第60話 コボケ町とバック走
「ビタミン! 大丈夫か!」
「き、救世主様……! 実はミー、饅頭が怖くて食べられないんでござる……。饅頭を今持って来られたら、怖くて眠ることすらできないでござる……!」
「『まんじゅうこわい』じゃねえか! 食いてえならスっとそう言えよ! 饅頭ぐらい持って来てやるから!」
「玄司様、コボケ町では饅頭がとても貴重です。今のコボケ町では黄金より価値があると言われています」
「じゃあ贅沢だわ! 饅頭無しで我慢しとけビタミン!」
「饅頭は難しいけど、僕がアンパンを持って来てあげることはできるよ」
「内容物ほぼ一緒だもんな!? アンパンは普通にあって饅頭は貴重な理由何!?」
ビタミンは苦しそうなままこちらを向くと、俺たちにすがりついて来た。
「救世主様……! このままだとミーのせいで、コボケ町の人たちが皆便秘になってしまうでござる……! なんとか、なんとかしてミーのぎっくり腰と先送り癖を治して欲しいでござる!」
「先送り癖は知らねえよ! 自分でなんとかしろ! って言われてもぎっくり腰を治す力なんて、俺にあるのか……?」
ツッコミ以外で普通にぎっくり腰を治す方法を考えていると、高橋が俺の肩に足を置いた。
「なんで足なんだよ! 普通手だろそういう時は!」
「玄司様、自分を信じてください。あなた様のツッコミには、その場所での問題を解決する力がある。それは普段は自然に作用しますが、コボケ町での今のトラブルは、ビタミンが野菜を育てられないこと。大丈夫です。玄司様が自分を信じる心を捨てなければ、必ずビタミンのぎっくり腰とADHDは治ります」
「こいつADHDなのかよ! それに関しては俺知らねえんだけど!?」
まあいいや。とりあえず俺のツッコミでビタミンの腰は治るってことだな。よし、ならとりあえず高橋とフクラミのボケにツッコミを入れていこう。
「では玄司様、いきますよ。とりあえずリニアに乗ってオトボケ村に戻りましょう」
「なんでだよ! お前すぐオトボケ村に戻ろうとすんな!? もうオトボケ村編終わったから! あとオトボケ村にもリニア通ってるんだ!?」
「救世主様はリニアが好きじゃないのかい? 僕は好きだよ。あのアフリカの方にある国だよね」
「ケニアだよそれは! なんでお前がケニアとか知ってんだよ!」
「違いますよフクラミ。ラトビアの横にある国です」
「それはリトアニアだろ! だからなんでお前らが地球の地理知ってんだよ! 俺より詳しいだろ多分!」
アホなことを言う高橋とフクラミにツッコミを入れていく。すると次第に空が曇り出し、どんどんコボケ町が暗くなっていく。
ポツポツと雨が降り出したかと思ったら、高橋が突然声を上げた。
「王様の耳はロバの耳ー!」
「うるせえよ何言ってんだお前は! なんで急に叫び出したんだよ!?」
「玄司様、この雨の下にビタミンを連れて行きましょう」
「いやなんでだよ! 動けないやつ雨にさらしたら可哀想だろ!」
「違うんです玄司様。私はただ、動けない中で何もできずにびしょびしょになっていく人が見たいだけなんです」
「最低か! なんかこの雨でビタミンのぎっくり腰が治るとかかと思っただろ!」
「ああなるほど! それはあるかもしれませんね。1回試してみて、ダメならそのままビタミンを雨ざらしにしましょう」
「なんでどうしてもビタミンを濡らしたいのお前は!? ビタミンの腰よりお前の性格治した方が良さそうだけど!?」
「何言ってるんですか玄司様。この性格はもう治りません」
「開き直んなよ! お前もうちょっと人の心持てよ!」
高橋の最低な考えは置いといて、とりあえず試すだけ試してみよう。それでビタミンの腰が治ったら、万事解決だからな。
「よし、高橋でもフクラミでもどっちでもいい! ビタミンを外に出すのを手伝ってくれ!」
「玄司様、そうやって私たちの心を弄んで楽しいですか? 私たちは玄司様に選ばれるために頑張ってきたんです。それをどっちでもいいなんて……」
「修羅場にすんのやめてもらえる!? 恋愛的な意味なら俺どっちも選ばねえよ!?」
「救世主様はそうやって僕たちの心を弄んで楽しいのかい? 僕たちは救世主様に選ばれるために頑張ってきたんだよ。それをどっちも選ばないなんて……」
「ほぼセリフ一緒じゃねえか! そのボケ方するならもうちょっとセリフのバリエーション用意しとけよバカ!」
「玄司様、どっちかちゃんと選んでください。そうでないと、私たちの気が済みません」
「ああもう分かったよめんどくせえな! じゃあフクラミ! 手伝え!」
「めんどくさい……? そんな理由で僕を選ぶのかい? そんな選ばれ方、嬉しくもなんともない!」
「嬉しくなくていいよ! 別にパートナー選びしてるわけじゃねえから! サッと手伝えよ!」
「玄司様、私も手伝いますよ。こんな恋愛ノリのやつは気にせず、とりあえずビタミンを外に運びましょう」
「お前もさっきまでそっち側だったけどな! 手の平返すの早すぎるだろ!」
俺たちは雨が降る外に、ビタミンを布団ごと抱えて連れ出した。雨に打たれるビタミンの様子を見守っていると、突然ビタミンの腰から紫色の光が放たれる。
「いやなんでブラックライトなんだよ! 普通の光で良かっただろ!」
「玄司様見てください! ビタミンが! ビタミンが!」
「え、どうしたんだよ。立ち上がったとかか?」
「いえ、めっちゃブサイクです」
「どうでもいいし最低だなお前! 今そんなこと言ってどうするんだよ!」
「客観的事実を述べたに過ぎません」
「言ってやるなよそんなこと! 今割と大事なシーンだと思うぞ!?」
ビタミンの腰から放たれたブラックライトは一瞬強い輝きを放ち、そのまま消えてしまった。同時に打ち付けていた雨も止み、ビタミンは恐る恐る立ち上がる。どうなったんだ……?
「な、治ってるでござる! 治ってるでござるよー!」
「ほら言ったじゃないですか。めっちゃブサイクって」
「だから今顔の話してやんなよ! デリカシーゼロかお前!」
「うんまあ……。確かに彼はブサイクだね」
「お前も言うのかよ! お前だけは爽やかなキャラかと思ってたわ!」
ビタミンは俺たちの方に走って来て、俺の手を握った。
「ありがとうでござる救世主様! まさかぎっくり腰とブサイクが治るとは思ってなかったでござる!」
「ブサイクは治ってねえよ! ずっとブサイクだわお前は!」
「とにかくありがとうでござる! これで、ミーの野菜で皆の便秘を治せるでござる!」
「良かったねビタミン。お前さんのブサイクだけは治らなかったけどね」
「改めてそんな事実突きつけてやんなよ可哀想に! いや俺もさっき勢いで同じようなこと言ったけども!」
黒い雲が少しずつ晴れてきて、太陽の光が差し込んでくる。激しい雨でできた水溜まりが、その光をキラキラと反射させている。
「さあ玄司様。あなた様のここでの使命は終わりです。次に向かうのは、王都オオボケですよ」
「遂にか……。王様がなんでボケルト人たちに笑いを禁止してるのか、確かめないとな」
「ですが玄司様、王都オオボケに行くには、まずズッコケ山という大きな山を越えなければなりません。そのズッコケ山に向かいましょう」
「え、山越えすんの? 何の装備もねえけど?」
「大丈夫ですよ。マヨネーズならいくらでもあります」
「何も安心できねえんだけど!? あ、こら高橋! 勝手に出発すんな!」
「バック走で向かいましょう」
「今に限ってはそれで頼むわ! 50メートル進むのに2時間以上かかるんだもんな!?」
「2時間18分59秒ですよ玄司様」
「分かったよ細けえな! おいちょっと待てって!」
信じられないほど遅いスピードで進む高橋を追いかけながら、フクラミとビタミンの方を振り向く。
すると彼らは、俺たちに向かって両肩を振っていた。
「肩じゃねえだろそういう時は! 手振れよ!」
「ありがとう救世主様! お前さんの功績を称えて、コボケ町全体にお前さんの似顔絵を張り付けよう!」
「指名手配みたいになってんじゃねえか! やめろ絶対!」
「救世主様! ミーを救ってくれてありがとうでござる! これからのコボケ町は、ミーの野菜と霜降り肉に任せるでござる!」
「お前まだ霜降り肉に拘ってたのかよ! しつこいなそのノリ!」
「玄司様何してるんですか。早く行かないと山が逃げますよ」
「山は逃げねえよ! お前山のこと何だと思ってんだよ!」
「え、fountainですよね?」
「それは噴水だわ! 綴り似てるけども! だからなんでお前が英語知ってんだよ!」
高橋の背中……いやバック走だからお腹か? ややこしいなおい。まあいいや、それを追いかけて、俺たちは次の目的地、ズッコケ山へと向かって進み出した。




