N-107 カラメル族
港の手前にある関所には話が着いてるらしく、番兵は俺達2人を一目見ただけで通してくれた。
「商館に向かいますよ」
年老いた御者がそう言いながらソリを進めていく。
何だろう? 特に大きな商談はなかったと思う。町作りは俺の担当外だし、北の石塀付近の入植も担当外だよな。
石作りの立派な屋敷に見えるのが商館らしい。隣に同じような建物があるが、そちらは入口が横に3つも並んでいる。
そういえば、商館は外交館としても使われるんだよな。
俺に用があるのはブラザー・フォー、それとも商会のどちらだろう?
玄関前に着くと、まるで見えているかのように玄関の扉が開いた。
執事のような老人が俺達を出迎えてくれる。
「来て頂きありがとうございます。さぁ、中にお入り下さい」
俺達の返事も聞かずに俺達を建物の中に案内してくれた。
玄関ホールから奥に通路が延び、左右の壁に2階への階段がある。
俺達は玄関から真直ぐ奥に伸びた通路を歩き始めた。
絨毯を踏みしめながら奥に進むと、扉の所で案内してくれた執事が立止まる。
「この部屋でお待ち下さい。直ぐに皆をお連れします」
中に入ると、教室ぐらいの部屋の真中に丸いテーブルがある。
そして奥には暖炉とその前に小さなテーブルを挟んで2つのソファーが並んでた。
「寒いですからソファーでお待ち下さい。もうすぐお茶をお持ちします」
そう言って執事が部屋から出て行く。
ちょっと、俺には似合わない部屋だな。それ程家具は無いんだが、テーブルやソファーは贅沢に彫刻や刺繍が施されていた。
「とりあえず座って待とう。用があるのは向こうの方みたいだしね」
俺がソファーに腰を下ろすとその隣にちょこんとエルちゃんが座りこんだ。
さて、誰が来るんだ?
トントンと扉が叩かれ、部屋に誰かが入ってきた。座った位置が扉を背にしていたから誰かは判らないが、振り返ってみるほど無作法じゃないぞ。
「やぁ、待たせて済まない。俺と美月、それにカラメル族の長老だ」
俺の前に3人が立つ。2人は良く知っている。だが、カラメル族の長老とは始めて聞くぞ。
改めて、よろしくと一人一人と握手を交わす。
そして、最後に長老に腕を伸ばした時、修道服のような服の袖から腕がにゅーっと延びて俺の手を掴んだ。
そして、深く被った頭巾が後ろに落ちる。
そこにあったのは、青い滑った皮膚を持つ人間に良く似た生物の顔だった。
「……初めまして。俺はレムル。隣はエルです」
明人さんの手前、なるべく心を落着かせて挨拶したが、果たして相手に伝わったかどうか。
それにしても、この腕の長さはおかしいだろう。関節1つ分は伸びてきたぞ。そして、ヒンヤリとした手の感触だ。もっとヌメヌメした感触だと思ったのだが、違ってた。
俺に続いてエルちゃんも握手している。
顔はちょっと変だけど、優しい目をしてるからな。きっとエルちゃんはそれが分ったんだろう。
俺達の反対側のソファーに3人が腰を下ろすと、商館のメイドさんが俺達にお茶を運んで来た。
一口飲んだ所で明人さんが話を切り出した。
「旧パラス王国の長老に話をしたところ、判断をレムルに託すという事になった。協力してくれるとたすかるんだが……」
「明人さん達には色々と協力して頂いてます。出来れば協力したいのですが、その前に何を協力すれば良いかを話してください」
「全く、結論を急ぐんだから、しょうがないわね。私が説明するわ」
明人さんの頭を軽く叩いた美月さんが、俺に向かって話を始めた。
どうやら、遺跡の迷宮最深部に問題があるらしい。
カラメル族の異端者がカラメル族の居住区を600年程昔に出たらしい。
その痕跡があの迷宮の最深部で確認されたという事だ。
カラメル族としてはその痕跡を調査し、彼の研究成果を廃棄したいというのだ。
「命……、それは不思議なものじゃ。我等を構成する元素も分子結合も遥か昔に解明されておる。じゃが、それを集め、形にしても命は生まれぬ。
命は何処から来てどこに向かうのか……。ある意味、最後の謎でもある。
それは神の賜うたもの……。そう考える者もおるじゃろう。案外正しいのかも知れぬ。
我等が、種族から姿を消した者は、生体工学に長けた者じゃった。命を作ろうとしておったよ。我等には禁忌の研究じゃ。それが我等に知られたとき彼は姿を消した。
そ奴の残滓があの最深部の映像にあったのじゃ。我等としては捨て置けぬ。そして、万が一にもそれが動いておるなら、速やかに破壊せねばならぬ」
「という事で、カラメル族が迷宮に入るのを許可して貰いたいのだ。ただし、カラメル族が最深部の装置を破壊した場合、遺跡の迷宮に現れる魔物は村の迷宮に現れる魔物と大差なくなるだろう。最深部の魔気を放出している小さな歪には手を付けぬと約束する」
「何も問題があるとは思えません。と言うより、俺達に許可を求める理由が理解出来ないんですが?」
「此処が、レムル達の土地だからだよ。自分の家に勝手に知らない者が押し入って破壊したら問題だろ。それと同じさ」
「一応理由を教えていただきました。たぶん長老も問題ないと言うと思いますが、俺の方から再度念を押してみます」
「そうしてくれ。長老もお前を試している節があるからな。ここで了承しても問題は無いだろうが、今後のお前の立場もあるだろうし……」
「とはいえ、勝手に身内の恥を晒すのも好まぬ。この調査と場合によっては破壊を行なう見返りとして、年に爆裂球5千個の取引を行なおう。もっとも我等には貨幣は意味をなさぬ。食料と引換えじゃ。交換比率は連合王国と同じで良いじゃろう」
「それと、これを渡しておく。使い方はそのマニュアルに書いてあるから、今後の独立戦争には役立つだろう。フラウ達に聞くのも良いけど、目で見たほうが確実だからな。応用や、情報整理を頼んだ方が良い。特にディーならその情報から推察出来ることまでを教えてくれるだろう。知識はバビロンとユグドラシルの神官も助けてくれる。ただし、武器開発は無理だぞ。彼等にとって禁忌だからな」
明人さんがバッグから取り出したものは通信機よりも大型の装置だった。一応箱の形に纏められているが、チラっと見た感じではパソコンに見えなくもない。
「どうして、これを……?」
「簡単さ。この島も何れ大きな戦に飲み込まれる。それはかなり先の話で、レムルの生きている内に始まらないかも知れない。だが確実に起ることは確かだ。
出来れば、この島を守って欲しい。その為の努力をしてくれ。俺達はあちらの大陸だけで手一杯な感じだ。此方までは手が出せない。
守るにはどうしたらいいか、その相談は出来る。そしてその為の知識を得るためにその端末を使って欲しい。かなり乱暴に扱っても故障はしないだろうが、故障したら連絡すれば良い」
ひょっとして、遺跡調査はブラフなんだろうか? 俺にこの端末を届けるために遺跡調査を利用してるんじゃないのか?
だが、フラウさんとの通信のやり取りで敵を退けたのも確かだ。
フラウさんに聞かずとも俺達で確認できればそれに越したことはない。
「1つ確認したいことがあります。明人さん達の連合王国で使われている武器は俺達が購入することは可能でしょうか?」
「物によるな。ライフルは今まで通りの数を引き渡す。それ以上は無理だ。現在の数で行けば50丁を新たに引き渡すことが可能だ。これはパテントだから無償で良い。そして散弾銃の先込式なら売買は可能だ。バリスタも可能だろう。後は何が欲しいんだ?」
「倍率の高い望遠鏡です。出来ればバードウオッチングに使用するタイプにフィルターを付けて欲しいですね」
「監視用なら後でサンプルを届けよう。それで良いなら商館に頼めば良い。その次は通信機となるはずだが、生憎と自分達で作れないのが現状だ。それでも30km程度で電信機タイプならば何とか部品をバビロン経由で運んで組み立てる事は出来る。町ができたらそれも何台か供与しよう。使えると判断すれば望遠鏡と同じようにすれば良い」
情報が戦の勝敗を決める。
この世界ならば、まだ情報戦の概念はない筈だ。少ない兵力で大軍を相手にするには素早い部隊の展開が必要だ。
倍率5倍の望遠鏡と、発光式信号機でやっているが、何せ力不足なんだよな。
◇
◇
◇
「国を作るのは大変だぞ。俺達も王国をまとめることはできたが、国を興すことはしていない。それでも苦労したことは覚えている」
夕食というより夜食に近い食事を取りながら俺達は話を続けていた。
サレパルに海鮮スープは簡素な食事なんだろうが、サレパルの具が焼肉となれば結構腹に溜まるな。
「それでも、やらなくてはなりません。国民の数で決まるものでもありませんが、王都陥落時に脱出した者達で何とかしなければならないと思っています」
「先ずはシステムを考えることだ。そのシステムの基本は幾つかある」
「元は王制でした。とは言え、長老の意向もかなり含まれる国家であったと推測しています」
「そうだ。エイダスでは珍しい統治システムだ。ある意味、元老院と国王の関係だな。力は国王にあるが統治は長老達の合議で行われていた。それが良いのか悪いのかはさておき、戦端が予想を超える速さで開かれた場合の対応が遅れた原因でもあったんだ」
「連合王国では、他国への侵略を禁止しているわ。だけど、侵略を受けた場合は迅速に行動できる体制ができてるの」
「軍が独自に動くということですか?」
かなり危険な国家じゃないのか? 国家の枠組みを離れた軍組織なんて暴走したら簡単にクーデターが起きるぞ。
「連合王国制に移行したときの軍の指揮官が、かなりの切れ者だったんだ。そして各国からの信頼も厚かった。だから、軍にフリーハンドを与えた」
「軍のトップは元老院が決めるわ。そこで重要視されるのは能力と人柄ね。将来は分からないけど、今のところは上手く機能してるわ」
たぶん、明人さん達がいるからなんだろうな。
それでも、民を守る軍団ということで、崇高な使命感に溢れてるのかもしれない。初期の騎士団みたいだな。
「まぁ、連合王国は特殊な国家だと思う。俺達にも介入権が与えられている程だ」
「良心としての役割を期待したんでしょう。ある意味、安全装置歳手の役割を持っていると思います」
連合王国の治世はあまり参考にならないかもな。それこそ永遠の命を持つ明人さん達がいればこそのシステムなんだろう。国の方向性が危ぶまれた場合は即刻介入するに違いない。そう考えれば、国民は自由に暮らしていける。
だが、生憎と俺の場合は有限だ。少しは寿命が長いのかもしれないけど、いずれ土に帰る。まぁ、できる限り頑張るしかないとは思うんだけどね。
「あまり、国という言葉にこだわる必要もなかろう。しょせん、大勢の者達が集まりその区域で暮らす場合のルール作りと考えればよい。我等の政治も長老政治ではあるが、それなりの利点、欠点もあるのじゃ。今よりも良い暮らしを送る為にはどうするかと考える位で十分じゃろう。それを誰が考えるのかを決めれば自ずと政治体制が決まる筈じゃ」
カラメルの長老はそう言って美味そうに食後のコーヒーを飲んでいる。
コーヒーが栽培されているのも驚きだな。
「カラメル族の方には初めてお会いしました。水底に住んでおられるとききましたが……」
「いかにも。我らは水を版図としている。陸には滅多に上がらぬ」
「カラメル族は俺達がいた世界のSF的なカッパ伝説に近い。星を越えて今は海の底で暮らしている。俺達の世界を見守っている存在だが、過去に1度だけ陸上に住む俺達の争いに介入した。その結果、今の世界があるんだ」
それって、エイリアンってことだよな。しかも侵略を意図せずに、俺達の側に立って戦をしたことがあるらしい。
その辺りは、貰った端末で詳細を見てみよう。




