第50話 翌朝
「んん……。もう朝か」
カーテンの隙間から朝日が差し込み、俺の顔に当たる。薄らと目を開けると、見慣れない天井。そうだ、俺はコボケ町のホテルにいるんだったな。
昨日は深く眠っていたみたいで、夢も何も見なかった。気づいたら朝になっていたのはいつ以来だろうか。
本来なら質のいい睡眠を取ってスッキリと目覚めるはずなんだが、どうも寝覚めが悪い。何かが胸にのしかかっているように重く感じる。これはなんでなんだろうな。俺は自信を取り戻したはず。不安になることなんか、何も無いんだ。
「あれ……。また高橋いねえのか」
部屋を見渡しても、高橋がいない。まあどうせいつも通り壁倒立なりなんなりしてるんだろ。入口でも見に行ってみるか。
部屋の入口で壁倒立しているであろう高橋を見に行くが、ドアの前にあの鬼の姿は無い。あれ? あいつどこ行ったんだ本当に。パッと見部屋の中にはいなかったし、浴室やトイレにも人の気配は無い。
てことは、本当に部屋にいないのか? 珍しい。大抵いつも変なことして寝起きの俺を驚かせるのに。仕方ない、探しに行くか。
着替えるために部屋に戻ろうと振り向くと、そこには鬼がいた。
「うわああああああ! 高橋お前何してんだよ!?」
「おはようございます玄司様。爽やかな朝ですね」
「たった今爽やかじゃなくなったわ! お前のせいで!」
「こんな爽やかな朝には豚骨スープが飲みたくなりますね」
「珍しい人! なんでそんなこってりしたもん飲みたがるんだよ! 朝からヘビーすぎるわ!」
「私高橋さん。今あなたの後ろにいるの」
「分かってるわバカ! なんで今言ったんだよ! あともう俺が振り向いた後だからお前がいるのは俺の前だよ!」
「ああ、じゃあ私高橋さん。今あなたの前にいるの」
「だから分かってるわ! ガッツリ目合ってんだろ! なんだ『じゃあ』って!」
何やってんだよこいつほんとびっくりするな……。ていうか今までどこにいたんだよこいつ。部屋の中にはいなかったはずだけど……。
「今まで私がどこにいたかが気になるんですよね?」
「そうだけど! 俺の思考読むなよ気持ち悪い!」
「簡単なトリックです。私は窓の外にへばりついていました」
「怖すぎるだろ! トリックでもねえし! 何お前怪異か何か!?」
「玄司様がカーテンを開けさえすれば、私のことを見つけられたのに」
「そんなもん見つけたくねえわ怖えな! 窓にへばりついて何してたんだよお前は!?」
「え、睡眠ですけど」
「なんで寝られるんだよ!? 今更だけどお前ベッドって知ってる!?」
「ICカードをかざすと駅に入れるやつですよね」
「改札じゃねえか! お前せめてもっと語感近いもんと間違えろよ!」
「改札とかけまして、ベッドと解きます。その心は、どちらもマヨネーズをかけると美味しいでしょう」
「どっちも食いもんじゃねえよ! マヨネーズかけんな!」
……謎かけか。ちょっと嫌な気分になるな。いやいや、大丈夫だ。俺はナゾカケなんかに負けない。ツッコミの力を信じるんだ。
「どうしたんです玄司様? 楽しそうですね。ボンゴとか叩きます?」
「目腐ってんのかお前! ボンゴとか要らねえわ! 陽気か!」
「あ、すみません。ハイハットが良かったですか?」
「叩くもんの問題じゃねえよ! 別に俺楽しそうじゃねえだろ!?」
「ああ、そうですね。めちゃくちゃ楽しそうです」
「もう眼科行けお前! 俺の顔どう映ってんだよ!?」
「乾杯の『ん』の時の顔ですね」
「ほぼ口閉じてるじゃねえか! どこが楽しそうなんだよ!」
ずっと何言ってんだこいつは。いつも通りすぎてむしろちょっと不安になるわ。なんでこんなにマイペースでいられるんだよ。メンタル強すぎるだろ。
……いや、不安なのは別に高橋のせいじゃないのかもな。俺はまだナゾカケに会うことを不安に思っているのかもしれない。それだけナゾカケの存在は、俺にとってイレギュラーで、初めてのツッコミが通用しないボケルト人にショックを受けているんだ。認めたくはないけどな。
「玄司様、私のスリーピングポジションについてはどうでもいいんです」
「寝相でいいだろ! なんで英訳したんだよ!」
「もう時間がありません。早く準備をしてください」
「時間が無い? 何のことだよ? そんな急ぐ用事なんてあったか?」
「ありますよ。何言ってるんですか。もう朝食の時間が終わってしまいますよ」
「どうでもいいわバカ! そもそも俺たちのプランって朝食じゃなくて夜食付きじゃなかった!?」
「新しく朝食券を買っておいたんです。早くしないと1日6万食限定の草履オムレツが終わってしまいますよ」
「6万食もあったら多分終わらねえよ! なんだ草履オムレツって! 形が草履みたいなの!?」
「いえ、草履を卵で包んで焼いたものです」
「そのままの意味だった! 誰が食うんだよそんなもん!」
「今まで誰も食べたことが無いから、玄司様が食べるんじゃないですか。救世主ですよね?」
「え、俺毒味でボケルト王国に転生したの!? そういう意味での救世主だったの!?」
「さあ、行きますよ玄司様。朝食を食べたらまた町に出なきゃいけないんですから」
「とりあえず普通のメニューあるかだけ確認してもらってもいい!?」
高橋に手を引っ張られ、俺は朝食会場へと向かった。なんとしても草履オムレツの毒味だけは回避してえな……。




