第8話 ウメボシばあちゃん
「見えてきましたよ玄司様! 今私が腰で指している建物です!」
「そういう時は指使えよお前! 腰で指されても分かりにくいわ!」
「確かにそうですね。腰で指してもし違う方向性に行ったら解散しちゃいますもんね」
「インディーズバンドか! どんな納得の仕方してんだよ!」
高橋の意味不明な発言に付き合いつつ、高橋が指した方向を見る。するとざっと30階はあるであろう立派なタワマンが目に入った。
「おいなんでタワマンなんだよ! え、ババアあそこに住んでんの!?」
「あそこ高齢者しか住んでませんよ。マンションの名前ババアズタワー280ですし」
「どストレートなネーミング! その最後の280は何の数字なんだよ!」
「ああ、これオトボケ村の平均寿命です」
「生きすぎだわ! もうちょっと遠慮して死期選べよ!」
「一応村の最高齢は4万80歳とかだったと思います」
「そいつが1人で平均寿命上げてない!?」
ババアズタワー280に近づくと自動ドアが開き、中に入る。インターホンもタッチ式の液晶画面になっており、部屋番号を押して呼び出す方式だ。絶対ここ現代地球人何人か転生してんだろ。異世界でタワマンとか聞いたことねえよ。
「イドバタたちが言っていたばあちゃんは、ウメボシという名前です。タワマン住みをステータスにしているらしいですよ」
「港区女子みたいなババアだな。名前はちゃんとババアっぽいのに。で、そのウメボシは何階に住んでるんだ?」
「最上階の30階に住んでますよ。ちゃんと高齢者向けにバリアフリーも徹底してあります」
「おお、じゃあデカいエレベーターがあるとか?」
「いえ、階段が無くて全部スロープになってます」
「意味の無いバリアフリー! スロープ30階までってちょっとした登山じゃねえか! よくババア住んでんな!」
なんでタワマン作る技術はあってエレベーター作る技術は無いんだよ。しかし異世界っぽい要素が全然無いなボケルト王国。いや鬼みたいなバケモノと一緒に歩いてるから見た目は十分異世界なんだけどさ。こいつの名前高橋だからさ。
「では部屋番号を押してウメボシを呼び出しましょう。30685っと」
「部屋多すぎない!? え、30685号室まであんの!?」
「ああ、安心してくださいね。30階だけですから」
「じゃあこのマンションめちゃくちゃ頭でっかちじゃねえか! どうやって安定感保ってるんだよ!」
「下の方の階には力士ばっかり住んでるんです」
「重心作ってんじゃねえよ! 設計ミスを住人で調整すんな!」
そんなことを言いながら高橋が30685号室を呼び出すと、数回呼び出し音が鳴って嗄れた声が聞こえてきた。
『アッサラームアライクム』
「なんでアラビア語なんだよ! この世界もうなんでもありだな!?」
『どなたですかのう? ワシに何か用ですかのう?』
「あ、高橋です」
「お前もういいってそれ! ハラマキのとこで学んだだろ! もっと自分の情報を言えよ!」
「骨格ストレートです」
「誰が知りたいんだよお前の骨格タイプ! 言わなきゃいけないこともっとあるだろ!」
「耳を動かせます」
「やっぱダメだこいつ!」
なんでこいつ初対面の相手に要らない情報だけ伝えていくの? ここでの生活がかかってるんだから、この場面くらい真面目にしてくれても良くない? いやまじで。
『骨格ストレートかのう。ならジャケットとかが似合うんじゃなかろうかのう』
「やっぱりそうですよね。どうしても私服にジャケットが多くなっちゃって、違う系統にも挑戦したいんですけど……」
『ならレザーブルゾンとかオススメかのう。冬だとハイネックのインナーを選ぶと、かなり雰囲気が変わると思うがのう』
「なるほど……。ちょっと男らしさが増す感じですかね?」
『そうじゃのう。ハイネックで綺麗めな印象も残しつつじゃから、挑戦しやすいと思うがのう」 』
「もういいわ! なんだこのインターホン越しの接客! 早く本題に入れよ!」
「保険に入りませんか?」
「そんな話してねえだろバカ! もういいから俺が話すわ!」
結局俺がウメボシに事情を説明し、しばらく居候させてもらえることになった。スロープで30階まで上り、ウメボシが住む30685号室に着くと、小柄で背中の丸まった老婆が俺たちを出迎えた。
「救世主様がうちを使ってくださるなんて、夢のようじゃのう。部屋は余っておるから、好きに使ってくれたらいいがのう」
「ありがとうなウメボシ。すまねえな、事情があるとはいえ居候なんてさせてもらって」
「本当ですよ全く。図々しいのも大概にしてくださいね、玄司様」
「お前も一緒に居候するんだぞ!? なんで他人事なんだよ!」
「それはいいんじゃがのう。救世主様に早速お願いしたいことがあるんじゃがのう」
「お願いしたいこと……?」
何だろうか。俺に頼みごと言われても、何ができるか分からないけども……。とりあえず聞いてみるだけ聞いてみるか。
「救世主様は、もうこの村に訪れるという災厄の話は聞いたかのう」
「ああ、イドバタたちがそんなこと言ってたな。俺も気になってはいたけど、何か知ってるのか?」
「その災厄が、うちにいるんじゃがのう」
……は?




