第20話 一件落着?
「貴女様をお探しするのに、このガイを含め、多くの人間が動きました。……ですが、これはこちらの言い分ですね。スイ様の選択は、今の陛下の様子を見るにつけ、結果的には正しかったと思いますよ」
逃げ出した事を責められると覚悟して身を硬くしていた翠だが、最後のセルジオの言葉に目を見開く。
「……スイ様は、最大の責任は既に果たされた。陛下の半身に名を与えて下さった事には感謝致します。本来であれば、後は陛下とその半身と、時折お会いして頂ければ問題はありません。まぁ…城を出られるのなら、一度陛下とお会いされてからにして頂きたかったですが……その場合、城から出してはもらえなかったでしょうね」
深い溜息を吐いて、長い髪をかき上げながら、セルジオは再び冷たい視線をジークハルトへ送る。
「竜珠の姫を長年求めていた姿をずっとお傍で見て来ましたが……いくら何でも、ここまで思慮が浅かったとは。何ですか貴方は。子供でもあるまいし、自分の嫉妬心で相手を傷つけるような発言をするなど……」
嘆かわしい、と言わんばかりに再び溜息を吐く。
「…………」
渋い顔でセルジオを睨むジークハルトに、セルジオは反省が無いとさらに視線を冷たいものに変える。
そんなセルジオを戸惑ったように見ていた翠が、おずおずと冷気を放つセルジオに問い掛ける。
「ええ……っと、私出ても良かったんですか?」
「大丈夫です。お二方が暴走しない程度に顔を出して頂ければ問題はありません。後は陛下と貴方様の問題です。まぁ……監禁しかねない馬鹿者が約一名居りますが、そんな事、私がさせはしませんよ?」
爽やかな笑顔で断言するセルジオに頼もしさを感じると共に……こんな暴言が許されるのかとこちらが心配になってしまう。
「それは、助かりますが……いいんですか?」
ちらりとジークハルトを見遣る翠に、言いたい事が解ったのかセルジオが頷く。
「私とガイは幼い頃より陛下のお傍近くで仕えていたのですよ。……なので、まあこの程度の言葉は懐深い陛下の事です、お怒りになることはありませんよ」
などとセルジオが語る合間にも、ジークハルトの気配は剣呑さを増しているのだが……何も言ってこない。
「それに、この程度でお怒りになる前に、己の所業を弁えて頂きたいものです」
「セルジオ、貴様……っ!!」
「何か?」
神々しいまでの笑顔を向けるセルジオに、勢い込んでいたジークハルトが詰まる。
「全く貴方は……スイ様の言い分も尤もです。段階というものを知らないのですか。関係を深めるより先に、きちんと知り合う事から始めるべきです。……なので、このままスイ様をお連れする事を許す事は出来ません。場を作る事には協力しますので、後は自力で頑張ってください。さて……スイ様」
ジークハルトに向けられていた笑顔が、今度は翠へと向けられる。
「はい」
自然と姿勢を正してしまう。そうしなければいけないような雰囲気をひしひしと感じる。
「貴女様も。少しでいいので陛下のお気持ちを汲んで頂けませんか。ガイからの報告によると住み込みで働かれているそうですね……お休みの時で結構です。話は通しておきますので、城へと出向いては頂けませんか?……でなければ、流石に私も陛下を抑えてはおけませんので」
お願いという形を取った命令だが、翠に異を唱える事など許されない。こくこくと必死に頷く翠に、セルジオは笑みを神々しいものから通常のものへと変える。これで一件落着、とばかりの空気に、ただ一人異を唱えるものが。
「勝手をするな!セルジオ!!」
ジークハルトのその言葉に、せっかく落ち着いたセルジオの笑みがまた元に戻ってしまう。
「……ジーク陛下?人がせっかく物事を穏便に片付けた上に、貴方に機会も作ったというのに、何か問題でも?」
じり、と今度こそ翠は巻き込まれたくないと後ずさり、ガイの隣に落ち着く。お疲れ様と言わんばかりのガイの視線に、ようやく気を緩めていると、目の前では再びジークハルトとセルジオのやり取りが始まる。
「あれ、放っておいていいんでしょうか……」
最早対岸の火事とばかりに遠い目で眺める翠に、ガイはあっさりと頷く。
「構いませんよ、最後にはセルジオに陛下がやり込められて終わります。……いつもの事ですから」
その言葉に素直に頷き、翠は寂しそうにガイを見上げる。
「……前のように、話しては貰えませんか……?」
「竜珠の姫にあのような言葉遣いは……」
困惑するガイの情に訴えかけるように、翠はさらに寂しそうに肩を落としてみる。
「……私は、私です。それ以外の何者でもありません」
「ですが……」
「駄目、ですか……?」
ようやく受け入れる事の出来た一握りの人達。そのガイに余所余所しい態度を取られる事が悲しくて、卑怯と言われてもいいからこの一線を崩したかった。
───長い沈黙に、翠が諦めようと瞳を伏せた瞬間、重々しい溜息がガイから零れ落ちる。
「仕方無いな……わかった、スイ」
こういったことには頑なそうなガイが、譲ってくれたことに、自分で望んでおきながら翠は驚く。だが、この機会を失うつもりは毛頭無かった。よもや、最後に諦めた時の翠の瞳が悲しみに沈んでいて、ガイが見ていられなかったのだとは気付かず、今度は嬉しそうに笑みを浮かべる翠だった。
そうこうしているうちに、ガイの発言通りとなったのか、悔しそうに拳を握り締めるジークハルトと、満面の笑みを浮かべるセルジオの姿があった。
「……陛下に色々と教え込んだのはセルジオだ。そうそう陛下は勝てはしない」
ガイのその言葉に、一番若そうに見えるセルジオの年齢が気になったのだが……何故か聞いたらまたあの笑顔の洗礼を受けてしまうだろうと本能的に察した翠は、完全にやり込められた様子のジークハルトに、同情めいたものを覚えるだけに留めたのであった。




