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幕間 確信 Sideジーク

 

「───以上で、報告を終わります」


 その言葉を最後に一礼したガイに、ジークハルトは小さく頷く。

「その、翠と思われる人物が向かったのはエーリカの森か」

「はい」

「……これより、その森へと向かう。ガイ、着いて来い」

 無言で報告を聞き終えたジークハルトは、それだけ告げると立ち上がり、その場を後にしようとする。

「陛下!まだその者が竜珠の姫だというわけでは……」

 セルジオがその背を追いながら、ジークハルトの浅慮な行動を諌める。

「我が半身の気配がその方角に在る」

「……ならば、私も参りましょう」

 ジークハルトの言葉に、セルジオもまた外套を手にし、ガイと並び歩き出す。


「スイを……いえ、竜珠の姫を、あまり追い詰めませぬよう」

 普段余計な口を挟まないはずのガイの言葉に、歩みを止めぬままジークハルトが振り返る。怪訝な表情で己の側近に詰問する。

「あれに、情でも移ったか」

 報告の中で、翠の働く場所にガイが訪れていた事は触れられていたが、その関係性までは語られてはいない。

 ジークハルトは、らしくないガイの行動が翠への感情故のものだという事、それ自体に不快感を感じる。

(───こちらは、未だ逢うことさえ適わぬというのに)

 理不尽な考えだと自覚しながらも、湧き上がる感情までは止められない。

「……解った、善処しよう」

 問いに無言を返すガイを一瞥すると、それだけ返しジークハルトは口を噤む。……口を開いてしまえば、ガイを筋違いにも責めてしまいそうだった。



 厩舎へと向かい、自らの愛馬を呼ぶ。

 ジークハルトを取巻く竜の気配を感じ取るのか、大抵の馬はジークハルトに怯える。それを一蹴するほどの馬などそうは居ない。

 それを成しえたのはただ一頭。けれどその気性は荒く、主以外の者が近寄る事を許しはしない。

「───駆けるぞ」

 唯一の主の言葉に応え、(いななき)きを返し、その色さえも(あつら)えたような黒馬は、その背に主を乗せた。


 軽く腹を蹴り合図をすると、その黒馬は意を酌んだように、その俊足を見せ付ける。

 遅れまいと、続いてセルジオとガイがそれぞれの馬に跨り、その背を追う。けれど、足の差は歴然としていてその距離はじりじりと引き離される。


「お待ち下さい!!」

 国内とはいえ、単騎で駆けるなど無謀すぎる。ガイは無言で馬の足を速め、セルジオは声を張り上げ、ジークハルトに注意を促す。



 ───セルジオの声は聞こえていた。けれど、逸る心を静める事が出来ない。

 速度を抑えねば、他の馬では後に続けない。判ってはいても、この先に求めるものが在るというのに、足を緩めることなど、出来よう筈がない。


「先に向かう」

「陛下!!」

 セルジオの声を背に、ジークハルトはさらに速度を上げる。後々のセルジオの長い説教も、ガイの咎めるような視線も甘んじて受けよう。

 ジークハルトは、こと竜珠が絡むと自制を失う己を自嘲しながら、感情の赴くままに馬を走らせた。



「…………」

 深い闇に沈むエーリカの森。その入り口に辿り着いたジークハルトは、馬の背から降り、その手綱を引きながら、森の奥へと向かう。

 未だに二人は追いつけないのだろう。木々のざわめきと、近く遠く聞こえる生物の声。その音だけが周りを取巻く。けれど───ジークハルトは己の半身の気配を感じる方向へと真っ直ぐ足を向ける。

 一歩、一歩踏み出すこの足が、己の竜珠の許へ繋がっているのだ。


(今度こそ───)

 期待と共に開いた扉の先に、その姿が無かった記憶は新しい。二度と味わいたくない、あの思い。

 ジークハルトは、恐れにも似た気持ちを抱きながら進んだ先に───こちらを振り返る、長い黒髪の女性の姿を見た。




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