第63話 山道を行く
ウマシカの歩く速度は思ったよりも遅く、なかなかハイキングコースを進んでいかない。まあ乗せてもらってるし、自分の足で歩いてもそんなにスピードは出ないから文句は言わないが。
それにしてももうそろそろ日が暮れるな。山の向こうに太陽が半分隠れ、俺たちがいるハイキングコースをオレンジ色に染め上げる。
「なあ高橋、このペースだとズッコケ山を越えるのにどれくらいかかるんだ?」
「多分次の給料日あたりには越えられてるんじゃないですかね」
「いつだよそれ! 給料日とかあった!?」
「何言ってるんですか玄司様。オトボケ村にいたオンセンの事業に関わったから、アドバイザー料が振り込まれてるじゃないですか」
「ああそれ忘れてたわ! え、もう振り込まれてんの!? 俺知らねえんだけど!?」
「ああ、玄司様はボケルト王国では銀行口座持ってないですよね? だから私の口座で受け取っておきましたよ」
「おおそれは助かるわ。それで、その金はどうしたんだよ?」
「もちろん課金で使い切りましたよ」
「何やってんのお前!? 大バカなの!? 何のアプリに課金したんだよ!?」
「キクラゲを育てるゲームです」
「クソみたいな課金! キクラゲなんか育ててどうするんだよ!」
「そりゃあれですよ、八宝菜に入れます」
「待って本当にキクラゲ育ててんのお前!? リアルで!?」
「そうですよ? ちゃんと今も玄司様が背負っているリュックに入ってますよ」
「まじで言ってんの!? 確かにコボケ町のホテルでリュック背負った時やけに重いなとは思ったけど! キクラゲだったんだ!?」
衝撃の事実を聞かされてしまった……。なんで俺のリュックにキクラゲ入れてんだよあいつ。邪魔で仕方ねえだろ。何キクラゲって。どうでもいいけどこの世界八宝菜の概念あるんだ。いやめちゃくちゃどうでもいいけど。
そんなことはいいんだが、山越えにどれだけかかるのかが結局聞けてないぞ。高橋と話すと毎回話が逸れて、全然本題を聞けないんだよいつも。バカすぎるんだよあいつ。
「それで高橋、改めて聞くけど、この山を越えるにはどれくらいかかるんだよ?」
「ざっと8万円といったところですかね」
「誰がこのタイミングで金額聞くんだよ! 時間に決まってんだろ! あとそれ何の金額!?」
「ああ、この山を越えるには早くて2週間、最大で1ヶ月ほどかかるので、その分のマヨネーズ代です」
「マヨネーズ買わなくていいだろ絶対! 何用のマヨネーズ!?」
「何言ってるんですか玄司様。飲みものは要るじゃないですか」
「だからマヨネーズを飲みものにカウントすんなって! 大デブかお前は!」
「若い頃は大デブを目指していたこともありましたね……」
「嘘つけよお前! 何が目的でそんなもん目指すんだよ!」
まあでも一応どれくらい時間がかかるのかは聞けたな。早くて2週間、最大1ヶ月か……。結構かかるな。俺本当に何も持って来てないけど、大丈夫か? いやキクラゲはあるけどさ。嫌だろ毎食キクラゲオンリーは。
「ウマシカ、この山ってそんなに装備が要らないのか? 思ったより越えるのに時間がかかりそうなんだが」
「ああ、大丈夫っすよ。山の至るところに飲食店があるっす」
「緊張感のねえ山だな! 何ちゃんと観光地として整備してんだよ!」
「いやだって、ハイキングコースなのに1ヶ月かかりますって困るじゃないっすか。知らないで入ったら途中で倒れちゃうっす。だから飲食店は常に準備してあるんすよ。ほらあそこにもコース料理のお店があるっす」
「なんでコース料理なんだよ! 誰がこんな山の中にオシャレな店作ったの!?」
「あ、私です」
「お前だったのかよ! また余計なことしてんな!」
「でもパン食べ放題ですよ?」
「だから何なんだよ! コース料理だとパン食べ放題のとこあるけど!」
ずっとどうでもいい情報が出てくるな……。まあとりあえず食料には困らないってことだな。金があるのかは知らないけど。高橋が課金に使ってるって話だったからな。まあそこはどうにかなるだろう。
「高橋、ウマシカ、そろそろ日が沈むから、今日はこの辺にして宿を探そう」
「何言ってるんですか玄司様。宿なんてありませんよ」
「え、無いの!? なんで!?」
「なんでも何も、こんな山の中に宿屋なんかあるはずないじゃないですか」
「いやでも飲食店はいっぱいあるんだろ!? ゲーセンとかショッピングモールもあるんだろ!? なんで宿だけねえの!?」
「そりゃ泊まることなんて想定されてませんから。見たことあります? ハイキングコース沿いに宿屋があるところ」
「いやねえけども! ショッピングモールとかよりはありそうじゃねえ!?」
「そんなこと言われても、無いもんは無いっすよ。ワガママ言わないで大人しく野営してくださいっす」
「まじで!? こんなに都市化されてんのに泊まるとこだけなんでねえの!?」
「玄司様、諦めてください。山越えをするのに、宿に泊まれるわけないでしょう。そんな甘い覚悟でこの山に入ったんですか?」
「うんだってハイキングコースって聞いてたから! そこだけちゃんとシビアに山越えなんだ!?」
騒いでいると日が暮れてきたので、俺たちは仕方なく道沿いで野営することになった。なんでこんなに発展してて宿屋だけねえんだよ……。納得できねえな……。
一応高橋と交代で見張りをすることになり、先に眠ることになった俺は焚き火の隣で目を閉じた。温かいから意外と眠れそうだな。心地の良い眠気に身を任せていると、何かが近くに置かれた音がした。




