N-001 非日常の始まり
アキト達がジェイナスの大きな2つの歪を消してから数百年。
新たな少年がジェイナスのとある島に転移してきた。
だいぶ歩いた気がする。
森の傍の荒地を森に沿って山裾に向かって歩いている。
夕暮れが迫っているので手近な木によじ登ると、張り出した太い枝と幹を使ってパラロープを装備ベルトのカラビナに通して体を固定する。
これで、眠り込んでも木から落ちる事は無い。
食料は後2食分を残すのみ。早いとこ、人家を見つけねば拙いとは思うのだが…。
夕日が落ちて、辺りは闇の中だ。
ポケットからタバコを取り出して、1本を口に咥える。100円ライターで火を点けると、ふーっと煙を吐き出した。
残りは2箱と12本……大事にしなければ、とは思うものの中々止める事も出来ないようだ。
ゆっくりと1本を吸い終わって、幹にタバコを押し付けて火を消すと、ポイって下に投げ捨てる。
そして、集落の明かりを探してみる。
すると、昨日は見えなかったが南西の方向に明かりが見える。明かりは微かなものだが、夜に火を灯すのは人間以外の何者でもない。
どうにか、明日には辿りつけそうだ。
俺の名は三浦 哲郎。訳の分からん世界に投出されたけど、元は高2の17歳だ。
そもそも、何故俺が此処に居るのかがさっぱり分からん。
前の世界の最後の記憶が、昼寝をするためにベッドにバタンと倒れたまでだ。
そして、目が覚めたらこの世界に居たんだから世の中は不思議に満ちている。
俺は何時の間にか変な装備を付けて山の中に倒れていた。
ジーンズの上下と幅広の装備ベルト。装備ベルトはY型のスリング付きだ。そのスリングに輪にしたパラロープを纏めている。ベルトの腰にはGI水筒とティッシュボックス位の革のバッグ、その上に丸めたポンチョがスリングで止められている。
その2つに隠れるように、大型の8インチリボルバーのホルスターがあった。確かM29と呼ばれる44マグナム弾を使う凶悪な拳銃だ。
装備ベルトの右側に小さなパウチが2つ。最後に、装備ベルトのスリングには革のストラップでショートソードがケースと共に括りつけられていた。
そして左手には1枚の紙切れ。その紙切れに書かれていたのは……。
『手違いで異世界に送ってしまいました。大変申し訳ありませんが、元に戻る方法はありません。この世界で暮す最低限の用具は貴方の部屋よりナップザックの中に入れてあります。
お詫びに身体機能を3割程上げておきました。言葉と文字も理解出来るようにしてあります。薬草と毒消しも入れてあります。タバコも2箱入れときました。
最後に、この世界で生きる為に魔道具を1個入れてあります。M29は1日6発発射できます。反動は半分程度ですが威力は2割増しです。【リロード】と言葉を発すれば更に6発を発射できます。しかし、発射する為に魔法力を1、そしてリロードには10を使います。貴方の魔法力の初期値は10ですから、【リロード】は魔法力が25を過ぎてからにしたほうが良いでしょう。
この世界のお金を小袋に入れておきましたが、10日分の宿代程度です。今の貴方は見掛けだけはハンターですから、早急にギルドに行って仕事の依頼を受けたほうが良いですよ』
という内容だった。
こんな場合は、いろんな事が出来るチートにしてくれるのが一般的じゃないのか?
大体、魔道具にしても中途半端な気がする。M29ならば、せめて1日30発程度であればガンマンとしてやっていけそうだけど、現状では6発しか撃てない。
あれから、2日……ずっと集落を探して山を下りてきたのだが、この世界の住民って何処に住んでるんだと考える位に人の気配が無かった。
食料も持っていたのは非常食のクッキーだけだ。正直、集落の明かりを見つけられて嬉しく思う。
次の朝、枝から下りて水筒の水でクッキーを朝食代わりに食べると、昨夜集落の明かりが見えた方角へと歩き出した。
意外と遠くにあるようで、中々それらしい建物が見えてこない。
それでも2時間程歩くと、遠くに集落があるのが見えてきた。
集落というよりは、砦のように見なくもない。周囲を先の尖った丸太で隙間無く囲っているからだ。
昼ごろにはどうにか集落の囲いに着くことが出来た。
しかし着いたは良いが、門が見当たらない。丸太の塀沿いに歩いていると、槍を持った男が立っている門を見つけることが出来た。
目立つのは、俺の服装と肩に担いだ剣だろうけど、あのメモには怪しまれる事は無いって書いてあったな。
意を決して、門に向かって歩いて行った。
「止まれ!……怪しい奴だ。何処から来た?」
門番がいきなり俺に槍を向ける。
もう1人の門番は離れた所から、腰の拳銃を引き抜き俺に向けてハンマーを上げる。その拳銃は、どう見てもフリントロックだ。
「あっちの山からですが、ギルドに行きたいんですけど」
ちょっとビビリながらそれだけ伝える。
「ハンターか?……なら良いだろう。門から入って道なりに行くと左に看板がある。剣と銃の看板だ」
俺に向けた槍を引くと、門の内側を指差して教えてくれた。
早速、教えに従って村の通りを歩いて行く。
直ぐに左側のログハウスの柱に、門番の告げた看板を見つけることが出来たので、早速扉を開けて中に入ってみる。
なるほど、異世界だけあって小説で読んだとおりのギルドの風景だ。
教室程の大きさのホールの奥にカウンターがあって、20代後半と思しきお姉さんが入って来た俺を見てる。
さて、ギルドに行って仕事を得る事が出来るとは書いてあったが、どうすればいいんだ?
俺がホールの真中で立ち尽くしていると、お姉さんが片手でおいでおいでをしている。
気恥ずかしげにお姉さんの所に歩いていった。
「どうしたの?」
「実は、ギルドに行けば仕事を貰えると聞いてやってきたんですけど……」
優しく俺に聞いてきたお姉さんにそう応えた。
「此処は、ラクト村のギルド。……ハンターがあそこにある依頼掲示板から自分にあった依頼を探してその依頼を完遂して報酬を得る所よ。仕事は沢山あるけど、ハンターにならないと依頼は受けられないわ」
「では、俺をハンターにしてください!」
俺の言葉にお姉さんはニコリと微笑んだ。
「良いわよ。でもね。ハンターには制約があるの。全ては自己責任。これだけは覚えておいてね」
そう言って、カウンターの下から用紙を取り出す。
「文字は読める?……この左側の項目にそって必要事項を記入して頂戴。そこのペンを使ってね。」
カウンター脇においてあるペンを使って渡された用紙に書こうとしたが、そこに書くには3つだけ、名前と出身地と主要な武器だ。
ん! 俺の出身地って何処になるんだ?
「すみません。気がついたら山の中でして、前の事を覚えていないんですが……。」
俺は名前だけ記入して、お姉さんに用紙を返した。
「山は何処の山?」
お姉さんの質問にあっちと指差す。すると、さらさらとお姉さんは出身地を記載する。それによると、俺の出身地はボルテナン山脈のダリル地方という事だ。
「最後はこれを両手で持ってね。」
そう言って、カウンターの下から水晶球を取り出す。
言われるままに水晶球を持つと、球体の中に光が飛び跳ねている。やがて、その光が落ち着いて中央に停止した。
「はい。これで、一応手続きは完了よ。今カードを渡すから少し待っててね。」
少し待っているとチーン!っと小さな音がした。
カウンター備え付けの引き出しをお姉さんが開けると、小さな名刺サイズのカードを取り出す。
「これが、ギルドカードになるわ。カードの種類は銅、真鍮、青銅、鉄、銀、金の6種類があるの。
カードには名前と出身地と種族名が彫られているわ。その下にそしてその下に横5列、縦2列のレベル表示が出来るようになっているの。
今は1つ穴が空いてるでしょう。貴方は赤1つと呼ばれるランクなのよ。魔法は覚えれば使えるけど貴方の魔力は10…。人族ならそんなものね。白色になれば20にはなるはずよ。……とにかく、ハンターで一番下。無理をしないで頑張ってね」
話しながら、カードの上部にある穴に革紐を通して俺に渡してくれた。
名刺サイズの銅版に、テツロウ、ダリル地方出身と刻んである。
名前の横には(人族)と種族名が書かれているという事は、いろんな種族がいるという事だな。
「あっちに掲示板があるでしょ。あの掲示板は向かって左側から赤、黄色、白、黒、銀以上の掲示板なの。上に書いてあるわ。
そして、自分の色に合った依頼書を探せばいいんだけど、依頼書には丸の数が必ず書いてあるわ。自分の穴の数より2つ上まで、依頼を受ける事が出来るから良く選んで必ず出来るものを選ぶのよ。
依頼の成果によってポイントが貯まって、ランクが上がるわ。でも、依頼の失敗が重なるとせっかく稼いだポイントが減る事があるから注意することね。
ポイントの管理はギルドで行なうから任せてくれればいいわ。大体こんなとこかな」
「ついでに素人向けの依頼書を紹介していただけるとありがたいんですが」
「そうね。……待っててね」
お姉さんはそう言って立ち上がると、カウンターの外れにある扉から俺の所まで出て来た。
「いらっしゃい」
手招きするお姉さんの後について、依頼掲示板の赤の所に歩いて行く。
「赤の依頼書は下の方にあるの。……赤1つだと、殆どが薬草採取ばかりね。簡単で割りのいいのは、これかしら?」
そう言って1枚の依頼書を掲示板から剥がした。
そこに書かれていたものは…
・依頼ランク:赤2つ。
・依頼名 :ジギタ草の採取。
・依頼期間 :何時でも可。
・完了条件 :球根を20個採取すること。
・報酬 :30L。20個以上採取出来た場合は1個1Lで引き取る。
・特記条項 :無し。
なるほど、と思うような簡潔な依頼内容だ。
だが、俺はとんでもない事に気が付いた。
「すみません。俺には、このジギタ草というのがどんな草か判らないんですが……」
途方に暮れたような顔でお姉さんに訴えると、にこっと笑みを浮かべてポケットから薄い本を取り出した。
「この図鑑をあげるわ。ハンターの心得や簡単な地図も入っているから、無くさないでね。この図鑑の此処に目次があって、それで調べられるわよ。貴方、何も知らないみたいだけど、お金は少しは持っているんでしょ?」
俺は頷きながら図鑑を受取ると、腰のバッグから革袋を取り出して中身を掌に乗せた。
種類の異なる硬貨が何枚か俺の掌にある。
「この穴が開いてる銅貨が1L。穴の無い銅貨が25Lよ。こっちの穴の開いた銀貨が100Lで、貴方は持っていないけど、穴の開いてない銀貨は2500Lになるわ。これだと……全部で356Lになるわね。村の宿だと1泊20Lが相場よ。食事は3~5Lが相場ね」
大体10日分ってとこか。
そして、この依頼を完遂して暮らせるのは1日だ。これは結構大変な仕事だぞ。
「それだけの蓄えだと1ヶ月もしない内に全て無くなる可能性があるわね。ギルドの2階に簡易宿泊所があるんだけど……利用する?1泊5Lだけど」
「有難く使わせていただきます」
「じゃぁ、こっちよ」
お姉さんの後に付いて、カウンターの端のほうにある小さな階段を上っていく。
「ギルドの簡易宿泊所は、赤の10まで利用出来るわ」
2階は右側に窓のある横幅1.5m程の通路が奥に伸びており、左側に部屋の扉がある。最初の扉を開けると中に入った。
「装備は中古で良いなら、これを使って良いわ。……剣は持ってるみたいね。採取に必要なのは、スコップナイフとバッグだから……」
お姉さんがガラクタの山の中から、幅広のナイフと埃の被った肩掛けバッグをパタパタと手で叩きながら取り出した。
「他にも欲しい物があれば使って良いわよ。此処にあるのは、上位のハンターになった者達が残して行った物だから、ぼろぼろなのもあるけど、たまに掘り出し物もあるみたい」
部屋を出ると、奥に向かって歩き出す。そして一番奥の扉を開けると中に入った。
中は、6畳位の部屋だ。木製のベッドが1つと床に大きな箱が置いてある。
「此処を使って頂戴。採取や狩りに不必要な物は、その箱に入れて鍵を掛けておけば大丈夫よ」
そう言って鍵を2つ渡してくれた。丸い金属の輪に2つの鍵が付いている。片方が箱の鍵でもう片方が部屋の鍵らしい。
「食事は通りを挟んだ向かい側に食堂があるわ。その隣が雑貨屋だから、薬草何かを仕入れた方が良いかもしれないわね」
お姉さんが部屋を出ようとしたので慌てて聞いてみた。
「あのう……宿代は?」
「依頼が完了した時に差し引きますから、今は大丈夫よ。明日から頑張ってね」
そう言うと、部屋を出て行った。
1人になって、もう一度部屋を見渡す。
ベッドには毛布が1枚。その下は薄いマットだった。昨日までの野宿から比べれば天国だ。箱を開けてみると、素焼きの燭台と蝋燭が1本入っていた。取り出して箱の脇に置いておく。
部屋の床に、装備ベルトのバッグとナップザックを逆さにして何が入っているか確認する。
Tシャツが1つに下着が1セット、靴下2足に軍手が1つとタオルが1つにシェラカップが2つ。先割れスプーンが3本入ってた。食料は非常食用ビスケットが1包みある。後は、マルチプライヤーに小型の双眼鏡、それにタバコが2個と100円ライターが1個。
装備ベルトの2つのポーチには磁石とホールディングナイフ。もう1つのポーチには小さなビンに入った錠剤のような物が10個程入っていた。ラベルに最終薬と怪しげな文字が書いてある。飲むのはなるべく避けるようにしておこう。
武器は、M29に刃渡り70cm程の片手剣と先程貰った中古のスコップナイフ。
Gシャツのポケットには残り10本のタバコと100円ライター。Gパンのポケットにはバンダナが1つ。後は、デニム生地のキャップが1つにポンチョと20m程のパラロープ、それに中古の肩掛けバッグが1つだ。小さな革袋には356Lの硬貨が入っている。
どうやら、これが俺の生き残る為の全財産らしい。
「ユグドラシルの樹の下で」の続編です。
数百年後の世界をアキト達の住む連合王国とは別の島を舞台にした小説となります。




