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N-114 傭兵次第


 司令室のテーブルには俺とエルちゃんそれにアルトスさんにエクレムさんが地図を挟んで座っている。テーブルの端には、ガウネンさん達とアルトスさんの副官が俺達の話を聞く為にメモを片手に待機していた。

 アイネさん達も俺達の後ろの席で大人しくしているけど、何時まで持つのか微妙なところだな。


 「しかし、信じられぬ事態だ」

 「俺も、耳を疑いました。ですが、情報源は連合王国の大型商船と商館の通信をここで傍受しています。たぶん商館から連合王国へ別途通信が送られていると思いますが、それはエルちゃんの通信機では傍受できませんでした」

 

 未だに疑心暗鬼のアルトスさんに俺が答えると、エルちゃんもうんうんと頷いている。


 「それで、これが現在の敵軍の状況なのだな?」

 「そうです。ボルテムの王族が逃げ出したのなら、無血入場……そして略奪が始まるのは時間の問題でしょう」


 「10日は続くだろう。その後は……」

 「この小川にサンドミナス軍が防衛陣地を構築しています。たぶんこの場所に1大隊程度を貼り付けて睨み合いになるでしょう。王都攻略の2大隊はこちらに移動する筈です」


 廃都の西に駐屯する傭兵の1大隊の場所に、ボルテム王国の王都攻略部隊2大隊を示すポーンを移動させる。

 

 「3大隊か……。何とかなる数だな」

 「そうでもありません。この部隊が移動してきます」


 ガリム王国とレムナム王国の国境を挟んだ2大隊を廃都の西に移動する。

 

 「5大隊だと!」

 「たぶん、予備兵力を動員するでしょう。場合によっては、6大隊が集結します」

 

 「だが、集結するまでに間がある。一月は掛かるだろうな」

 「はい、その大部隊で一気にこの地を制圧するのがレムナム国王の狙いなんでしょう。ですが、問題が1つ。この傭兵達です」


 「4つの尖塔を同時に破壊する事は考えられません。そんな事をすれば自分達だって危険ですからね。やはり南の尖塔を破壊するでしょう。

 その時期は、この王都攻略部隊がラクト村を目指して動き出す前になります」

 「という事は、数日しかないぞ」


 「そうです。でないと、逃走できません。逃走経路はこのように山脈の峠を越えて北を西に向かうでしょう」

 「大軍が向かって来る方向には逃げようがないか……」

 

 「そうなると、ラクトー村の東でレムナム軍は魔物と衝突する事になる。……なるほど、しばらくは平和になるな」

 「ですが、予想に反して、傭兵が尖塔を破壊せず、レムナム軍に合流した場合は

俺達は6大隊を2大隊で迎撃する事になります。

 確率は低いですが、一応覚悟はしておいてください」


 「お兄ちゃん。港からの噂が届いたよ。ガリム王国からレムナム王国が買取る農産物の価格をレムナム王国が引き上げたらしいよ。それに、レムナム王国の王女がガリム王国に輿入れする話もあるみたい」

 「なるほどな……レムナムとガリムは同盟を結ぶということだろう。ボルテム王都の略奪で得た財宝をそのまま食料の購入に当てるのだろう。先を見るに才のある奴だ」


 そんなに単純な話なのだろうか?

 表面上は確かにそうでも、これが約束手形であって傭兵が尖塔の財宝を手に逃走するようなことがあれば一気に関係が瓦解してしまう。

 ガリム王国によるレムナム王国侵略が始まってもおかしくはないぞ。


 「連合王国の商船は3カ国と貿易を続けています。ガリムとレムナムの関係は徐々に明らかになってくるでしょう。

 どちらに転んでも対応できるように、この位置に見張りを置くことにしたいです。

 望遠鏡と通信機を渡しておけば、傭兵の動向と尖塔の状況が分かります」

 「それは俺の隊から出そう。1分隊を派遣する。通信兵は少年だが、その場所なら危険は殆どない」

 

 アルトスさんの言葉に副官が場所を確認すると、司令室を出て行った。本隊に連絡を入れるみたいだな。

 カーリーが皆に配ってくれたお茶を受取り、一口含む。しぶいな……。

 アルトスさん達がパイプを取出して吸い始めるのを見て、俺もタバコを咥えた。


 「第4中隊第1小隊の第1分隊を偵察に派遣しました。少年兵2名が同行しています」


 司令室の扉を開けるなり、アルトスさんの副官が報告してきた。


 「ご苦労。これで明日中には此処で見張ることができる。先ずは敵より数歩先んじることができる」

 「とは言え、防衛戦の準備も必要になる。俺の方は柵を新たに作るとして、レムルとアルトスはどうするのだ?」


 「森を少し後退させます。その上で、柵と空堀を門を中心に作りますよ。既に作業は始めています」


 俺の言葉に、ガウネンさんが頷く。


 「そうだな……。副官とも相談すなければなるまい。俺の方も基本は突撃の遅延策になるだろうな」

 「直にでも始めるぞ。作っておけば何れは役に立つ。レムル! なにか分かれば些細な事でもいい。連絡を頼むぞ」


 エクレムさんはそう言ってアルトスさんと顔を見合わせる。


 「確かに、俺達の情報源はあまりない。レムル達が頼みだ」


 アルトスさんは、そう言って席を立った。

 俺達に片手を上げて部屋を出でようとする一行に、慌てて席を立つと扉まで行って見送りをする。

 東西に副官を連れて歩いて行く2人が小さくなったところで、部屋に戻ると再度地図を眺めた。

 やはりレムナムの姦計なのだろうか?

 ガリムの将来に利点があるとは、まるで思えない。

 

 それとも、ガリム側の計略なのだろうか?

 表面上は恩を売っておいて、反旗を翻すとも考えられる。


それは……! レムナムの雇った傭兵の質を知っているということか?


 だとしたら、レムナム側に提供する軍は弱兵を当てて、レムナム軍が魔物に襲われた時に一気に王都を攻める事も考えられるぞ。

 ガリム軍は小規模だが、殆どの軍を遠方に派遣している状態ならレムナムの王都を落とすことは比較的容易ではある。


 端末を取出して現在のガリム王国の状況を調べて見る。

 国境の柵には小隊規模の兵がのんびり巡回しているようだ。此処までなら、レムナム国王の思惑通りと言えよう。


 1辺が1kmにも未たない城壁に囲まれた王都の規模はだいぶ小さなものだ。旧パラム王都の四分の一程度に見える。

 王都を南に少し下ったところで、目的の物を見つけた。

 

 天幕が100張り以上並んでいる。

 2大隊には未たないが、千人は遥かに越える数だ。

 兵士が幾つかの円陣を作っている。中では武器の扱いを教えているのだろう。

 

 王都の守備兵が幾ら残っているかは分からないが精々中隊規模だとすると、簡単にレムナムは陥落する。

 この軍隊が行動を起こすタイミングは傭兵部隊の略奪と呼応しなければならないが、それはどの様に知らせるんだろうな。

 俺達みたいに通信機があるわけではない。

 伝令を走らせるのだろうか?


 とりあえず、地図の上にポーンを2つ置いて、この隠された部隊を忘れないようにしよう。

 

 「悩んでたようだけど終ったの?」

 「まだ悩みはあるけどね。とりあえずはこれ以上考えても無駄みたいだ」

 

 エルちゃんが心配そうな顔を俺に向けてきたので、笑みをかえす。

 それをみて小さな笑みを浮かべたけど、やっぱり俺を心配しているのかな?


 「そういえば、この関所にも発光式信号機を使える人がいるんだよね。……あの暖炉の傍を通信所にしようか」

 「此処よりも良さそうな気がする。何かあれば直に伝えられるし」

 

 エルちゃんはアイネさん達に手伝って貰って小さな机を暖炉の反対側の壁に移し変えた。カーリー達がもう1つ机を運んでくる椅子も3脚になり、3人が詰められるようだな。

 そんな所に2人の子供達が入ってきた。


 「あのう……、ヘイムさんに言われてやって来たんですが」

 「あぁ、君達か! 俺がレイムだ。こっちがエルちゃん。君達の任務だけど、ここで待機してくれないかな。無線機はあるんだが、近距離は君達の発光式通信機が頼りだ」


 「こっち!」


 エルちゃんがお姉さんらしく指図してるな。これは任せても大丈夫だろう。

 3人いれば、何時も誰かを置いておける。無線機も通信が入ったらエルちゃんを起こしてもらえば大丈夫だろう。


 「少しずつ部屋の住人が増えるにゃ。……あれ? あの子達は銃を持っていないのかにゃ。」

 

 アイネスさんの言葉にやって来た少年を見ると、綿の上下だけを着ている。

 う~ん、ちょっと問題だな。イザとなれば身を守る位の武器は持たせた方がいいのかも知れない。

 

 「アイネさん。あの2人の装備を整えてやってくれませんか。俺達と同じようにハンター装備でいいでしょう。銃はロアル、そして減装弾を10発程与えてください」

 「分ったにゃ。支払いは長老にしとくにゃ」


 後で怒られそうだが、必要経費とすれば問題無いだろう。

 直ぐにアイネさんは3人の所に出掛けて、エルちゃん達と相談を始めた。


 チラリと後を見る。

 手持ち無沙汰なミイネさんとシイネさんがいる。

 

 「ミイネさん、簡単なお菓子って出来ますか?」

 「作れるけど、材料が無いにゃ」


 「エルちゃんに言えば、商館を通して購入できます。結構、人野出入りが激しいですから、簡単なお菓子を作ってくれるとありがたいんですが……」

 「分ったにゃ。簡単でいいなら沢山作れるにゃ!」


 今度はミイネさん達がエルちゃんの所に出掛けて行った。

 

 「良いのか?」

 「あぁ、構わないさ。それ程の出費じゃない筈だ。俺の蓄えで何とかなると思うよ。まさか、お菓子を戦に必要とはアルトスさんに言えないだろう?」


 ははは……、と笑い声が起こる。

  

 「確かに、菓子では戦は出来んが……、あの子達の士気を維持するには必要だ。俺は、十分に戦略物資と認定するぞ。アルトス殿には俺から副官に進言する。彼等のところにも少年兵がいるからな」


 ちょっとしたことが、全軍の士気を上げる事もある。

 お菓子で上がるとは思えないんだけど、やってみる価値はありそうだな。


 「任せるよ。生憎と通信機を使えるのは彼等だけだ。少しは特別待遇を与えてもいいと思うんだ」

 「重々承知している」


 ガウネンさんは副官を呼ぶと早速小声で話を始めた。

 果たしてどんなお菓子が出来るか楽しみだな。

 そういえば、しばらくお菓子とは縁が無かった。出来れば今回参加している子供達全てに渡したいものだ。

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