魔王も帰る、午前十時の日曜日
ブラックに勤めてると日曜日なんて何していいのかわからない。いつも行く定食屋が何故か休みの日ってくらいにしか思えなくなると重症である。まあ繁忙期でも無ければ、たとえブラックでも日曜くらい休める筈なんだけど。そういえば新人の頃、休みが無いって零す大学の友達に聞いたら、休みないけど毎日出社が午後二時とか言い出したのでふざけるなってぶん殴った記憶がある。ちなみにそいつは出版だったし俺は新人の時から朝八時出勤ですが。今はもう無理だろうけどな。ネットの波はもうそこまで来てるつうか防波堤すらぶっこわし済だろう。
チャリを漕ぎ出して、ぼんやりよく判らない世界を抜けたら俺のマンションの駐輪場に居た。チャリを止めて本上さんも降ろす。名残惜しそうにまだ腕を体にまわしてる本上さんに、なぜか「邪魔だから」が言えない俺だった。また今度ね、と言っておく。本上さんは嬉しそうにうん、と言った。
「そういう、嬉し恥ずかし二人乗りが見たかったのですよ」
魔王様がいつの間にやら手に何か持って、俺達の真後ろ、認識できない辺りに居たりして二人の雰囲気は台無しである。いやそんな雰囲気無かったけど。無いんだよ。
魔王様が持っていたのはチェーンだった。そうだね、そういえば鍵を壊されてたね。魔王様が用意した鍵をかけて、駐輪スペースに置いて、スマホの時計をみたら十五時って表示が見えた。飯食う暇もなかったなあ、七時間くらいの異世界滞在だ。
そう思っているうちにスマホの時計が変化して、午前十時に表示が変わった。あれなんでだ。ああそうか。
「GPSで現在時間確認したのか」
「時間の速度が違うって便利な気がする。特に休みの日とか」
「いやいや、あんな中世の嫌な奴隷制とか見たくないでしょ」
「そうだね、異世界デートもいいけど銀座でもいいよね」
「古いっつうか、発想が昭和のお嬢様だよね本上さん」
「有楽町の再開発をバカにしちゃいけないよ佐藤くん」
二人でわちゃわちゃ話す脇でチェーンをかける魔王様である。エレベータでも二人で会話し、鍵をあけて、扉を開けた。
「ただいま帰りました」
「まて魔王様、なぜお前がそれを言う」
「ただいま〜、おかえり〜」
「あ、はいおかえり〜、ただいま〜」
何故かただいまと告げる魔王様にツッコんだ後、いつものように本上さんとお互いにただいまとおかえりを言い合った。いや本上さんにもツッコミ入れるべきなんだけど、やっぱ挨拶って大事だし。
「はい、こちらに寄る際だけの居候の身ですけれども、挨拶は大事だと思いまして」
「流石にお前の居候は見逃せない」
「上司、いや社長命令です」
「既に上司命令で一名、押しかけてる人が居るんですが。出来れば一人がいいんですけど」
「だから、こんなだだっ広い部屋一人はまずいぞ佐藤くん!」
ちょっと真顔な本上さん。
「そんな事言っても」
「妹さんやその旦那さんと暮らしてる頃だよね、佐藤くんが入社したの。あん時はまだそれなり社交性あったと思うけど、妹さんが出てって、一人が長くなるにつれて、佐藤くんから社会性が段々無くなってったの、見てたよ。ダメだよ。ホントに私が押しかけるくらいで、誰も来ないし呼ばないし。姪っ子に泣かれるのが怖いくらいで、妹さん家族とも距離を取るし。ダメだよ佐藤くん。一人は寂しいんだよ佐藤くん」
本上さんは俺をまっすぐ見つめてそう言うんだけど、俺は一人がそんなに寂しくない人間だからなあ。彼女が心配する理由もわかるけど、正直どうも思わないのだ。世間とは距離感をもってもいいんじゃないかな。
「そういうとこでしょ、異世界に好かれるの。ダメだよ。私の部下なんでしょ」
なんだか気に障ったらしく、怒る本上さんだった。そして俺も、一人が良いなんて言い出した俺を見て目が潤む彼女は見たくない、じゃねえや異世界に好かれるなんて真っ平御免である。彼女に怒られるのは地味にきついし。
「あー、なんだかごめん」
「なので、まだ午前十時。日曜はこれから。今からちゃんとデートします」
「え」
「あくの十時か〜」
魔王様が古いダジャレのオチだけ言った。何がしたいのか。
「そういうことであれば、今回は戻ります。また近々参りますので、今日は二人でごゆっくり」
「ありがとね魔王様」
「あ、月曜の期首の営業会議、私も新社長として挨拶するかもしれません」
「まじか」
魔王こと邪神との会話とは思えない、仕事の会話だったが気にしてはいけない。それでは、と魔王様がふっと消えて見えなくなり、このだだっ広い部屋に本上さんと俺の二人きりな、日曜の午前十時。
「銀ブラから映画みてご飯食べてここに帰ってくるまでがデートだからね」
だから銀ブラとか古いんだよ、しかも今日も泊まりか不良娘って、口にするのはやめておく。いきなりで反応出来ず、腕を組んできた本上さんに見とれてしまったとは、絶対に言わない。
なんだか、なし崩しで色々、日本も異世界も動き出したなあ、と俺は苦笑する他なかった。
第2章完




