花火、夜の温泉街、セイヤの部屋にお忍び
「あっ、セイヤ様……、これ見てください!」
「ピオネ? ここにいたのか……、ちょっとまってくれ」
お風呂上がりのセイヤ様を屋敷の広間で待ち構えていた。セイヤ様は私を見て、口元を手で隠す。
私は手に持っている『浴衣』というものをセイヤ様に見せた。
「さっきリオナ先生が貸してくださったんです。なんでも、今夜は領地で花火が上がるからこれを着て、セイヤ様と見に行けって」
「……リオナ先生は変な事を言っていなかったか? そ、その俺の事とか」
「いえ、特には……あっ、甘やかすなって言われました」
「そうか、ならいいんだが……。ごほんっ、『浴衣』か、聞いたことがある、東の国の服で、祭りに着たりする服という認識だ。着物との違いがいまいちわからないが、夏には涼しそうでいいな」
「ふふ、セイヤ様、いつもよりも口数が多いですね」
私はセイヤ様の寄り添う。お風呂上がりのセイヤ様は良い匂いがした。
「……ピ、ピオネ」
セイヤ様は私の手を取ろうとしたけど、私はひらりと身を躱す。
「駄目です、浴衣に着替えてからですよ、ふふ。じゃあまた後で」
そして、私たちは脱衣所でももう一度浴衣に着替え、夜の温泉街へと繰り出すのであった。
***
「リオナ様のところの客人ですね! サービスしますよ!」
「君、イケメンだね。ほら、これも持ってきな!」
「綿あめって知ってる? 不思議なお菓子でしょ。これは東の国で――」
温泉街は夜中なのに活気に満ちていた。歌劇場の出店と似ているけど、どこか異国情緒が漂う。
私とセイヤ様は温泉街を楽しみながら通り抜け、湖へとたどりつく。
パンッ、という音が鳴った。空が色を染める。
花火を待っていた人たちの歓声が聞こえる。
そして、連続して上がる花火にため息が漏れる。
ふと、何かの映像が私の頭に流れた。
***
なんでもない学園生活の日常、三年生の私とセイヤ様がいて、リュウ様とシグルド君が集まっていた。……、四人でお祭りで遊んで、観覧車から花火を見ている。それが当たり前のように受け入れていた。
***
花火とともに、その映像は淡く消えてしまった。
私が経験した事のない世界の未来。
「そんな幸せな未来もあっていいよね……」
花火の音にかき消される私の声。
セイヤ様は気がついていないけど、無意識に私の手を探していた。迷子になってしまいそうな心、私はそれを掴む。
「……なんだ、今の……は……、俺は、なぜ……」
私だって答えはわからない。でも、もしかしたら――
「可能性があるのなら……、私はそんな未来を望みます」
「……そう、だな。前を向こう、ピオネ」
花火の音が私たちにとって特別な音に感じられる。
寂しいけど、儚くて美しいひとときの夢を見られる。
私は目を閉じる。
あの観覧車で観た花火。
女神魔法のサクラ色の力が手のひらに集まる。
私は――それを頭上に投げつけた。
淡いサクラ色の大きな花火が空を彩った――あの時観た花火と一緒だった。
***
屋敷に戻った私たちは、一度自分たちの部屋に戻ろうとした、のに――
「ピオネ、なんでだろう、少し寂しい気分なんだ」
花火はとても素敵だった。でも私たちの胸の奥には感傷というものが浮き彫りになった。
歌劇の公演、亡くなってしまったシグルド君、消えてしまったリュウ様。花火をそれを思い出させてくれた。
セイヤ様は私の手を引っ張った。
この旅行では、私がセイヤ様を驚かせていた事が多かったのに、突然の事で私が驚いてしまった。
「……今日は、一人だと寝れない。ピオネ、一生のお願いだ。……添い寝をしてほしい」
セイヤ様の顔がぐっと近づく。心臓がドキドキして伝わっていないか心配だった。
「は、はい……」
私はセイヤ様のお部屋へと訪問する事になった。えっと、元々訪問するつもりだったけど……。
抱きしめられたままセイヤ様のお部屋に入ると、セイヤ様の匂いで充満していた。
そして、私たちは歌劇の時のお話をして、今まで話さなかったシグルド君の事や、リュウ様の事をいっぱい喋った。
「だから、あいつは――」「俺はあいつと――」「良い友だちに……」
今だから言える事、ずっと溜め込んでいた気持ち。
私も同じ気持ち。
シグルド君の最後、遺体もなく消えてしまった謎。もやもやとした気持ち。
全部全部吐き出した。
いつしか、セイヤ様は私の膝の上で寝てしまった。
「もう、セイヤ様、起きてください……。ふわ……、私も、眠くなっちゃった」
セイヤ様はいつも言っていた。私と一緒にいると眠くなる。それはとても心地よいって。
私も一緒。
腰をかけていたベッド。
セイヤ様を枕に移動させ、私は――歌を歌った。
何故か覚えてしまった歌劇の歌。それを子守唄のように歌う。
セイヤ様の身体をポンポンと優しく叩きながら。
いつしか――私は――
***
――夢を見た。
違う世界線の私が、自由都市皇国で大変な目にあっていた。それでも、私たちは笑っていた。
夢の境界線が曖昧になる。そして、私はまどろみの中、目を開けた。
後ろからキスをされた。
「おはよう、ピオネ」
「はい……、おはようございますセイヤ様」
私はセイヤ様に後ろから抱きしめられていた……。抱きしめているセイヤ様の手をそっと触ってキスをした。
第二幕終了です




