第30話 相談
「やっぱり相談するしかないわよね……」
はぁ……とようやく辿り着いた私室で重い溜息と共に呟いてみる。そんな翠を心配そうに覗き込むコウを見詰めながら、考えを巡らせる。
知識不足なのは重々承知している。だから、相談をしなければならないという事は嫌になるほど理解している。
問題は『誰にまで』という事だった。城の関係者とすると……情報を握るのはもちろん城内を住処とする人達。ジークハルトやセルジオ、それにガイだろう。けれど……翠は今まで素のままで過ごしているのだ。翠の容貌を覚えているであろうあの連中がこの場所を突き止めるのはそう遠くは無いだろう。だとすれば……大切なこの店にも迷惑が掛かる。ハンナ達に隠し通せる筈が無い。けれど……
そこまで考え、柔らかな唇を噛み締める。
素性も知れぬ自分を暖かく迎え入れてくれた人達は、どう反応するだろう。
竜珠という存在は厭われはしないだろう。だが……今までと違う視線を向けられはしないだろうか。今のままのこの暖かさを失いたくはないのだ。でもそれと同じくらい、迷惑も掛けたくもない。
(迷惑を掛ける前に、何とでも理由をつけて出てゆく───)
まず最初に浮かぶのはそれだった。
それが一番正しいのかもしれない。けれどその後は?セルジオにでも言えば安全な場所に住まわせてもらえるかもしれない。ほとぼりが冷めるまで公から存在を消してしまえば良い。ハンナ達には何も話さず、騙しとおして。
けれどどそれでは───もう二度とハンナ達と真っ直ぐに顔を上げて話せなくなる。
周りは状況的に仕方が無いだろうと言ってくれるかもしれない。けれど、翠にそれは耐えられない。
ここで思考が堂々巡りをするのだが、そこで止まってもいられない。
今日は店は休みだが、明日には店は開くのだ。行動を起こすなら、居場所が明確でない今のうちに準備をしなければならない。
「…………」
途中から固く目蓋を閉じ、思考の海に沈んでいた翠がゆっくりと目を開くと、コウが翠の意識を向けるようにひゅんひゅんと飛び交っていた。
「コウ?」
翠の考えの邪魔をしないように声は発さず、けれどもしっかりと存在をアピールしていたコウの姿に毒気を抜かれた翠が問いかけると、コウは気付いてくれた!とばかりにぱぁあああっと光を強くすると今まで頑張って静かにしていた分を取り戻さんばかりに話し出す。
≪スイ、スイ、やっぱり相談した方が良いよ!≫
「うん、相談はするよ?」
何も言わずに出て行くのは論外で、むしろ相談の内容で悩んでいたのだ。翠はコウの言葉に素直に頷く。
≪ハンナさんきっと喜ぶよ!≫
「え……?」
城の皆では無く、真っ先に告げられたハンナの名に翠が目を瞬く。それだけでなく喜ぶとはいったいどういう事だ。
≪これでハンナさん、寂しくないね!≫
「……っ!!」
コウのその言葉に、翠は声を失う。
忘れていたつもりはない。いつかハンナが言っていた言葉。
『───助けてと言ってもらえないのも、寂しいもんなんだよ』
いつも朗らかなハンナが、切なげに顔を歪め自分に告げたその言葉。
「そう、だね」
変わったつもりだった。人と接する事を受け入れ、行動し、自分では大分変われたつもりだったのに。───まだまだ甘かった。
失う事を恐れることが、向けられる目が変わる事を恐れる事に変わっただけで、こうして二の足を踏んでしまう自分は臆病者でしかない。
すでに危険があるというのに、巻き込まないようにするのは酒場の皆のためだとか大義名分を掲げ、真実を告げる事に怯える自分から目を逸らしているだけだ。
「……有難う、コウ」
躊躇する思いはあれども、そんな事を気にしている場合ではない。
翠はすぅ、と深く息を吸い込むと……溜息ではなく、己を落ち着けるためにゆっくりと吐き出し、立ち上がる。
「また弱気にならないうちに行こうか。───ハンナさん達の所へ」




