った俺の顔が合う。
「始まったぞ。やはり、エルムの言うとおり王都にはある程度の兵が待機していたようだ」
急いで、タバコを携帯灰皿にしている厚手の革袋にしまって立ち上がると部屋に戻った。
皆が見ている仮想ディスプレイを、「すみません他を確認します」と断わって、レムナムの軍船を探す。
後港に数kmもない。港からは急いで出航して南へと移動する商船が数隻見える。
「午前中には軍船から兵が上陸するだろう。これでガリム王国も終ることになりそうだな」
「問題は軍船が運んで来た部隊の数とガリム王都の守備兵の数です。ガリム王国が力攻めでレムナム王都を攻撃すればまだガリム側が勝利することも可能でしょう」
レムナムの援軍は2中隊が今日の昼過ぎ、そして2個大隊は後2日掛かるのだ。
援軍が来る前に勝利すれば、滅ぶのはレムナムになる。
俺達は眠ることさえ忘れて仮想ディスプレイに映るレムナム王都の防衛戦を食い入るように見続けた。




