N-105 天空の眼
敵兵の姿がはっきり見える。
ガトルの毛皮を纏い。背中に見慣れた物を背負っていた。
どうみても、スキー板にしか見えないが、長さは1m程の短い奴だ。彼等が異常とも思える行軍速度を保っていたのは、あのスキー板が原因なんだろうな。
殆ど4つ足のように両手を使って低い姿勢で進んでくる。
あの姿勢を取られると、前方からの投影面積が小さいから命中させるのに苦労しそうだな。
果たしてどれ位の数を減らせるか……。侵入者は出来る限り減らさねばならない。それだけ後の狩りが容易になる。
ドォン!、ドォン……!
散弾銃の一斉射撃が終了すると同時に、敵兵が中腰に身を起こすと小屋に走り寄ろうとする。
そこを俺達がライフルで狙い撃つ。
急いでボルトを操作しながら、下の連中に怒鳴った。
「カミュー、撃て!」
数丁の銃が覗き穴に差し込まれて、矢継ぎ早に発射される。
敵兵が身を屈めた所に、再び散弾銃でスラッグ弾が撃たれる。
アイネスさんに後を頼んで梁から飛び下りる。カミューの頭を叩くと、ニカって俺を見た。
「皆を頼んだぞ!」
「任せとけ!」
ボルトを操作をしながら小屋を出ると、小屋を左に回りこむ。
そこには、ケリアスさんが水樽に隠れて散弾銃を構えていた。
「来たか、俺1人じゃ支えきれねぇ。良いところに来てくれた」
「小屋はアイネスさんに頼んであります。ちびっ子達はカミュー君が頑張ってますから……」
俺の言葉に顔を一瞬ほころばせる。
此方に回りこんでいるのは10人位だ。
たぶん左右に10人ずつ素早く展開したんだろう。扇形で俺達に近付いてきたからそんなことが出来たのだろうが、雪で足元が不安定な状況でそれが出来るんだから相当訓練された連中なんだろうな。
だが、武器の相違はいかんともしがたい。
敵の打つ銃弾は全く見当違いの所に飛んでいる。
「連中はパレトを使ってる。威力はあるんだが、100D(30m)前後の闘いで使う代物だ。300D(90m)以上の距離では、狙った所には当らねえ。だが、まぐれという事もある。気を付けろ」
「分ってます。その為にこれを作ったようなものですから」
それでも100発100中とは行かないものだ。5発撃ってどうにか1発を敵兵の肩に当てることができた。
次の5発でも当ったのは2人。その後は当てることが出来なかった。
銃撃戦は20分にも満たないで唐突に終了した。
敵を撃とうと照門を覗いたが周辺の敵兵が姿を消していたのだ。
「潜っちまった。奴等は雪の中だ。無駄に撃つことはねぇ。しばらくは様子見だな」
そう言って、パイプを取り出したケリアスさんは、家の影に移動して腰を下ろすと休憩モードだな。
俺も北西が見える場所まで移動すると低い姿勢でタバコを取り出した。
「怪我はありませんか?」
「俺達は大丈夫だ。外の連中は?」
「ザエルが肩を撃たれてます。軽傷ですから任務に支障はありません」
「屋根は遮蔽物が無いからな。軽傷で済んで何よりだ」
今来たのはファンテさんだよな。アイネさんよりは年上の感じだな。
ケリアスさんの片腕って事かな。
それにしても、当ったのか……。運が悪いとしか言いようが無いな。かすり傷で済んで良かったとおもうぞ。
今頃は誰かに【サフロ】を掛けて貰ってる筈だから、確かにこの後の任務に支障は無いだろう。
「どうだ、こっちは?」
「ドルムか。あぁ、問題ねぇ。途中からレムルが来たからな」
「俺達が倒したのが数人。ザエル達は2人はやったと言っている。アイネスは4人は確実と言っていた」
「俺んところは俺が2人でレムルは?」
「確実に当てたのは2人、もう1人は肩に当てました」
「ふむ……。15人ってとこだな。残りは35人だがたぶん数人は負傷してる筈だ。それでも30人は残ってる。来るとすれば夜ってことになるだろう」
ドルムさんがケリアスさんの横に腰を下ろしてパイプを咥える。
向うも小休止って事だな。
俺たちの方は遮蔽物や小屋があるからこうやってのんびり出来るけど、敵兵は雪の中で耐えなければならない。
「見張りを2倍に増やして対応したい。クァルの娘とファンテ達に任せて、俺達は一足先に休憩だ。2時間で交替する」
「そうだな。今夜は長そうだ。先に休ませてもらおう」
俺達は小屋に入ると炉の回りに集まる。
エルちゃんがちびっ子達を連れてきたので、お茶を飲んで休むように伝えた。
「その後でいいから、フラウさんと通信してくれないかな? この小屋の周辺の敵の情報が欲しい。それと、後続の部隊がいないか。連動して動いた敵の部隊があるかどうかだ」
「分った。でも、フラウさんは遠くにいるんだよね。何でこの場所の敵が分かるんだろう?」
「後で教えてあげるよ。たぶん何となく俺には分ってきたからね」
俺の言葉に頷くと、ちびっ子達の所にポットを持って行った。
そんな俺達の会話を炉の回りに集まった連中が聞き耳を立てていたようだ。
「俺達にも教えてくれるんだろうな?」
「教えるも何も、簡単な話です。……見てるんですよ。この場所をね」
「そんな訳は無ぇだろう。ここには俺達と敵の部隊しかいない筈だ。俺達だって見張ってるが、俺達以外のハンターにはこの小屋に来てからあった事も無いぞ」
「見る場所が問題です。フラウさん達が見てるのは遥か上空から俺達の使っている望遠鏡よりも格段に大きな望遠鏡で地上を見てるんです。たぶん俺達と違った風景も見てると思います。例えば熱とかね……」
俺の言葉にケリアスさん達は互いの顔を見合わせる。お前理解出来るかって感じだな。
「たぶん、フラウさん達……。いや、これには明人さん達も絡んでいると思うんですが、ユグドラシルとバビロンへ行った事があると言っていました。連合王国でもまだそんな代物は出来ない筈です。この2つの伝説の都市の技術が使われていると考えてます。エルちゃんがフラウさんと通信している機械もそんな代物でしょう。あれだって連合王国では生産は出来ません」
「途方も無い話だな。だが、遥か上空から眺めてなければ、敵の進軍状況は分らない筈だ。連合王国が20万の敵軍を1万程度の兵力で退けたのも案外そのおかげかも知れないな」
「攻めてくる場所が分かっても20倍の敵を退けるのは至難の業だ。あの国でサーシャ様が慕われているのはそれが出来た智将であったからだと俺は思うぞ」
「あの戦はキチンと戦記が纏められているんだ。昔、俺の家にもあったんだが……」
「俺の家にもだ。ちゃんとした暮らしが出来るようになれば、また買えば良い」
そんな本があるんだ。今度商館に行く機会があれば取り寄せて貰おう。美月さん達の関与がどの程度か分かるだろうし、それは参考に出来るからな。
そういえば、今回の通信はやたらに長いな。
結構な長文で返事が返って来ているようだ。
「お兄ちゃん、終ったよ。ちょっと長かったけど、肝心のところは2回送ってもらったから間違いないよ。
説明する前に、紙に縦横の線を引いて、その一番上が0時だって、左が3時で下が6時、右が9時になると丁度時計の文字盤になるよね。
次にその文字盤に2つの円を描くの。100D(30m)と200D(60m)ってことらしいよ……」
この小屋を中心として敵の状況を教えてくれてるのか。
エルちゃんが数枚の紙を捲りながら教えてくれた位置に鉛筆で印を付けていく。殆ど兵士1人一人の場所を特定してるぞ。
敵の被害状況の報告を聞いた時には皆が驚きの表情を見せた。死んでいるのか、重傷なのかまで伝えてきている。
俺達は実際の方角にその紙を合わせて考え込んでしまった。
「逃げた者は一人もいないってことだな。そして、この襲撃に起因して動いた部隊もいないってことだ」
「レムルの言うように特殊な部隊と言えるだろう。やはり、俺達の版図の騒ぎを起こして、国境としている柵から部隊を遠ざけるのが狙いなんだろうな」
「敵の損害は俺達の集計と大体合っている。重傷者が多いと言うことはこの連中は今夜が峠と見て良いだろう。となると残った数は33になるな。そして、今夜の主役はこいつ等だ」
「正面の20人か……。だが、一番離れてるぞ」
「たぶん、両側から陽動した隙に前進して爆裂球と言うところでしょうか」
「そんな所だろう。2個位で壊れることは無いだろうが、10個近く投げられたら問題だ」
「ならば、こんな作戦でどうでしょう……」
そう前置きして俺の考えを伝える。
俺達の持っている散弾銃の数は11丁だ。小屋の左右に3丁、見張りの窓に3丁、そして屋根に2丁を置く。梁の上にライフルを2丁で屋根に1丁。
ちびっ子達は今回は小屋にいてもらう。
散弾銃で牽制して、ライフルで爆裂球を持って近付く者を優先的に撃てば爆裂球の投擲距離である100D(30m)には容易に近付けないだろう。
「ライフルで投擲する者を狙撃するのか?」
「それを基本にします。ですが敵兵が一斉に投擲する場合には散弾銃も使わなければならないでしょう。左右と正面に配置する者については全員をスラッグ弾とせずに1人の銃には散弾を入れてください。100Dで撃てば散弾なら当るでしょう。爆裂球を持った上体で倒れたらそれまでです」
「確か、クァルの娘達が使ってる散弾銃は後装式だったな。簡単に弾種を換えられる筈だ。彼女達を各部署に配置すれば良いだろう」
「なら、こんな感じだな」
紙の上に、配置場所と名前が書き込まれていく。
「レムルは屋根の上だ。雪が多いからマントを持って行けよ。レイクとザエルで何とか頑張れ」
「夕食を作るにゃ。皆、邪魔にゃ!」
突然のアイネさんの言葉に、俺達は場所を移動して円陣を組む。
確かに夕食時だよな。
と言うことは、そろそろ俺達が見張りを交替しなければならないんじゃないか?
「まぁ、こんなところだろう。とりあえず見張りの交替だ。敵の動きは無さそうだから左右正面に2人ずつで良い。マントを持って行くんだぞ。レイクとレムルは北を頼む」
俺とレイクはマントを引っ掛けて小屋の外に向かった。
だいぶ暗くなってきたな。水樽の近くに行くとミイネさんとシイネさんがいた。
2人に交替を告げると、粗末なベンチに腰を下ろす。
「レムルは生粋のネコ族じゃないから見張りはキツイだろう。俺に任せておけ」
「あぁ、お願いするよ。幾ら雪明かりがあるとはいえ、ネコ族の視力は俺には無いからな」
俺の言葉にニヤリと顔をほころばせて俺の左に場所を変える。そこからなら少し顔を覗かせるだけで北側の状況を見る事が出来るのだ。




