裸の付き合い
『君がどれくらいピオネを愛してるか、私に聞かせてくれ』
女湯はとても静かだった。それに反比例して私の胸の内がざわついている。
「ふふっ、ピオネ、どうやら隣は面白い事になっているぞ」
「え、は、はいっ!?」
男湯から聞こえてくるセイヤ様たちの話し声。結構大きな声で騒いでいるから丸聞こえだ。
私は恥ずかしすぎて、ちょっと露天から出ようとした。が、クリス様が私の引き止めた。
「……誰も聞いていないと思っている時に人の本性というものが現れるものだ。宮廷では当たり前だろ? なら良い機会だ。怖いかもしれないが、ちゃんと聞く事が誠意に繋がる」
一見真面目な物言いだが、その顔はニヤニヤと笑っていた。
「もう、わかりました! ちゃんと聞きますね」
私とクリス様は露天から上がり、火照った身体を冷やしながらベンチに座った。
セイヤ様の息遣いがこちらまで聞こえてきそうだった。
『――初めて出会った時はサクラが綺麗に咲いている中庭だった、俺はただ泣き止んでほしかっただけだった。――どうしてそんな事をしたか今でもわからない。あの頃の俺は人を信じられなかった。ただ、生きている人形みたいな存在だった』
そう、私はずっと泣いていた。婚約者のディット様はジゼルに夢中だった。私はいつも蚊帳の外だった。それがとても淋しくて悲しくて……、だから涙が止まらなかった。
『……ハーティそっくりなうさぎのぬいぐるみをプレゼントしたんだ。そしたら、ピオネは――笑ったんだ。俺はその笑顔に目を奪われてしまった。そこからロイヤル・ブラッドが楽しみになったんだ。ピオネに会える、そう思うだけで心がはずんだ。だが、この気持ちは抑えなければいけなかった』
私もロイヤル・ブラッドが楽しみだった。ディット様という存在はいつの間にか私の心から消えていた。思っては駄目なのに、セイヤ様が婚約者だったら良かったな……って考えていた。
私たちは高位貴族。そんな自由はない、と教わっていた。
『ピオネが女神教団に攫われそうになった時――俺は命をかけて守りたい、と思った。それと同時に、俺はどうなってもいいからピオネを幸せにしたい。そんな思いが強くなった』
うん……私、その時から記憶を失くしちゃったんだよね。でも、誰かの事が好きだったのは心の奥で覚えていた。
……あの頃はディット様の事だと思っていたけど違ったんだね。
『中等部の頃はずっと自分の心を抑えていた。だが、ジゼルとの関係で……決定的な事が起こり、俺は何もかもどうでも良くなってしまった。そんな時、夜会でピオネをみかけたんだ』
そう、あの時の夜会はほんの少し前。もう随分前に感じる。
私にとって、あの時のセイヤ様は、少し話すだけの貴族、という風に思っていた。でも、話し始めると、なにか違うと感じ取った。
『……たとえ、この先、ピオネと俺の前に障害があろうとしても、俺はそれを破壊する。必ずピオネと幸せになる。――愛する人を幸せにするのが、俺の幸せだ』
本当にいろんな事があった。辛い事も悲しい事もあったけど、それ以上に仲間ができて、楽しみができて――愛しい人ができた。
まだ私たちは高等部一年生。世間からみたら子供同然。それでも――、この愛は真実だ。絶対に壊れない。
ふと、背中に手を回された。クリス様が私の肩に手を回していた。
少し大人びた表情で微笑む。
「……二人はきっと幸せになれる。……私も友人として協力する」
「ありがとうございます……」
「……セイヤ、長いな。まだピオネへの愛を語っているぞ。そろそろクレハ殿の番でもいいのではないか?」
***
ひとしきり語った俺は、息が切れていた。
「よろしい。セイヤ、君の想いは私に届いた。……ならば、君に試練を与えましょう」
「……試練? またダンジョンか何かですか?」
「いや、そんなチンケなものではないです。ピオネ嬢は非常に魅力的で危うい存在です。あれは、どの派閥が狙ってもおかしくないでしょう。……君は私とハーティの二人と戦って生き残ってもらいます。そうですね、来週末辺りにしますか」
リオナ先生はエアーメガネをくいっと持ち上げる。鋭い眼光で俺を刺す。敵意とも悪意とも取れない、それでも何か複雑な感情をリオナ先生から感じ取れた。ピオネに対する保護愛?
先生は本気だ。
俺はそれに対抗し、威圧をかけた。
「……おい、てめえら裸だからしまんねえぞ。とりあえず、そん時は俺が審判してやるよ。ははっ、楽しみができたな」




