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【連載版】そんなに姉が大好きで、私に興味が無いのでしたら私も無関心になりますね  作者: 野良うさぎ(うさこ)
一章

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公爵令嬢ピオネの初恋1


『ピオネさん、これあげるよ。寂しくても友達がいれば大丈夫だろ?』


 顔も思い出せない『誰か』に手渡された『うさぎのぬいぐるみ』。幼い私はそれをキュッと抱きしめていた。

 遠い遠い過去の記憶。


 うん、私はずっと寂しかった。寂しくて悲しくて辛くて、そんな自分が浅ましく思えて……もう何もかも嫌だったんだ。でも――


 誰かがくれた『言葉』と『うさぎさんのぬいぐるみ』。私はそれに救われたような気がした。


「誰がくれたんだっけ……? 駄目、全然思い出せない」


 私ピオネ・カーマインは公爵家別邸の自室の机で432通目の手紙を書きながら昔の事を思い出そうとしていた。


 やっぱり全然思い出せない。

 手紙を書くと自分の想いや気持ちが客観的にわかる。だから手紙を書くのが好き。昔の事が思い出せるかも知れない。


 私は子供の頃の記憶はぼんやりとしか覚えていない。12歳の頃、何かの魔法を使おうとして暴走して……気がついたらベッドの上にいた。


 それっきり魔力の成長が止まってしまった……。

 その事故の影響で幼い頃の記憶が曖昧。でも大した問題じゃない。


 お手紙とにらめっこしている私。


「ふぅ……、今回も返事は返ってこないよね。……読んでくれてるのかな?」

 私は『誰かが』くれたぬいぐるみのピピンちゃんを抱きしめてベッドに倒れ込んだ。友達がいない私の話し相手はいつもピピンちゃん。

「ねえ、ディット様があなたを連れてきたの? ……でもディット様はピピンちゃんの事は何も言わないし……」

 手紙のお相手は第五皇子ディット・フィルガルド様。私、ピオネの婚約者であり……姉の親友……。

 その姿を思い浮かべるだけで胸が高鳴り……心の奥がキュッと締め付けられる。

 断片的だけどディット様の事は覚えている。あの場面だけは何故か記憶が守られているみたいで……。初めて会ったのは私が十歳の頃。

 あれは確か――


 ***


 私、ピオネが十歳の誕生日になり帝都で婚約者との初めての顔合わせ。


 うろ覚えだけど、帝国城の中庭での小さなお茶会だったかな?

 私の前に立ったのはこの国の皇子であるディット・フィルガルド様。

 二歳年上のディット様は背が高く大人びた雰囲気があり、綺麗な金髪が似合う優しそうなお方だった。


「君がピオネちゃん? あはっ、ジゼルと全然似てないね! あれ? どうしたの? 緊張してるの? 安心して、僕は悪い皇子じゃないよ」


「ねえディット……。あなたとても悪い顔しているわよ。ほら、ピオネが怖がっているじゃないの」


「そんな事ねえよ!? ジゼルの方がいかつい顔してるぜ!」


「なによ、今日の魔法研究手伝ってあげないわよ!」


「あ、あの、わ、わたし……ピ、ピオネ・カーマインです……。その……」


 消え入りそうな私の声。緊張で足が震えてどうしていいかわからない。

 婚約者の話はつい最近両親から聞いた。


 この帝国の皇子様って言われてびっくりした覚えがある。

 もちろんお顔は知っていた。領地の学園初等部で色んな噂も聞いた。魔法の天才で将来有望な皇子様。ピンと来なかった。こんな落ちこぼれな私が婚約してもいいの? 嘘じゃないかって思っていた。


 この日を迎えるまで毎日が緊張の連続。頭の中でどんな話をしよう、粗相のないようにしよう、ディット様の事ばかり考えていた。


 でも、こんなに素敵な人だなんて思わなかった。無邪気な笑顔で純粋な瞳、ジゼルお姉様と笑い合って話している――


 胸が高鳴った。感情がかき乱された。これが本の中で出てくる初恋だとすぐに理解した。

 ジゼルお姉様に向けている笑顔が……特別に感じられた。私に向けられた笑顔とは違う。とても自然だった。

 変な気持ちが湧き上がる。

 ジゼルお姉様は家にいる時と違って少しお転婆な感じになっている。そんなジゼルお姉様を見たことがなかった。


 私はこの時、違和感を覚えたんだ。

 二人とも私の事を全然見ていない事に気がついた。


「母上は子供たちで好きにしろってさ。んっ? なんだジゼル、お前俺があげた首飾りしてるじゃん。ははっ、似合ってねえな」


「あなたからもらったのはムカつくけど、これ希少な魔法アクセサリーでしょ? 付けないと勿体ないわよ。今日の実験は魔力を沢山使うから必要だと思ってね」


「おう、ジゼルにしては良い選択だ。どうでもいいけど似合ってんじゃねえの? てというか、どうせ今日は顔合わせだけだからな。すぐに終わるから早く実験したいな。あっ、ピオネちゃんは魔法に興味ある? 俺は魔法が大好きなんだよ。魔法があれば帝国民を幸せにできると思うんだ!」


 花が咲いたような笑顔の第五皇子ディット・フィルガルド様。

 その隣には私の姉であり、第五皇子の親友であり私の姉のジゼルが寄り添っている。笑顔を向けた先は私ではなくジゼル姉様に、だった……。


「この子ね、魔法はからっきしよ。それこそ平民並の魔力量も無いわよ」

「へぇ〜、貴族なのに珍しいな。まだ子供だからそのうち魔力も強くなるだろ?」

「うぅ……あ、あの……」


 内気な私はディット様から話しかけられても何も言葉を言えなかった覚えがある。

 ジゼルが私の背中をポンポン叩いて笑っていた。


「ピオネはシャイだからね。家で本ばっかり見ているし、少し暗いのよ。ディットの婚約者になるなら魔法の練習しなさいよ。ねえディット、そろそろ抜け出して魔法実験しましょうよ。帝国城の魔法研究室ならすっごい魔道具があるでしょ?」


「おう、そのつもりだぜ! 今度こそ中級魔法を成功させなきゃな」


 二人が庭園から抜け出そうとしている。固まる私の足。それでも勇気を振り絞って一歩踏み出す。二人の背中を追う。

 ジゼルが振り返る。


「駄目よピオネ。少し危険な実験だからね。ちょっとだけ待ってってね」


「ああ、すぐ終わるさ。ピオネちゃんはあそこの『※※君』と遊んでてね」


 勇気を振り絞った心が萎んでしまった。去っていく二人の背中を見ながら私は思った。

 多分この時から私は違和感を覚えていた。二人の間に入れないでいる私。

 私は『孤独』というものを感じたんだ。

 得体の知れない痛み。まるで私の事を見ていない婚約者。幼いながらもはっきりとそれを理解した。

 中庭で一人ポツンと立ち尽くす。


 ディット様の婚約者として初めての顔合わせが楽しみだった。

 素敵な人だって聞いていた。

 不安と期待で胸が一杯だった。

 優しそうな人で安心した。


 でも……、この胸の苦しみは……何?


 なんで悲しい気持ちになるの?

 なんで何かが込み上げて来そうになるの?

 気がつくと、私は嗚咽が込み上げてきた。

 止めたくても止まらない。

 大人達を心配させないように必死で止めようとした。

 ドレスのスカートが雫で濡れていた。

 涙。


 私、泣いていたんだ……。


「……なあ、これ使ってくれ。君の好きな遊びはなんだ?」


 この場面になると幼い私の記憶が混濁する。『誰か』が私に話しかけてくれたんだ。

 泣いている私の目元をハンカチで拭ってくれた。


「うん……、大丈夫です……」


 ぼんやりとした記憶では、この人が私を慰めてくれた。そして――


「少しここで待っててくれ。……俺の友達を紹介しよう」


 走り去ってしまった『誰か』。また一人ぼっちになって少し寂しかったけど、大分気持ちが落ち着けたような気がした。

『誰か』が息を弾ませながら戻ってきた。少し恥ずかしそうな顔をしていたような気がする。

 後ろに何かを持っている。


「……ぬいぐるみが好きなんだな?」


 私は首を傾げる。

『誰か』が後ろに持っている何かを私の前に差し出した。

 それは可愛らしいうさぎさんのぬいぐるみ。

 でも、なんで?


「いいか、ぬいぐるみと言っても想いで魂が込められるんだ。……帝都に来て衝動買いはしたのはいいが……、俺はこいつを持って帰れないんだ。だから、その……」


 誰かが私の手を優しく取って、ぬいぐるみを抱かせる。


「ピオネさん、これあげるよ。こいつと友達になって欲しい。寂しくても『友達』がいれば大丈夫だろ?」


 幼い私はなんて答えたんだろう? よく思い出せない。

 でも――そのぬいぐるみを抱きしめて……笑っていたような気がする。

 これが混濁した記憶の中で頻繁に出てくる『誰か』との出会いだった――


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