第55話 目覚め
窓の方から聞こえるガチャガチャとした物音で目が覚める。なんだ……? 高橋が何かやってるのか?
いや、高橋ならドアの外から追い出したはずだから、反対側の窓から物音が聞こえるのはおかしい。そんなに時間も経ってないはずだし、高橋の仕業じゃないんだろう。
何か窓のところにいるのか? ちょっと見に行ってみるか。
重い体を起こして窓のところへ行き、カーテンを開けると、そこには鬼がいた。
「うわあああああ! 高橋お前何してんだよ!?」
「あ、玄司様。いや、どうしてもドアが開かなかったので窓から侵入しようかなと」
「なんでお前は侵入することしか考えねえの!? 怖いんだけど!?」
「いやいや、それほどでもありませんよ」
「褒めてねえよ!」
窓にへばりついて鍵をガチャガチャやっていた高橋は、顎を突き出し、眉の両端を下げ、鼻を大きく膨らませて話し出した。
「玄司様、今から私は真面目な話をします」
「その顔で!? 顔のインパクトで話入って来ねえよ!」
「え、これでも真面目な顔をしているつもりなんですが」
「お前真面目って言葉知ってる!?」
高橋は珍しくここからボケを続けない。いつもなら『知ってますよ。クリスマスにプレゼントを持って来てくれる人のことですよね』とかめちゃくちゃなことを言い出すのに……。
「玄司様、このままだと玄司様は本当に死んでしまいます。玄司様が最後にツッコミを入れてから、もうすぐ丸1日が経ちます。以前にも言ったことがあると思いますが、ツッコミを入れない期間が1日を超えると、玄司様の生き返りゲージは0に戻ってしまいます。それはつまり、地球で生き返ることができなくなるということです」
……分かってる。俺だって分かってるんだよ。このままじゃ俺は死んでしまう。でも、今の俺には何もできない。こんな変なところで死ぬのはもちろん本望じゃない。でも……でも、ナゾカケにツッコミを入れられないままもやもやとした気持ちを抱えていても、ボケルト王国は救えない。俺はもう、救世主なんかじゃないんだ。
「玄司様、顔を括ってください」
「腹じゃなくて!? なんで顔括られなきゃいけねえんだよ!」
「玄司様にとって、ツッコミとは何ですか? 私たちボケルト人がツッコミを求めていたのは、私たちの世界にはボケる人はいても、ツッコミを入れる人がいなかったから。つまり、ツッコミ無しだと成り立たない笑いをずっと続けていたからなんです」
「ツッコミ無しだと成り立たない笑い……」
「そうです。でもナゾカケの芸はどうでしょう? 玄司様自身も感じたと思いますが、お腹が空いて力が出ません」
「ごめん今それ感じてなかったわ! 何お前腹減ってんの!?」
「すみません、どうしても冬用タイヤが食べたくて」
「そんなもん食うな死ぬぞ!? お前俺の心配してる場合じゃねえんじゃねえの!?」
何言ってんだよこいつは。いいこと言ってる風だったのに台無しじゃねえか。どうやったら真面目に喋れるんだよ……。
「話を戻しますが、ナゾカケにはツッコミは必要無いんです。何故なら、ナゾカケはピン芸人だからです」
「それ言い方合ってる!? その理屈だとお前らは全員コンビ芸人になるけど!?」
「ナゾカケはあれでいいんです。玄司様が何かする必要はありません。ボケルト人にも色々いますが、ナゾカケは特殊なタイプ。1人で芸を完結できるタイプです。対して玄司様は、ツッコミを武器に浮いたボケを捌くタイプ。芸人としての質が違うんです」
「俺芸人になった覚え無いんだけど!?」
「だから玄司様がやることは、ナゾカケを認めてやること。玄司様の力が及ばないのではなく、ナゾカケには必要無いだけなんです」
……なるほどな。何かスっと腑に落ちた。ナゾカケはただ、自分を認めて欲しかっただけなのかもしれない。俺が救世主だなんだって持て囃されてるから、俺に対しての謎かけなら自分を輝かせてくれるかもしれない、そう思ったんだろうな。
俺は今までツッコミを入れることに固執していて、ナゾカケの芸を活かすことを考えていなかった。ツッコミが必要なボケルト人と、そうでないボケルト人がいる。当たり前のことなのに、なんで気が付かなかったんだろう。
高橋もたまにはいいこと言うじゃねえか。ボケには色んな種類があって、それぞれに合うツッコミが違う。そして、ツッコミを必要としないボケもある。ただそれだけの話だったんだ。
ピアノの弾き方と同じだな。曲によって力強い弾き方がいいものもあれば、繊細な弾き方がいいものもある。ただ、それだけの話だったんだ。
「よし、そうと決まったら高橋、早速コボケ町のやつらにツッコミを入れに行くぞ! このままじゃ俺が死んじゃうからな!」
「あ、大丈夫ですよ玄司様。私にツッコミ入れてたのでもうゲージは回復始めてますから」
「早く言えよ! そうだったの!? 俺が今まで悩んでた時間返せよ!」
「分かりました。利子は付けますか?」
「それそっち側が言うことじゃねえだろ! お前時間を利子付けて返せんの!? めちゃくちゃすごくない!?」
なんだよ大丈夫だったのかよ……。ホッとしたけど早く言って欲しかったぞまじで。
俺は高橋を窓から部屋に入れ、身支度を整えて高橋とともに部屋を出た。




