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N-103 ローカルな習慣


 発光式通信機は、雪さえ降らなければ昼でも通信出来ることが分った。

 もっとも、昼は誰かが望遠鏡で見なければならない。それでも20km近く離れた場所と通信出来るのは凄いと思う。

 どうにか通信が出来たことから、朝と夕方にテストを兼ねた通信を送り合うことにした。単純にシリトリでも良いから、普段から練習しておけばイザという時に通信を間違わないと思う。


 「どうだった?」

 「数字が少し変ってた」


 朝早く、フラウさんと交信していたエルちゃんが、通信機をバッグに仕舞いこみながら俺にメモ用紙を渡してくれる。

 早速、座標に従って地図に印を付けた。


 「どうやら、俺達のところに向かって来るな。念の為に見張り所と北の拠点にも連絡は入れといた方が良いだろう」

 「しかし、こいつ等の進む速さは尋常じゃねえぞ。明後日の昼には此処に着いちまう!」


 「エルちゃん。両側に連絡入れといて。敵軍は西に270M(40km)。それだけで良い」

 「どう考えても、人間族ではないな」


 「あれじゃねえのか? 昔、聞いた事があるぞ。レムナムにはガトルと人のハーフがいるってな」


 俺とレイクはドルムさんとケリアスさんの話を興味深く聞くだけだったが、それでも近付いてくる敵が尋常でないことは分かる。だけど、ガトルのハーフって犬族じゃないのかな?

 そんな俺の疑念に気が付いたのか、レイクが俺の傍に寄ってくると小声で教えてくれた。


 「トラ族を見たことがあるだろ。あれと似たようなもんさ。ネコ族とトラ族があるように犬族とガトル族がいる。人数はそれ程エイダスにいないと前に聞いたよ。獰猛さは犬族を凌ぐし、力もあるらしい。比較したら、大人と子供の差ぐらいになるんじゃないかな」


 俺のいた世界の獣で、ガトルに似たものを上げるなら狼だろうな。

 野犬とは比べものにならない程、大きくて力も強く組織力もある。

 1匹なら何とかなるかもしれないが、群れで襲われたら今の俺では覚悟を決めなければならないな。

 そんな、ガトルの特徴を色濃く持つ種族が50人で来るというのは穏やかじゃないぞ。

 

 「もし、ガトル族で構成された部隊ならレムナム王国だな。だが、滅多な事では表に出ない連中だ。それが小隊規模で来たということは、狙いは後方撹乱に違いない。そして、それが長く続くことになる。何んとしても、この拠点を越えることがないようにしなければ……」

 

 ドルムさんの決意は立派だが、限りなく困難だと思わざる得ないな。

 意図した侵入を100%防ぐことは困難だと、誰かが言っていたぞ。敵の侵入路に分厚く陣を張る訳ではない。ある意味、この拠点を目指してくるのは不幸中の幸いに近いものがある。敵が俺達に近付く前に一撃出来れば良いが、向こうはガトルと親戚だ。鼻が聞くならば向こうだって用心しよう。

 数人倒せただけでも良しとしなければなるまい。

 その後は、テロを警戒して版図に部隊を配置せねばならなくなる。一度敵が分散したら、手に負えなくなるんじゃないかな。カウンターテロの専属部隊はないんだからな。

 

 前に明人さん達が来た時に聞いた山岳猟兵部隊はひょっとしてカウンターテロの専属部隊なのかもしれないな。アクトラス山脈を守っていると言っていたからね。

 ハンター任せにするのではなく、やはり専属の特殊な兵隊を育てる必要があるみたいだ。


 「どうした。レムル?」

 「ちょっと対策を考えてたんだ」


 俺がお茶のカップを握ったまま地図を見詰めていたのをいぶかって、レイクが聞いて来た。

 ドルムさん達も俺の言葉を聞いて、顔を向ける。


 「対策等あるのか?」

 「やるとすれば、これぐらい……ってことですよ。殲滅は難かしいと思います。」


 俺の作戦は、敵を引き付けるということだ。出来れば散弾銃の射程に引き付けて一斉射撃。逃げる者はライフルで倒し、向かってくる者はちびっ子連中の銃で牽制する。そして散弾銃で2撃……。


 「囮がいるな。近付いてきたら薪を取りに子供達を外に出そう。3M(450m)以上離れていれば敵も銃は使わん」

 「娘達も何人か出せば、食いつくぞ。そんな連中らしいからな」


 そんな会話をしながら、配置を決めて行く。

 ライフルを持った俺達は小屋の屋根裏だ。ちびっ子連中は見張りをする場所に陣取り、薪を数本開口部に入れて簡単な銃座を作ると言っていた。


 「俺達は外だ。2連発だから連中は驚くに違いない」

 「300D(90m)は、俺も驚いたが、連中がハントを持っていたとしても200M(60m)。この差は大きいぞ」

 

 「ですが、届かない訳ではありませんよ。出来るだけ隠れて撃ってください」

 「大丈夫だ。それ位は皆が知っている。子供達にも隙間から銃だけ出して撃て、と厳命するつもりだ」


 要するに牽制ってことだな。そういえばさっき言ってたな。

 後方撹乱に特化した部隊だとすると、俺達の攻撃を受けて引き下がるとは思えない。分散して浸透するんだろうな。

 それでも、雪山を移動するには時間が掛かるだろう。追撃、要撃のチャンスはある。任務失敗で引き下がってくれるのが一番なんだけど、そうしてくれるとは思えないんだよな。


 朝食を食べ終えると、見張りを引継ぐ。

 3人で小屋の端にある覗き穴から雪原を眺めた。

 雪は相変わらず降ったり止んだりだけど、今は雪が止んでいる。遠くまでくっきり見えるけど、一面雪で面白くない風景だよな。

 そういえば、レイクの罠はどうなったんだろう?


 「レイク、あの罠は?」

 「これが終ったら見に行こうぜ。上手くいけば掛かってるかも知れないからな」


 「何の話?」

 「レイクが雪レイムの罠を仕掛けたんだ」

 「うわぁ、覚えててくれたんだ。ちゃんと捕まえてよ。2匹はいるんだからね!」


 嬉しそうなミーネちゃんの声に、俺とレイクは顔を見合わせた。

 レイクを更に見詰めると、ふるふると首を振る。


 「レイク。……いいか、良く思い出すんだ。でないと、敵の銃より前に、ミーネちゃんの散弾銃で撃たれるぞ!」


 小声でレイクに耳打ちすると、うんうんと頷いている。

 死にたくなかったら早く思い出した方がいい。

 

 ミーネちゃんを見てみると、そんなレイクの状況をまるで知らないかのように小窓から外を眺めてハミングなんかしているぞ。

 ウキウキしてる感じだな。これは、余程嬉しいことに違いない。

 

 そんな状況で俺達の見張り担当時間は終ったのだが……。

 俺は直ぐにエルちゃんを部屋の端に呼ぶと、ミーネちゃんの喜んでいる理由を聞いて欲しいと頼み込んだ。


 「そうだよね。ニコニコしてるもの。きっといいことがあったのに違いないと思う。」

 「上手くお願いするよ」


 俺の言葉にエルちゃんがにこりと笑うとミーネちゃんの所にとことこと歩いて行った。

 そして、俺は外で待つレイクの所に行くと、ベンチの隣に座ってタバコを取り出す。


 「いいか。女の子は俺達とはちょっと違うんだ。忘れた! 何ていったら、それこそ散弾銃の的になるぞ」

 「あぁ、それは俺も分ってるんだが……。何としても思い出せないんだ」


 殆ど泣きそうな顔でそう言うと、俺の両手を握ってブンブンと振る。


 「レイムが友人で良かったよ」

 「な~に、友達じゃないか……」


 そんな友情の確認をしていると、小屋の扉が開いてエルちゃんが顔を出した。辺りを見渡して俺達に気付くと、直ぐにやってきて隣に腰を下ろした。


 「ミーネお姉ちゃんが嬉しそうな顔をしてる訳はね……」


 俺たち2人がエルちゃんを見てうんうんと頷く。


 「それは、5つの時にレイクさんがミーネお姉ちゃんに言った言葉をずっと楽しみにしてたからみたい。『雪レイムの帽子を作るんなら、俺が大きくなったらきっと獲ってやるぞ!』って言ったって」

 

 俺と、レイムは思わず顔を見合わせた。

 「覚えてる訳ねえだろ!」

 「いや、レイムが忘れてる方が悪い。これは何としても雪レイムを何匹か獲らずには村には帰れないぞ」


 俺達がそんなことを話しているのを横に見て、エルちゃんは小屋へと帰っていった。

 2人でありがとうとエルちゃんの背中に礼を言うと、再び互いを見る。


 「だけど、滅多に雪レイムは取れないんだぞ!」

 「それは、ハンターなら皆が知ってるさ。たぶんミーネちゃんもね。何日か続けてダメだったら、御免って謝ればいい。向うだって獲れるとは思ってないと思う。お前の行為が嬉しかったに違いない」

 「ホントにそう思うか?」


 胡散臭そうな目で俺を見てるけど、これはお前の問題で俺は第三者だぞ。ある意味高みの見物なんだけどな。

 まぁ、2人を生暖かい目で見る位は少し手伝ってあげた俺にも権利があるんじゃないかな。


 とりあえず、罠を確認しようと2人で雑木林を一巡りする。それ程、大きな林ではなく雑木が10本近くあるだけだから30分も掛からない。

 そんな、雑木の一角になにやら白い塊がある。


 「おい、あれは?」 

 「雪レイムだ!」


 レイクが小躍りしながら罠を外す。

 ナイフを取り出して直ぐに皮を剥いで腸を取り去った。ルミナスは毛皮しか取らなかったが、肉も食べられるんだな。

  

 一回り回った所では、本日の獲物は1匹だけだな。

 まぁ、これでレイクも言い訳が出来るだろう。後数日は此処で過ごすんだから、もう1匹位は掛かるかも知れないな。


 小屋に帰ると、全員の賞賛がレイクを待っていた。

 レイクが獲物をアイネスさんに渡すと、アイネスさんはそれを鍋に入れている。夕食前にばらすつもりのようだ。

 おずおずと雪レイムの毛皮をミーネちゃんに差し出すと、力一杯ハグされてる。羨ましいやつめ。


 まぁ、それはそれで良いのだろう。

 俺は、ドルムさんの横に腰を下ろした。


 「雪レイムの狩りは男だったら1度は必ずやるのだ。娘達があの毛皮の帽子を欲しがるからな」

 「俺にもそんな時代があったな。あの時は一冬中雪山に罠を仕掛けたものだ」


 何か年寄りじみた話だけど、少し分ってきたぞ。要するにプロポーズのローカルな習慣ということらしい。

 となれば、レイクの将来は半ば確定ってことだな。

 幼馴染なんだか、腐れ縁なんだかは分らないけど、どちらも良い奴だからな。俺には似合いの2人だと思うぞ。

 

 「エルが大きくなったらお兄ちゃんも頑張ってくれるよね!」

 

 隣に座ったエルちゃんが俺を見てそう言ったので、頭をガシガシと撫でてあげる。

 「あぁ、約束だ。大きな奴を獲ってくるからね」


 その言葉に、デルムさん達が噴出して、俺の肩を叩く。

 

 「その言葉、誰もが言うのだ。お前も立派なネコ族だぞ!」


 でも、エルちゃんのお願いだものな。そう言わざる得ないじゃないか。

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