N-108 コタツで旅行?
明人さん達と打ち合わせた次の日、俺達は村へと帰った。
帰りは商会のソリで送ってもらったから、歩かないで済んだぞ。
村へ着くと早速長老の部屋に行って会合の内容を説明した。
「ご苦労じゃった。元々我等も知らなかった遺跡じゃ。爆裂球の直接取引もありがたいが、我等としてはカラメル族との縁が再び戻ったことの方が嬉しく思う」
「それでは了承したと伝えておきます」
「うむ。後で期間を聞いて欲しい。その間は遺跡にハンターを近づけぬ方が良いじゃろう。
それにしても、異端者はどの部族のもおるのじゃな……。武器についてはアルトスを後で向かわせよう。彼と調整するがいい」
ある意味、儲けたってことかな。
俺達が入るには危険すぎる迷宮だが、その原因が除去されると地下5階であれば容易に到達できるだろう。フラウさんに貰った迷宮の地図は三角錐を逆にしたような形で下階に行く程、そのフロアの面積が小さくなる。一度に大量のチームが押し寄せなければ初心者用に丁度良い迷宮になるだろう。
それに、場所も村から離れているから、他国からのハンターが魔物を狩るのも容認出来そうだ。
「長老には、移民を受け入れる考えはありますか?」
「それは常々考えておることじゃ。単なる移民なら良いのじゃが、国政に参加させることを考えると、我等の考えはそこで止まってしまう。何とかネコ族を主体に長年暮らしてきたのじゃ。様々な種族が集まれば当然のように軋轢が生まれる。それが原因で他国は何度か国が変わっておるのじゃ。
しかし、パラム陥落で多くの人材を失った事も確かじゃ。良き案があれば示して欲しい」
長老が苦い顔になったのはお茶のせいばかりではないのだろう。
やはり、人口が少ないのは、国作りの大きな弱点になる。
現在の人口は1万数千人だろう。周辺諸国の弾圧から逃れてくる者の数は少なくなってきている。出生を含めても、1年後で100人の増加を見込めるかどうかだ。
その状態で2千人近い兵力を維持するのは極めて稀な社会だと思う。それはネコ族の村の奥ににある迷宮で魔石を得ることが出来るからに外ならない。
ハンターによって成り立つ狩猟民族のような気がしてきたな。
この魔石の流通が止まったら、村はたちまち分裂して消えて行くことだろう。
だが、それで良いのだろうか?
1つの産業に固執して滅びた国は無かっただろうか?
最低限の食料は自給できるように画策はしているが軌道に乗るのはずっと先だろう。
それに、銃器の製作も細々としたものだ。もう少し工房を大きくしたいと思うが、ドワーフ族の多くは戦で失われたらしい。
「1つ提案があります。長老の危惧したものは、無秩序な移民の流入によって引き起こされるものと考えます。一定の枠を引いてはどうでしょうか? 例えば、ネコ族の1割を越えない、何らかの技能を持っているもの等が考えられます」
「単なる流民は要らぬということだな。」
「村では最低限の暮らしが保証されています。その保証を目当てに来るものではたまりません」
「確かにな。その辺りの匙加減は我等が考えよう。とりあえず1割であれば問題はないじゃろうな」
長老に頭を下げると、部屋を出て風呂への通路の途中にあるテラスへと向かった。
テラスへの扉を開けるとそこは氷の世界だ。迷宮への通路の途中にあるテラスのように氷のカーテンで囲まれることはないが、それでも結構大きなツララが下がってるぞ。
「エルちゃん。明人さん達に連絡を入れてくれないかな。『長老からの了承が得られた』と伝えて欲しい」
「ちょっと待ってね」
腰のバッグから通信機を取り出して、レシーバーを接続し始めた。アンテナは俺が持っていた槍に結び付けておく。
早速電鍵を叩き始めると、チカチカと返事がライトで点滅した。向こうも待っていたようだな。
「連絡終了。相手はアキトさんで。『ありがとう』って言ってた」
「良かった。エルちゃんもご苦労様。これで部屋に帰れるよ」
通信機の片付けを手伝いながら、そう言ってエルちゃんの頭を撫でる。
そして俺達はテラスを出て部屋へと戻った。
「大分掛かったにゃ。」
そんな事を言いながらも、部屋のコタツに座った俺達にマイネさんがお茶を入れてくれた。
テラスが寒かったから、温かなお茶はありがたい。
「それで、これからはどうなるにゃ?」
「しばらくは何もないと思うよ。だから明日は休ませて欲しいな」
はっきり言わないと、明日にも迷宮に出掛けそうだからな。
俺の斜め隣ではアイネさんが豪快な寝姿でお昼寝中だ。ミイネさんとシイネさんは編み物をしてる。エルちゃんもそんな2人に刺激されたのか、俺達の部屋から毛糸球にの入った小さな籠を持ち出してきた。
俺も今日はのんびりしよう。
明人さんに貰った、パソコンのような代物をバッグの袋から取出して、厚さ1cmもあるマニュアルを読み始めた。
本体は革のケースに収まってるが半分に分けられているみたいだな。
マニュアルにしたがってケースの留め金を外して蓋を開けると、確かに本体と部品収納の箱に分割した。
部品箱にキーボードが入っていたが、そのキーボードは何とJISキーボードだぞ。
本体の電源は、5セグメントのLRDライトで表示されている。現在はフルに充電されてるみたいだセグメントの光が黄色になったら充電しろと書いてある。
その為の充電器は手回し式の発電機だ。こんなんで充電できるのだろうか?
マニュアルを読み進めて行くと、数件のファイルが入っている。中身は地図と写真集それに数百年前の連合王国であった戦争の記録のようだ。
面白そうなので、見てみよう。こんなものは操作しないと分からないからな。
電源スイッチは人を選択するようだ。
軽く押してみると指先に痛みが伝わる。急いで指を離して指先を見てみると針で突いたような痕があり、血が滲んでいた。
急いでマニュアルを読み直す。そこには使用者を限定する為のキーとしてDNAで判断する旨の言葉が書いてある。
これで、この端末を操作できるのは俺だけになるようだ。
画面表示は仮想ディスプレイとなっている。マニュアルに従って、本体を収めた革ケースの背中にある蓋を開ける。
キーボードを接続して、何でも良いからキーを押せと書いてあるな。
その通りにして、キーボードのエンターキーを押すと本体の蓋にあったケースがスライドして本体の上部に40インチ位のディスプレイが表示された。
後の操作はパソコンと同じらしい。
ディスプレイのメニューを、キーボードのボールでカーソルを動かしながら選んで行く。
「すごいにゃ! 何が始まるのかにゃ?」
「連合王国の写真があるから皆で見てみようか?」
写真ならば見れば誰でも分かる筈だ。それに俺にくれたという事は、誰に見せても問題のない写真なんだろう。意外と名所廻りかも知れないな。
ファイルを開くと地方名のファイルが数個出てきた。
確か明人さん達が住んでるのはモスレム地方だったよな。
モスレムを選択すると今度は町村名が出て来る。結構ボリュームがありそうだぞ。
え~と、ネウサナトラム村だった筈だ。
ファイルを選択してエンターを押すと湖に面した村の画像が現れた。
これが明人さん達が住んでる村か……綺麗な村だな。
遠くには急峻な山並みが続いている。その麓には大きな湖がありその岸辺に村が広がっていた。
でも、よく見ると似つかわしくない建物があるな。
これはどう見ても天文台のドームだし、こっちは大型の温室だ。
「綺麗な場所にゃ。次もあるのかにゃ?」
「ちょっと待ってね。次はこれだ!」
画面の展開はエンターキーを押す事で切り替わるらしい。
次の画面は門の内側にある広場らしい。下に場所の名前が表示されている。
広場の中央に方位盤のようなモニュメントがあり、その周囲が馬車が2台がすれ違える程のロータリーになっている。
その次は……。
やはり、名所案内のようだ。いながらにして状況が分かるな。
次々と切り替わるディスプレイを4人は興味深く見ていたが、そんな中で特に目を引いたのが3つ程あった。
明人さん達の住んでる小さな家。それは湖に面した場所にある。そして庭の片隅にある場違いな立木。何でこんな木をこの場所に植えたのかと慣性を疑いたくなるような場所だ。
天文台には小さな望遠鏡が備え付けられていた。一体何に使用するのか分からないけど観測を続けているらしい。
最後の温室は南国地方の植物が育っていた。
まさか、バナナが食べたいから作った訳ではないのだろうがたわわに実っている。
「まるで、その場にいるみたい!」
「こんな場所に住んでいたにゃ。こんな場所に住みたいにゃ……」
「これよりもっと良い場所に町を作ろうよ。それが何時かは分からないけど、俺達が実現できなければ、俺達の子供達が頑張るだろうしね」
俺の言葉に皆が頷く。
多分に趣味も入ってるんだろうけど、良い場所だな。
そんな感じで、夕食時まで連合王国の名所巡りが続いてしまった。
確かに、色々とあるな。
蒼のモスクは何で此処にって感じだったし、製鉄所まであったのには驚いた。なるほど武器を量産できる訳だ。
巨大建築物の中には、大きな陸亀もあった。
何でも、亀兵隊創設時に活躍した3人の女性の墓所だという事だが、4つある旗竿の3つにどこかで見たような旗がなびき、沢山の兵隊や女性が花を捧げていた。
誰が祭られているのかは、その当時の戦記を読めば分るだろう。たぶん明人さん達が活躍してるんだろうけどね。
そんないながらの旅を終えると、端末を仕舞いこむ。
改めて、マイネさんが皆にお茶を入れてくれた。
「お兄ちゃん。また見せてね!」
「あぁ、良いよ。今度はアイネさんが起きてる時に見ようね」
俺の言葉に小さく頷いた。
俺としても、アイネさんに恨まれたくないしね。
マイネさんがアイネさんを起こし始めたのを見て、ミイネさん達は夕食を取りに鍋を持って食堂に出かけた。
エルちゃんは部屋の片隅で携帯用コンロを使ってお茶を沸かし始める。
この部屋の炉はコタツにしちゃったからな。ちょっと不便になったけど、誰も元に戻そうとは言わないんだよな。
へたをすると、朝起きたらクァルのお姉さん達4人ともコタツで寝ていた事があったしね。
エルちゃんもお風呂でコタツが話題になっていたと教えてくれた。
新たな文化を作った感じだな。




