N-113 ガリムの意図は?
2人の兵士が運んできた夕食は村の食事と同じ物だ。薄いパンに野菜のスープ。少し入っている肉の量が多いかな?
食事をしながら、関所の事を色々と聞いてみた。
宿舎は司令室の左奥にある2部屋を使わせてもらえるらしい。そして、ちょっと寒く感じるこの部屋の暖房は、部屋の部屋の左手にある暖炉だけのようだ。暖炉脇には薪が1束と、暖炉の前に大きなポットが置いてある。近くにお茶のセットがあるんだろうな。
「レムル殿の話では、必ずしも敵の侵攻があるとは限らないということだが、場合によっては敵軍ではなく魔物という公算も高いということか?」
「迷った場合は最悪を想定すれば良いでしょう。最悪はボルテム王国を壊滅させたレムナム軍が傭兵と共に侵攻してくる場合です。それから比べれば旧パラム王都に巣食う魔物が結界を出てこちらに来る位は対処出来るでしょう。それに、全てのまものが来る訳ではありませんからね」
旧王都にどれだけ魔物がいるかは分からないけど、長老との話では、旧王都を囲む結界の半分は残るようだ。
となれば、結界から出て来られる魔物は半数になる。王都からの魔物の進行ルートは、西のラクト村方向、南のサンドミナス王国方向、そして俺達のいる方向になる。
仮に100匹が王都にいたとすれば、結界を出る魔物が50匹、そして俺達の方向に来る魔物はその三分の一の10数匹となる。
実際には、結界を破壊した連中を追うだろうから、この関所を襲撃する魔物は殆どいないと思うぞ。
「実際にはかなりの不確定な要因がある。俺達には敵の動きを知る手段があるから、その状況に合わせて対応する他はないんだ。だけど、上手く事が運べば来年には余裕が出来る。今年1年は正念場なんだ」
「最大の懸案事項は、傭兵の質ですか……。そればっかりはここでは分かりませんね」
◇
◇
◇
次の日、朝食を終えたら直にアイネさん達は司令室を出掛けて行った。
状況を見てくるにゃ! って出掛けたけれど、ジッとしていられない性格だからな。気晴らしが9割だと思うぞ。
俺とエルちゃんは留守番しながら端末で状況確認をしている。
天上にアンテナを張っただけで使えるから便利だな。
同じように、エルちゃんの通信機もアンテナを張ってあげたから、この場で主要な部隊との通信が可能になった。
南の監視所は2km程の距離なんだが、こっちは発光式で通信するから間に介在人が必要になる。通信する距離的には遠く感じるな。
昼過ぎに届いた地図をテーブルに広げて、各国の部隊をチェスの駒に代えて配置してみる。
状況的には変化は無いようだ。
気になった、サンドミナスの防衛戦は柵の工事の真っ最中らしい。小さな川を越えたところに土塁を築いて柵を設けている。
突破するのは大変だな。やはり、この名もない川が最終的な国境線になりそうだ。
ボルテム王国の王都から何本か煙が上がっている。
自ら王都を破壊しているのだろうか? それとも火矢で燃えたのかまでは分からないな。
上空からの画像では、王都攻略はまだのようだ。気のせいか、王都の南に展開しているサンドミナス軍が少なくなっているようにも思えるな。
王都を脱出する庶民も前から比べると貧相になってきている。
荷車は1台もなく、蟻のように人が連なっている。その列は東へ流れ、そしてサンドミナス王国の村や町に隣接した天幕の列に消えていく。
難民だけで3万は越えるだろう。それだけの難民をサンドミナスは抱える事が出来るのだろうか?
サンドミナス王都から数台の車列が確認できるが、積荷は多くはないようだ。食料だとしたら直になくなってしまうだろう。
難民対策はサンドミナス王国の重荷になるだろうな。
レムナム軍の陣営にも街道を進む荷車の列が確認できる。こちらの台数は数倍の規模だな。
それでも、展開している郡の規模も多いから簡単に消費してしまうのだろう。
最後に傭兵部隊だ。湖近くの森の入口付近に天幕が展開している。
付近に荷車の列が見当たらないから、携帯食料と狩りの獲物で凌いでいるのだろう。森から離れた場所に狩りをしている集団がいる。
最後に、昔住んでいた小屋を探してみた。
湖の北側を拡大して探していると、見覚えのある地形があった。だが、小屋は焼かれている。
これは、ちょっとショックだな。エルちゃんも息を呑んで見ているぞ。
更に拡大して小屋を見ると、焼け跡に雪が積もっている、周辺には足跡も見当たらない。
焼かれてから大分経っているようだ。
「エルちゃん。ルミナス達は無事だと思うよ。この間手紙を貰ったし、小屋が焼かれてから大分経つようだ」
「手紙はどこから出したんでしょう?」
そうだよな。だが、手紙には場所が分かる記載は無かったな。
俺が首を振ると、エルちゃんは何も言わずに俯いてしまった。
「たぶん、どこかに避難してるんじゃないかな。マイデルさんもいることだし、ムチャはしないと思うよ」
そう言って、エルちゃんの肩を軽く叩いてあげる。
とはいえ、由々しき自体ではある。ハンターの住居を勝手に焼くなんて考えられないぞ。
強制的にハンターをラクト村の東から隔離したんだろうか?
ならば、何故に……。
これから行なう自分達の行為を見られたくなかった……?
そう考えると、尖塔の略奪行為は時間の問題なのかも知れないな。
その後の事は考えずに母国へ素早く帰れば被害は殆ど無いのかも知れないな。
だとすると、破壊される尖塔は南の1個のみかもしれない。
森の中に見える建造物が尖塔なんだろう。
サーマルモードで見ると南側に発熱反応が広がっている。
破壊のチャンスを狙っているようにも見えるな。
そして、初めて俺は旧パラムの王都を目にした。
地図では見ていたが、まさかこれ程の威容を誇っていたとは……。
東西南北方向に4辺を揃えた城壁は2kmはあるんじゃないか?
北にある王宮と思しき建物はどう見ても1辺が200mを越えているぞ。4方向に大通りが走り、それを基点に綺麗に区画されていたらしい。
だが、建物は無残に崩れ周辺に散らばっている。泉の水は溢れて残骸を水浸しにしている。そして、それらを隠すように緑が広がっている。たぶん蔦の類なんだろうな。
これが、かつてのネコ族の暮らした王都パラムだと思うとその繁栄ぶりと現在の落差の大きさに驚くばかりだ。
チラリとエルちゃんを見ると、どこかと通信しているようで、この映像は見ていない。
直ぐに場所を変えて、端末を閉じた。
エルちゃんはレシーバーを片耳に当て、片方の手で電鍵を打っている。たまに電鍵から手を離すと、メモ用紙に殴り書きをしている。
かなり急いでいるようだが、メモが読みにくいな……。
そして、唐突に電鍵を打つ手が止まった。
ジッとエルちゃんの様子を見ていた俺に、エルちゃんが振り向いた。
「お兄ちゃん! ボルテム王族が乗った船がガリム海軍に攻撃を受けて船は沈没。生存者は無いって!」
「レムナム王国の海軍ではないんだな?」
「何度も確認した。間違いなくガリム王国の海軍だって。情報の出所は商館に入った大型商船からの通信だよ!」
ちょっと脹れた感じが可愛いぞ!ってそんな場合じゃない。
レムナムなら分る。サンドミナスもやりそうだ。だが、ガリムとは……。
「エルちゃん。急いでアルトスさんと長老の所に知らせられるか?」
「分った!」
直ぐに、通信機のジャックを組み替えて電鍵を叩き出した。
そっちは、エルちゃんに任せればいいか。
もう一度、地図を見る。
少なくともレムナムとサンドミナスに変化はない。
待てよ? ガリムとレムナムは国境に互いの兵を派遣していたよな。今も同じだろうか?
急いで端末を取り出して両軍の睨みあいを探してみたが、そんな光景は何処にも見えない。
国境の柵を巡回する部隊はあるのだが……。
2つの王国が和睦する理由があるのだろうか?
これは、港の関所の連中に確認せねばならないな。商人達なら知ってるかもしれない。
「カーリー! 悪いがお茶を1杯貰えないか」
部屋の端にいた、カーリーが直ぐにお茶を運んでくれた。俺の前と、エルちゃんの傍に置くと、元の位置に座って待機する。
お茶のカップを持って、暖炉の傍のベンチに腰を下ろしてタバコを取り出した。燃えさしで火を点けると、もう一度状況を考える。
事態が急転する可能性があるな。
春になってからだと思ったが、これは、一度状況を皆で話し合った方が良さそうだ。
「お兄ちゃん! 両方に送ったよ。それで、アルトスさんとエクレムさんがやって来るって言ってた」
「ありがとう。追加で悪いんだが俺の前にあるメモの内容を港に送ってくれないか?」
「これね。分った!」
やはり通信機があると便利だな。
アルトスさんの方から来るとは……。本来ならば俺の方から出向くのがスジだろうが、たぶんもう出発してるな。
アイネさん達はしばらくは帰ってこないけど、全体の話だからガウネンさん達は知らせなくとも良いだろう。結論が出ればそれにあわせて対応を協議すれば良い。
何時の間にか俺の横にエルちゃんが座ってた。
「送ったよ。2時間後に此方に連絡するって言ってたけど、此処では時間が分らないと思うんだけど?」
「そうだな。商館に連絡して時計を送って貰おう。前に貰ったカタログにあったから、購入する事が出来る筈だ。注文出来るかい?」
「時計って言うの? 時間を計る機械ってことなの?」
「あぁ、それで時間が分る。手に入れば教えてあげるよ。でもその前に、俺も持ってるぞ」
バッグの中から俺の腕時計を取り出してエルちゃんに渡す。
「この長い針が円盤を一周すると、短い針が此処からこの位置まで移動する。短い針が2目盛り、この位置まで動くと2時間になるんだ」
「この位置だね。分った!」
大事そうに腕時計を両手で持って通信機のところに帰ると、ジッと時計を見ている。
あれじゃ、疲れるだろうに……。
「エルちゃんおいで!」
エルちゃんを呼ぶと、大事に時計を持ってやってくる。
「そんなにジッと見てなくても大丈夫だよ。此処でお茶を飲んで、温まっていても時間はそれ程過ぎては行かない」
「そうなの?」
俺は腕時計の留金を調節してエルちゃんの腕に着けてあげた。
頑丈な時計だから、ぶつけても落としても安心だ。
それでも、チラチラと時計を見てるぞ。
急に動かないか注意してるようだけど、時計を知らないとそう考えてしまうものなのだろうか?




