魔王の癖に、道迷う
地図が読めない人ってどっちが北って言われてすぐに指をさせない。逆に地図が読める人は何時も、どっちが北なのか無意識で考えてる気がする。つまりどういうことかと言うと。
「おかしいのです。絶対におかしいのです。このナビ」
「おかしいのはお前の運転だボケエ!」
天井に張り付きながら必死で本上さんを庇いつつ、俺が魔王様に叫んでいる現状の原因は何かって話だ。邪神にボケって言っていいのか知らないが、ここは罵詈雑言でも手緩い。
なぜなら異世界タクシーは斜度八十度くらいの坂道いや崖をキュイイイイインとタイヤを空転させつつ登っていたりするからだ。登れてんのかよコレ。あとこれを坂道と主張出来る奴は分度器をちゃんと見ろ。
「ナビはここが道だと言っており、無視するわけには」
「そもそもナビ見えてねえだろう!」
俺のマンションの前にキキッと停まった筈のタクシーには運転手が居らず、普通に魔王様が運転席に乗り込んだのでそういうもんかと思ったらこの様である。見た目十歳児がどうやってアクセルを踏めるのかはわからない。
わからないが、たった今、ナビを「喧しいですね」と文字通り指で叩っ斬った魔王様である。怪しい手つきでハンドルをくいくい動かし、アクセルをんーしょっと踏み込んでタクシーはまたきゅいいいいいん、と悲鳴をあげた。俺も悲鳴をあげる。
きゃあああ誰かあああ魔王に殺されるううう。
本上さんがボソッと、「それ普通だな」と呟いたので俺は素に戻った。確かに普通、相手は魔王だ。
既にどっかの異世界に居るらしく周りは見慣れない景色で、ビルもなければ道路も見えない。そもそも崖だから空と崖と海しか見えない。
海だ。間違ってもうちのマンションの近くではない。うちの近所に崖も無い。あってたまるか。崖の上には何も見えず、崖下はなぜか海。落ちたら俺ら溺れ死にだなあ、ってハンドル無駄に切るんじゃねえよ!と魔王様に必死で叫びつつ、俺は本上さんを抱えつづけた。本上さんは手すりを持ちながら無言でギュッと目を瞑っているので、仕方なくだ。
ギュイイイイインンギャリギャリギャリ。
タイヤが嫌な音をたてて白煙が立ち昇るのが窓から見え、タクシーは何とか上に進みつづけ、崖を乗り越えたようだった。突然重力の方向が正常、つまり床面に戻ったので俺たち二人はドスンとシートに転がる。抱き合いながら本上さんの柔らかい何かが体に当たった気がするが気にせず俺は慌てて体を起こした。
「大丈夫?」
「大丈夫。力あるね意外と」
「多分怪力チート発動じゃないか」
「あ、そうか」
本上さんは普通に起き上がって、自分の拳の中で変形した手すりの残骸を見た。先ほど崖を上り始めた途端、本上さんが握っていた手すりはボロ雑巾のように千切れ、ギュウッと圧縮されたもはや何だかわからない何かに変形している。二人で天井とか枠とか残った手形を眺めた。そして二人でため息をついた。
ガタゴトと動き出すタクシーから周囲を見回すと、タクシーの車高より高い草むらの中を走っているらしく緑色しか見えなかった。草原だと思う、んだけど。
「ここどこ、魔王様」
「さあ」
「おい!」
どうも迷っちゃったみたいで、と魔王様は振り返り、てへっと舌を出した。
「前!前!」
「おっと」
運転中によそ見するなあ!と叫ぶ俺を見つつ魔王様がヒョイとハンドルを切り、タクシーは目の前に突然現れた大木を避けた。それでも前を見ようとしない魔王様。
「私が前を見ないと運転も出来ない、人間と同じ能力を持たないと本気で思いますか」
「普通に道迷ってんじゃねえかよ」
「それはお二方にスリルと冒険を少しでも」
「要らないから、ごめん魔王様、本当に要らないから」
本上さんが少し涙目で懇願する。魔王様は本上さんを見つめて首を振った。いいから前を見てくれよ、落ち着かないんだよコッチが。
「仕方ありませんね。それでは」
「よかった」
「まず、ここがどこか確かめないと」
「やっぱり道迷ってるんじゃないのよ!」
本上さんが叫び、魔王様はこてっと首を傾げた。本気でそういうのも要らない。




