第37話 古い八百屋
「こっちだ。無線スピーカーに躓かないよう気をつけて」
「なんで無線スピーカーが何個も転がってんだよ! 世紀末の楽器屋か!」
「玄司様、私は若い頃にお金が無い時は無線スピーカーを買って食べてましたよ」
「なんで!? 無線スピーカーの方が高くない!? どうやって食うんだよ無線スピーカー!」
「丸揚げです」
「丸揚げ!?」
高橋のアホエピソードに付き合いながらフクラミに着いて行くと、どんどん町の風景が暗くなっていく。コウモリやネズミがチラチラと顔を出し、石畳の道は薄汚れていた。地面には無数の無線スピーカーが転がっており、不穏な雰囲気をぶち壊しにしている。
なんで無線スピーカーなんだよまじで。ミュージシャンの墓場か。
「さあ着いたよ救世主様、高橋。お前さんたちに紹介したいのは、ここの店主だ」
フクラミが指さしたところには、寂れた小さな店があった。店内には何も無いように見えるけど……。いや違う。じゃがいもが置いてあるのが見えるな。じゃがいも屋とかなのか?
「あそこは元々このコボケ町で1番の八百屋だった……そうだ。僕が生まれる前の話だから、よくは知らないけどね。知っていることと言ったら、店主のビタミンという男の好きな女性のタイプがミノカサゴ顔の女性ということぐらいだ」
「B専じゃねえか! なんだミノカサゴ顔って! あとなんで好きなタイプ知っててよく知らない振りできんの!?」
「あとマヨラーらしいよ」
「そいつもなのかよ! まだマヨラーの流れ続いてんの!?」
「玄司様、私はどちらかと言えばタルタルソース派です」
「うるせえな分かったわもう! お前の好み今どうでもいいわ!」
「でも玄司様、最近ちょっとオーロラソース派にジョブチェンジしようと思ってるんです」
「勝手にしろよ! あとオーロラソース派はジョブじゃねえから! お前RPGで両手にケチャップとマヨネーズ持った役立たず見たことある!?」
「10年に1人ぐらいしか見ませんね」
「見てはいるのかよ! 逸材みたいに言うな!」
高橋のジョブチェンジはどうでもいいが、こんな寂れた八百屋の店主に俺を会わせたいってどういうことだ? 俺別に野菜に詳しくもないし、野菜好きでもないんだけど……。
「さて、お前さんたちをビタミンに紹介するには、まずビタミン本人をなんとか呼び出さないとね。僕が呼ぶから、そこで待っていてくれ。じゃあいくよ? あ! あんなところに空飛ぶ霜降り肉が!」
「その呼び方で八百屋が出て来るわけねえだろ! なんで肉で出て来ると思ったんだよ!」
「どこどこ!? どこに霜降り肉が!? ハンバーグにして食べたいでござるよ!」
「出て来たし変なキャラだった! なんだこの八百屋!」
「玄司様、やっぱり私タルタルソースを裏切れません。フリーエージェント宣言した上でタルタルソース派に残留します」
「知らねえって! お前だけだよまだその話してんの! あとお前タルタルソース派のこと球団だと思ってない!?」
高橋に意識を持って行かれそうになったが、なんとか八百屋の方に目を向ける。すると緑のキャップを被り、同じく緑のエプロンをしたおっさんが、上を向いて霜降り肉を探しているのが見えた。
いやなんで霜降り肉本気にしてんだよ。見たことねえだろ空飛ぶ霜降り肉。仮にそんなもんが存在したらとっくに鳥に食われてるわ。
「おいフクラミ、あれがビタミンってやつか?」
「みたいだね。僕も見たことは無いからよく知らないけど、聞いた話ではビタミンは緑のキャップに緑のエプロンをしたおっさんで、火災報知器を集めるのが趣味らしいよ」
「だからお前なんでそこまで知っててよく知らない振りできんの!? 何火災報知器を集めるのが趣味って!?」
「火災報知器コレクター、略して火災報知器ターだね」
「あんまり略せてねえよ!」
「どこでござるか!? 空飛ぶ霜降り肉ステーキはどこでござるか!?」
「まだ探してたのかよお前! ねえよそんなもんは! あとしれっと調理すんなよ!」
俺の声を聞くと、とんでもなくショックを受けた顔をして肩を落とし、膝から崩れ落ちるビタミン。そんなにショックなのかよ。むしろ空飛ぶ霜降り肉を信じた自分にショックを受けろよ。バカなのかよ。
「空飛ぶ霜降り肉ステーキが無いなんて……。ミーを騙したんでござるか!?」
「お前その喋り方で一人称ミーなのかよ! キャラの大渋滞じゃねえか!」
「むむ? そこにいるのは誰でござるか? 何やら鬼のような見た目をしているでござるが……」
「あ、高橋です」
「だからお前何回目だよ! もっと背景を言えよ!」
「無線スピーカーが転がる薄汚れた道です」
「本当の意味で背景説明してどうすんだよ! バカだなお前は本当に!」
高橋の意味の無い説明に呆れていたが、ビタミンの方には思いの外高橋の名前は効果があったようだ。
「た、高橋……!? 高橋ってあの高橋でござるか!? あのボケルト王国に謎の通貨を持ち込んだと言う……」
「ああお前の先祖の話してるわこいつ! 三重から日本円持ち込んだやつ!」
「私はその高橋ではありません。あの高橋です」
「どの高橋だよ! 特定させる気ねえの!?」
フクラミを見ても反応しない辺り、ビタミンはずっと引きこもってたんだろうか。最近のコボケ町についても知らなかったりするのか……? フクラミはこいつのところに俺たちを連れて来て、一体何をさせる気なんだ?




