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N-104 雪原を越えてきた敵兵


 エルちゃんが朝食後にフラウさんと通信した結果では、敵の部隊は俺達のいる小屋から西に10km付近にいるらしい。

 敵は1時間に2、3kmの速さで進軍しているから、昼過ぎには俺達の視野に入ってくることになる。

 今日は、上手い具合に雪は降っていない。晴れることは無いだろうが雲が高いから雪は降らないかも知れないな。

 何時ものようにちびっ子たちが、南の見張り所と北の拠点に情報を送っている。

 ちゃんと、通信が届いているかをエルちゃんが確認してるから、あっちは大丈夫だな。


 「ここまで来たのか。これだと、雪が無ければ3時間も掛からねえぞ」

 「いよいよだな。屋根の上にも見張りを乗せたいが……」


 「ザエルを上げてる。見張りの窓よりは見通しが良い筈だ。この柱の真上だ。雪を固めた雪洞のなってるからそれ程寒くは無いだろう」

 「それでも、交替は必要だ。……レイク!体を温めてザエルと交替だ」


 レイクはマントを持ってきて裏側を炉で温め始めた。

 ケリアスさんは若い男を連れて外に出て行った。俺はデルムさんと一緒に見張り場所の梁に板を渡す。

 数枚を板を渡せば、丸太の壁に開けた小穴を銃座として使えるのだ。

 その後で、何時もの見張り窓に太い薪を押し込んだ。開口部が大きいと流れ弾が入ってくるかもしれない。ここはちびっ子達が牽制に銃を撃つところだから、銃身が壁から出るだけでいい。


 そんな作業を終えて炉の傍に戻ってくると、ザエルさんがお茶を飲んでいた。

 俺達も席に着くとミイネさんがお茶のカップを渡してくれる。


 「どうだ。上は寒くは無いか?」

 「それなりだな。夜の見張りよりはだいぶマシだ。少し休んだらレイクと交替するよ」


 「交替する前に、準備をしておけよ。始まるのは時間の問題だからな」

 「とっくに出来てるさ。俺の銃はカートリッジを入れてマントの下だ。俺は上から狙うつもりだ」

 

 デリムさんの言葉に背中を叩いてザエルさんが応じた。

 この辺はベテランハンターってことが分るな。常に次の行動を読んで準備している訳だ。

 ちょっとアイネさん達が心配になってきたぞ。

 ちびっ子達に雑じってニャアニャア言いながら、奥の方でスゴロクをしてるんだからな。


 「アイネ達なら心配ない。アイネスがその辺は心得てる筈だ」

 「ご心配掛けて申し訳ありません」


 俺が謝ることもないのだが、何となくそういう流れになってしまった。

 まぁ、あの性格だからね。でも、迷宮に入ると性格が変るんだよな。戦闘でもそうなってくれると良いんだけどね。


 「さて、外で一服するか? ケリアスの方も気になるからな」


 俺はデルムさんに付いて外へ出る。そこでは、小屋の西端から南に深さ50cm程の溝が10m程に渡って掘られていた。

 丁度作業が終わったようで、ケリアスさんが俺達を見つけると軽く手を振ってやって来た。


 「終ったぞ。あの溝の西側は一列に杭が打ってあるんだ。その杭に隠れて撃つなら連中の攻撃は防御できる」

 「まぁ、もっと長ければ良いんだが、此処は見張り所のような防御は考えてないからな。敵の数を考えればあれで良いだろう」


 俺達には防御する塀があるが敵には無い。俺達の攻撃で向うが応戦しても何とかなるってことか。

 だけど、屋根の上には無いんだよな。ザエルさん、大丈夫だろうか?


 外で一服をしてると屋根からレイクが降りてきた。

 皆で一服を楽しんで小屋へと戻る。

 そして、炉の薪を炭に換える。これでこの小屋の煙突から煙は出ないだろう。煙突は立木に偽装しているが、良く見れば直ぐに分かってしまう。ギリギリまで此処に小屋があることは分らないようにしなければならない。

 

 「あれから、3時間だな。そろそろ見えても良いんだが……」

 「何、向うにだって都合はあるだろうよ。屋根の上と見張り場所で見ているんだ。近付けば直ぐに分かる。今日は雪が降らんし、遠くまで見通せる」

 

 俺も、用意をしておかないとな。と言ってもライフル銃を持ってくるだけなんだが……。

 ライフル銃に薬莢を入れてボルトを戻してセーフティを掛ける。

 そんな操作を炉の傍でやっていると興味深そうに皆が見ていた。


 「変った銃だな。それで俺達の散弾銃よりも飛ぶのか?」

 「はい。散弾銃にスラッグ弾を使えば300D(90m)を狙う事も可能ですが、この銃は1M(150m)を狙えるんです。エルちゃんとアイネスさんの持ってる銃も400D(120m)を狙えます。弾丸はロアルの通常弾ですからかなり性格に狙えますよ」

 

 「前装式よりは、短い間隔で撃てそうだな。期待してるぞ」

 「俺達だって、散弾銃が揃ってるんだ。相手がハントを使おうとしても俺達の方が射程が長い。100D(30m)の差は大きいぞ」

 

 たかが100D,されど100Dて訳だな。

 アウトレンジ攻撃は闘いの基本だと誰かが言っていたし、少しは安心できるってことかな?


 「見たぞ! 奴等だ!!」


 バタンと扉が開くと大声でザエルさんが叫んだ。

 俺達は一斉に扉口のザエルさんを見た。


 「距離は?」

 「およそ10M(1.5km)だな。西から真直ぐこっちに進んでるぞ」


 「となれば、そんなに慌てることはない。先ずは3M(450m)位で囮を出す。少し薪を足して煙も出すんだ。ザエルも此処で温まれ。もうすぐ始まるからな」


 ザエルさんが炉の傍に来たところで、お茶をミイネさんが出してくれた。カップに半分位のお茶は興奮した頭を冷やすには丁度良い。

 

 アイネスさん達がちびっ子達にマントを着せている。時分でもマントを被って合図を待つようにして板敷きのところから此方を見ていた。


 「見張り場所からも確認出来ました。距離は3M(450m)を少し越えてます」

 

 マイネさんが俺たちの所にやって来てそう言うと、見張り場所へと戻っていく。


 「そろそろだな。……アイネス、出番だ。ちびっ子を連れて小屋の周りを廻って来い。薪を拾うのを忘れるなよ。真似でも構わん」

 

 アイネスさんが子供達を連れて小屋を出て行った。

 俺は、急いで見張り場所に行って様子を見る。


 見張り窓の隙間から双眼鏡で前方を見ると、なるほど犬族のような感じの連中だな。

 疲れを知らぬかのように雪原を歩いている。


 突然、前方を歩いていた者が片手を横に上げて行軍を止めた。

 その場に全員が倒れるように横になる。そしてそっと頭を上げて此方の様子を覗っているようだ。

 

 「ミイネさん。皆に餌に食いついたって知らせてあげて」


 遠ざかる足音が聞こえてきたから、ちゃんと連絡してくれるに違いない。

 敵はゆっくりと起き上がると、中腰になって近付いてくる。まるでガトルの群れのようだな。

 

 「アイネさん。2M(300m)位に近付いたら、アイネさん以外を準備に回して。そして、1M(150m)でアイネさんも準備して欲しい。後はちびっ子達に任せる」

 「了解にゃ。こっちの準備は引金を引けば良いだけにゃ!」


 ひょっとして、セーフティを解除してるってことじゃないよな。一瞬そんな心配が頭を過ぎる。

 炉に引き返すと一束の細い薪がくべられていた。煙を少し出すって言ってたな。

 そして炉の周りの連中は全員がマントを着込んで散弾銃を握っている。

 

 「囮は上手く行ったようだな」

 「えぇ、冬越しのハンターだと思っているでしょう。実際にハンターですけどね。連中は中腰で此方に近付いてます。見張り場所から2人が出てきたときが2M(300m)。そしてアイネさんが出たときが1M(150m)です」


 「俺達は2人が出た段階で外の溝で待機する。アイネ達の場所は小屋付近で良いだろう。小屋の3人とちびっ子達はレイムに任せる」

 「散弾銃の後で俺達は後ろを狙います。ちびっ子達は敵を狙わずに外に向かって撃つだけですよ」


 「それでも、奴等は身を潜める。俺達がカートリッジを装弾する時間を少しでも稼げる」


 デリムさんの言葉に全員が頷いた。

 俺も、デリムさんを見て大きく頷く。

 

 タバコを取り出して火を点ける。しばらくは我慢だな。3人が俺に釣られてパイプを取り出した。


 アイネスさんが引き上げて来て、ちびっ子達を俺達の後ろに座らせると、時分の銃を持ってデリムさんの後に座った。

 そんな所に、マイネさん達が散弾銃を担いでやって来た。


 「2M(300m)にゃ! 私等は何処にゃ」

 「小屋の出口だ。そろそろ出掛けるが、準備は良いんだな?」

 「大丈夫にゃ」

 

 デリムさんが皆を連れて小屋を出て行った。残ったのはライフルを持った3人とちびっ子達にアイネさんだな。

 アイネさんをそろそろ引き上げさせるか。


 「エルちゃん。皆を連れてアイネさんと交代してくれないか? そして、そうだな。君の名前は?」

 「俺はカミューって言うんだ。ケリアス兄ちゃんに付いて来た」


 「よし、カミューが4人の指揮を執るんだ。俺達が銃を撃った後に、俺が撃てと言ったら、窓から銃を出して撃て。前に撃てば良い。大事なことは相手を狙うなよ。向うも銃を撃ってくる。窓から顔を出したら撃たれるからな。銃だけ出せば良い」

 「それだと、相手に当んないよ!」


 「当てるのはカミュー達が持ってる銃では無理だ。ケリアスさん達が狙って当てれば良い。だけど、カートリッジを装填する間は銃を撃て無いだろう。だからその時間をカミュー達が銃を撃って牽制するんだ。こっちに敵の気を引き付けるんだ」

 「手助けするってことだね。分った」


 エルちゃんがアイネさんに訳を話して場所を交替して貰う。

 ちびっ子達がベンチに腰を下ろしたけど、底からでは小窓に頭が届かないから安心だな。

 俺とアイネスさんが梁に上ると、後からエルちゃんもやって来た。

 あらかじめ設けてある壁の穴から蓋を取外して外を見る。

 

 双眼鏡を使わなくともやつらの様子が手に取るように分るぞ。

 大きく円弧をえがいてやってくるのは、この小屋を包囲して俺達を殲滅する気でいるな。

 俺達の人員を精々10人程と思っているに違いない。

 

 「カミュー、外の連中に伝えてくれ。敵は1Mにもうすぐ。俺達を囲もうとしている。それを小屋の扉を開けて直ぐ傍にいるお姉さんに伝えれば良い」

 「分った。行って来る」


 たぶん屋根の上か小屋の影に何人か移動すると思うけど、その辺はデリムさん達に任せておこう。

 

 「まだ銃を出しちゃダメだぞ。俺達はケリアスさん達が射撃を始めてからだ」

 

 梁の上に渡した板に寝転ぶように俺達は待機している。

 思わず敵を狙いたくなるのだが、自制して時を待つ。

 足音が聞こえた。カミューが俺を見上げたので片手を上げて礼を告げる。嬉しそうに自分の場所に座ると、銃も持たずにじっと身を潜めている。

 もう直ぐだ。とうに1M(150m)以内に近付いている。後は散弾銃の一斉射撃を待つだけだ。


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