第40話 救世主、出動
「なんだ今の……?」
今確かに赤いものがどこかへ消えて行ったのが見えた。人か……? サイズ的には人ぐらいだったけど、この世界は動物も喋るからな。一体何だったんだろうか……。
「どうしたんですか玄司様? 走る歩道でも見たんですか?」
「なんだ走る歩道って! 歩道自体が走ってんの!?」
「京都マラソンを目指してるらしいですよ」
「じゃあまず京都に行くところからだよ! さらっと世界跨ぐのやめてもらっていい!?」
「世界なんて跨いでなんぼじゃないですか。ボケルト王国には世界跨ぎ祭りというお祭りが毎年あって、みんなで異世界に行く速度を競うんですよ」
「まじで言ってんの!? そんなノリで跨がれたら世界だって困惑するだろ!」
「何言ってるんですか玄司様。世界は困惑なんてしませんよ」
「分かってるわ! なんでお前ちょいちょい例えが伝わらねえの!?」
高橋の相手をしてるとすぐ話が逸れるな……。どうでもいいことに熱量かけすぎなんだよこいつ。いやどっちかって言うと俺が全力で反応しすぎなのか。
でもこいつへのツッコミも生き返りゲージに関わってくるからなあ。ツッコミの手を緩めるわけにもいかないのが現状だ。
「それじゃあ玄司様、雨を降らせるためにボケルト人にツッコミを入れにいきましょう。町にはたくさんのボケルト人がいるので、雨もたくさん降らせることができますよ。バックボーン!」
「レッツゴーだろ! どんな間違いだよ! そんな後ろ振り返る出発の合図ある!?」
「頼んだよチー救。お前さんのツッコミに、この町の運命はかかってる。もはやお前さんのツッコミは、町の腸活と言っていい」
「嬉しくねえなその呼び方! もっとかっこいい呼び方無かったのかよ!?」
「では玄司様、町の整腸剤というのはどうでしょう?」
「一緒なんだよ! 腸にかけて言うのやめてもらえる!? 別に俺が直接腸に働きかけるわけじゃねえし! 俺は乳酸菌か!」
「私も乳酸菌とは思ってないですよ。どちらかと言えばシロタ株です」
「とりあえずヨーグルトの成分にしないで欲しかったな!」
フクラミとビタミンに見送られ、俺と高橋は町へ向かって歩き出した。道に転がる無線スピーカーのせいでめちゃくちゃ歩きにくいな。誰だよここに無線スピーカー大量に捨てたやつ。
「もしかして玄司様、この無線スピーカーを誰が置いたのか気になってます?」
「まあ気になってはいるけど……。お前知ってんのか?」
「噂程度ですけどね。無線スピーカーを大量に捨てたのは、鬼のような見た目をした大男だと言われています」
「じゃあお前じゃねえか! やっぱりお前か! 余計なことばっかしやがってこの野郎!」
「私が捨てたバイブスたちなんですよ。ちゃんと拾って育ててあげてくださいね」
「バイブスを捨て犬みたいに捨てんな! お前がバイブス捨てたせいで歩きにくいんだよ!」
「すみません聞いてなかったです。なんて言いました? バイブス捨てたせいで歩きにくい?」
「聞こえてんじゃねえか! なんで聞いてない振りしたんだよ!?」
アホの高橋を先頭に歩いて行くと、再び明るい町の風景が広がった。なんだったんだよあのバイブスの墓場……。ビタミンのやつも変なとこに店構えてんなあ。
明るい町の風景とは対照的に、道行く人々は皆お腹を摩って苦しそうにしている。やっぱりみんな便秘気味なんだな……。この人たちの便秘を治さないといけないのか。クソみたいな使命だなこれ。いやクソみたいっていうかクソだな文字通り。
「さあ玄司様、思う存分ツッコミを入れてくださいね! その辺の人たちの頭を叩きにいきましょう!」
「俺の芸風どつきツッコミだっけ!? なんも話してない人の頭いきなり叩いたら暴行だよ!」
「大丈夫ですよ玄司様。ボケルト王国では暴行よりもマヨネーズ泥棒の方が罪が重いです」
「そうだろうな! 人殺しよりもマヨネーズ泥棒の方が重罪なんだもんな! もう嫌だこの世界!」
「じゃあ私はマヨネーズを盗んで来ますので。失敬」
「お前今自分で言ったこと覚えてる!? マヨネーズ泥棒重罪なんだろ!?」
「大丈夫ですよ。私にはもう失うものなんてありませんから」
「悲しい物語の主人公か! そのセリフの後でやることがマヨネーズ泥棒ってどうなってんだよ! あとなんでマヨネーズ泥棒そんな重罪なんだよ!」
「コボケ町にはマヨネーズ専門店がありませんからね。オトボケ村よりもより重罪ですよ」
「まずマヨネーズに拘るのやめたらいいんじゃねえの!?」
なんだよこの世界まじで。マヨネーズって単語が出て来すぎだろ。もう一生分のマヨネーズ聞いた気がするわ。オトボケ村出たからマヨネーズから解放されるかと思ったのに、コボケ町でもマヨネーズ着いて回るのかよ。
マヨネーズに絶望していると、隣にいた高橋が空を指さした。
「玄司様! 空を見てください!」
「なんだ? もう雨でも降ってきたのか?」
「違いますよ。あの雲の形が毛筆に似てるだけです」
「なんだお前この野郎! どうでもいい話をそのテンションで言うなよめんどくせえな!」
「でも玄司様、黒い雲が増えてきましたよ。そろそろ降ってくるんじゃないですか?」
「お、それはいいな。お前がボケ倒してるおかげですぐ雨が降るのか。そう思うとお前は割と必要な存在なのかもな」
「あ、降ってきましたよ。パルメザンチーズ」
「チーズだったのかよ! もう俺本当にチー救になっちゃうじゃねえか!」
「そのうちカマンベールも振らせてくださいね」
「塊で!? 誰か怪我しそうだけど!?」
おいおい、雨かチーズかってランダムなのかよ。チーズはとりあえず止まってくれたら助かるんだけどな……。
雪のように降るパルメザンチーズの中に、また赤い人影がチラりと見えた。




