N-101 拠点へ
雪靴を履いてマントを羽織り槍を杖代わりにして荒地に積もった雪の上を歩いて行く。
先頭は、俺とレイクそれにドルムさんが交代しながら雪に道を作る。
俺達の足跡を辿って歩けば、後続の人達は安心して歩けるという訳だ。
久し振りの雪道だ結構疲れるな。
今回は、アイネさんが調達してきたサングラスがあるから雪メガネよりは周囲が良く見える。よくもこんな物を作ったものだ。たぶん明人さん達が絡んでいるんだろうけど、ガラスの製造は難しかったんじゃないかな。
「あそこの吹き溜まりで一休みするぞ。先は長いからな」
先頭を歩いていたドルムさんが200m程先にある数本の潅木を指差した。
確かに息が上がってる。
小さい子もいるからな。早目の休息が大事だと思うぞ。
吹き溜まりの影に着いたら、早速籠を下ろして小さなスコップで雪を退けて焚火の準備をする。
薪は俺の担いできた籠に2束も入っているし、潅木を少し折って更に薪を作った。
ライターで紙を丸めたものに火を点けると、細い枝で火を大きくする。勢い良く燃え上がった所に親指程の太さの薪を組めば立派な焚き火の出来上がりだ。
エルちゃん達がポットを焚火に乗せてお湯を沸かし始めるのを見ながら、俺達3人はのんびりとタバコに火を点ける。
「やはり、到着は夜になるな。冷え込むから、セーターを下に着ておいたほうが良いぞ」
出るときに着込んできました。歩いている時に汗をかかないように上着のボタンを開けています。たぶん夕暮れ前にはキチンと閉めなければなりませんが」
「それなら問題ないなそういえば冬のラクトー山を渡ってきたんだったな」
「えぇ、エクレムさんの先導で何とか……」
ドルムさんにそう答えると、レイクが俺に顔を向けた。
「それは分るんだが、俺には敵がこんな雪の中を攻めてくるかが分らないな。」
「誰も雪の山を進軍してくるとは思ってないからさ。意表をつけるから、かなり有効だ。俺達の状況を知りたいのかも知れないな」
「それなら、商人から聞けば良いと思うけど?」
「信用できないってことだろうな。一度疑いだすときりが無いんだけどね」
途中で俺達の所にやってきた、ミーネちゃんの問いにそう答えると、ドルムさんが頷いている。
たぶん疑心暗鬼に囚われて、それを確認しに来たというのが真相だろう。
とはいえ、別の攻撃に対する陽動と言う事も考えられる。人数が50人というのが、どうしても引っ掛かる。単なる偵察なら10人程度で十分だからな。
たぶん、連中の行動で分るとは思うんだけどね。俺の方も疑念が頭をもたげてきた感じだな。
「忘れてた。……食事だって!」
両手をポンと打ち合わせて、ミーネちゃんが俺達に伝えてくれた。
先は、長いからな。夕食にはまだだいぶあるけど、休憩ついでに食事にするようだ。
お弁当の黒パンを軽く焚火で炙って、お茶と一緒に頂く。
毎度のハムと野菜を挟んだ黒パンだが、だいぶ食べなれてきたな。
「このまま進むと、夜の雪山を進むことになる。凍った雪は歩き易いが、冷えることは間違いない。今の内にセーターを着ない者は着込んでおけ。それと、ブーツは乾いているな。裏まで滲みているようなら、ブーツを変えるか靴下に布を巻いておくんだ。凍傷になるぞ」
ドルムさんの忠告に従って、俺達はブーツを点検する。前のブーツを取ってあるから、もし裏に滲み出していたら交換できる。
「エルちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、乾いてた。それにセーターは下に着込んでるから大丈夫だよ」
それを聞いて一安心。
エルちゃんの頭を撫でて背中をポンと叩いてあげた。
革手袋を焚火で温めて重い腰を上げる。籠を担ぎ槍を手にしたところで、ドルムさんが出発を告げた。
足で焚火に雪を被せると、俺達はドルムさんの後を追いかけた。
だんだんと冬の太陽が尾根に近付くにつれて、寒さが忍び寄ってくる。
歩いている間はそれ程感じないのだが、休憩を取るとそれが身に凍みる。汗をかかないようにゆっくりと歩けとドルムさんに注意はされていたが、ちょっとこの寒さは半端じゃないぞ。
昼間の雪原歩きよりも休憩の間隔を短くし、短時間の休みで切り上げると又歩きだす。
何時しか、夕暮れを過ぎて夜になっているのだが、雪原は薄明かりに包まれているから、足元の確認は問題ない。一列に並んだ殿のアイネさんまでがよく見える。
「見えてきたぞ。あれが南の拠点だ!」
ドルムさんが杖代りの槍を伸ばした方向を見ると、ポツンと小さな灯りが見える。
「灯りなど点けて大丈夫なんですか?」
「発光式信号機を村の方向に向けているんだ。こちらも、合図してやれ。持ってるんだろう?」
エルちゃんが腰のバッグから発光式信号機を取出すと、灯りの方向に向けて信号機のレバーを操作する。
拠点の方も気が付いたようで、ひとしきり光が瞬いた。
「部屋を温かくして待ってるって言ってるよ!」
列の後ろから元気なエルちゃんの声が聞こえてきた。
その言葉に俺達全員の顔が綻ぶ。この寒さには何よりも暖かい部屋と1杯のお茶が何よりのご馳走だ。
それがもうすぐ手に入るとなれば、足取りも軽くなり自然と足も速まる。
「無理をするなよ。夜の明かりは遠くまで届く。まだまだ距離はあるんだからな」
そんな俺達をドルムさんが注意してくれた。
流石は年長者だな。場数がこんな事態がもたらす結果を教えてくれたんだろう。
急げばそれだけ汗をかく。そして直には到達できぬと分かった時に立ち止まれば……。凍傷、場合によっては凍死が待っている。
何とか自制して、今までと同じペースで歩いて行くと、少しずつ灯りが大きくなってきた。外にカンテラを用意してくれたのかもしれないな。
そして、灯りが見えてから4時間程経って、ようやく南の拠点に着くことができた。
丸太を組合わせたログハウス風だが、壁となる丸太の高さは1m程だ。屋根を形作っている丸太がそのまま地面まで伸びている。
小さな扉を叩くと、覗き窓から俺達を確認した後で扉を開いてくれたので、直に全員が小屋へと飛び込んだ。
「寒かったろう。よく来てくれた。先ずは炉のそばで温まってくれ」
「ケリアス達か!しばらく村で見掛けないと思ったが……ここにいたのか?」
「まぁ、条件が良かったからな。」
散弾銃2丁を供与だからな。1年続ければそのまま自分の物になるなら、品薄状態が続いている現状を考えると得だと言えるだろう。
その上、監視の労賃や食料も出るなら、魔物相手に戦うよりはと応募したハンターも多い筈だ。
炉を遠巻きにして座りこんだ俺達に、アイネさんと同じ年頃のお姉さんがお茶を配ってくれた。
やはり、温かいお茶が一番だな。
「大分若い連中を連れて来たな?」
「こいつは俺が指導しているレイクだ。その隣はお前も名前を聞いた事ぐらいあるだろう。レムルとクァルの娘達だ」
その言葉に、ケリアスさんが俺をジロリと横目で睨んだ。
左頬に大きな傷があるケリアスさんは、ドムルさんと同じ世代に見える。
「噂では廃墟の新らしい迷宮に出掛けて死なずに帰ってきたらしいな」
「連合王国の銀持ちと一緒でしたから……」
「それでも、帰って来たことは確かだ。頼らせてもらうぞ」
そう言って、俺に片手を伸ばす。
その手を握るとグイって力を込められた。負けずに握り返すが、やはり相手の方が力が上だ。
不意に、力が抜けた。そしてガシっと肩を叩かれる。
「それが、そいつの挨拶なんだ。ケリアスも手加減しろよ。大事なアルトス殿の幕僚だぞ」
「あぁ、悪い悪い。つい何時もの癖が出ちまった。それで、これからどうするんだ?」
「そうですね……。先ずは食事です。それから考えましょう」
「そうにゃ! お腹がすいたにゃ」
直ぐに、アイネさんが炉の上に鍋を乗せる。携帯食料を適当に入れてるけど大丈夫なのかな? 何時ものようにシイネさん達に任せておけばいいと思うんだけど。
マイネさんは、ケリアス達のチームに俺達を紹介しているようだ。
エルちゃんと同じ年頃の子が2人もいるし、レイクやミーネちゃんの弟妹もいるから賑やかになりそうだな。
「小さいのが雑じってるが、それでも12人はありがたい。50人が向かってると聞いて気が気ではなかった。」
「ケリアスのチームは6人じゃなかったのか?」
「そうだが、俺達には例の通信機が扱えねぇ、それで俺んところの弟とファンテの妹を参加させた。2人とも通信機を扱える」
「あれで話が出来るとは、今でも信じられないがさっきもちゃんと連絡しあってたからな。覚えれば便利な品だと思わざる得ない」
「全くだ。ところで、散弾銃は何丁だ?」
「7丁だ。その他に3丁変った銃がある。アイネスの話では散弾銃の上を行くらしい」
「ほう。それは期待できるな。相手は精々ハントだろう。俺のところにも散弾銃は4丁ある。11丁ありゃ、少しは安心できる」
「楽にはなるだろうが、安心するには早すぎる。仮にも冬場にやってくる部隊だ。一筋縄ではいかんだろう」
俺もそう思うな。意外と冬季戦闘に長けた特殊部隊ってこともありそうだ。
「出来たにゃ!」
アイネさんがそう言って俺達にスープの椀を配ってくれる。俺達だけでなくケリアスさんの仲間達へも配ってる。確かに夜も遅いから少しはお腹が減ってるだろうな。そして俺達にはマイネさんがお弁当を配ってくれる。
スープを一口飲んで、ん?とレイクと顔を見合わせる。やっぱり薄いよな。
「アイネ姉さん。ちゃんと計ったの?」
「目で計ったにゃ!」
全員がガクリと頭を下げる。
目分量なんて、相当料理をした人間でも難しいんだぞ。それを殆ど始めてやるんだから、やはりちゃんと計って欲しいよな。
とはいえ、しょっぱすぎるよりは遥かに良い。まぁ、後で良い思い出話になりそうな感じだな。
「まぁ、食事は外の奴が作れば良い。この小屋の大きさはこの通りだ。ちびっ子は屋根裏に寝かせれば良いだろう。後は、その木の床で雑魚寝だな」
「見張りは、交替で良いな。レムルとレイクにミーネは参加させるとして、総勢で、15人だ。3人ずつで2時間交替で良いな?」
「それで十分だ。今度はゆっくり寝られそうだ」
素早く、ドムルさんが見張りの班を割り振る。俺はレイクとミーネちゃんが一緒だ。
もう一度お茶を飲んで、俺達は見張りを引継ぐ。
籠から毛布を引き出して抱えると、ファンテさんの案内で見張りをする小屋の一角に案内して貰った。
板で仕切っただけの小屋の一角には布が掛けてあり、見張りの場所に明かりが漏れないようになっている。
「換わります」
「おう、悪いな。今んところは何も無い。後は頼むぞ」
そう言って、小さな覗き窓から外を見ていた男達がカーテンを捲って炉の方に歩いて行った。毛布を被っているから、熊みたいに見えるな。
覗き窓は、組み上げた丸太を1本取外したような感じに作られたものだ。横の長さが1m程あるのだが、高さは20cm程だ。
丸太3本を横に伸ばしたベンチに座ると毛布を被る。そして目だけを出して窓から外を眺めた。
夜だから、見通し距離は200mと言う所だろう。レイク達にはもっと先が見えるのかもしれない。
さて、先は長いな。眠らないようにしなければな。




