第36話 町の救世主
目の前にいるふくよかな男は、どうやら有名人らしい。確かにパンを一瞬で焼いてクッション代わりにするなんて、普通の人間じゃできない芸当だ。相当なパン職人なんだろうな……。
「はは、有名だなんて照れるな。僕は少しだけパンを焼くのとけん玉が上手いだけだよ」
「けん玉の上手さ今どうでもいいわ! 要らねえだろその情報!」
「僕はフクラミ。このコボケ町で小さなパン屋を営んでいるものだ。一応周りの人からはけん玉の貴公子と呼ばれてるよ」
「なんでけん玉の方に引っ張られてるんだよ! 絶対パンの方が凄いだろこいつ!」
「けん玉では紐に剣先を乗せるのが得意だよ」
「ああじゃあけん玉の貴公子だわ! 紐の方使うやつ見たことねえもん! すげえなお前!」
なんだこいつ……。無駄に情報量多いし、けん玉も技術は凄いんだろうけど地味だな。なんだよ紐に剣先乗せるって。中国雑技団かよ。
「玄司様、私もけん玉くらいできますよ。見てください、けん玉のモノマネです」
「大人しくしてろお前はバカだな! なんだけん玉のモノマネって!」
「あと総武線のアナウンスのモノマネもできますけど、聞きます?」
「まじお前あと2時間ぐらい黙っててもらえる!? お前がいると話進まねえんだわ!」
「はい黙ります。お口ネック」
「チャックだろ! 口か首かはっきりしろよ!」
高橋を黙らせるのに苦闘していると、フクラミがこちらに手を差し出してきた。あ、握手か。そうか、俺一応救世主だもんな。町の有名人として救世主と握手しておきたいのか。
俺も手を差し出すと、フクラミに手を叩かれた。
「え? 何すんだよお前」
「違うよ救世主様。ただの握手じゃ面白くないだろ? ハンドシェイクだよハンドシェイク」
「なんでだよチャラいなお前! ラッパーか!」
「私服はダボダボのストリート系で、大きめのベースボールキャップを被ってギラギラのサングラスをかけているよ」
「ラッパーじゃねえか! パン屋にそんなやついる!?」
「食べた瞬間にリリックが飛び出すラップパンというものを開発してるんだけど、どうだい?」
「要らねえよめんどくせえパンだな! なんでそんなわけわかんねえパン焼いてんだよお前は!」
「玄司様、私はパンだと審判が好きです」
「パンじゃねえよそれ! 何のスポーツの審判だよ!」
「でも英語でアンパイアって言うじゃないですか。アンパンっぽくないですか?」
「知らねえようるせえな! もうあっちで適当に判定しててもらえる!?」
「分かりました。ノッコン!」
「なんでラグビーの審判なんだよ! 分かりにくいだろ!」
アホの高橋をまたしても黙らせようとしていると、フクラミは今度は真剣な顔で俺に話しかけてきた。
「救世主様、お願いがあるんだ。この町には困りごとがあってね……。そいつをどうにかしてもらいたいのさ」
「困りごと……? 何に困ってるんだ?」
「実はなかなか資産運用が上手くいかなくて……」
「お前の困りごと聞いてねえよ! 町の話してただろ今まで!」
「ああそっちだったか。ややこしいことを言わないでもらえるかな?」
「お前だろ! 話捻れさせんなよバカ!」
フクラミは周りの人々を見渡すと、住人たちもフクラミを見て頷く。心配そうな視線は、コボケ町の今後に不安を覚えているようだった。
「実はこの町には大変な問題があってね……。ここ数十年雨が降っていなくて、じゃがいもしか食べられていないんだ」
「オトボケ村と同じじゃねえか! 何この世界水不足しか問題ねえの!?」
「このじゃがいもしか食べられていない状況を、救世主様になんとかして欲しいんだよ」
「多分それはどうにかなるけども! そもそもお前パン屋じゃねえか! パン食えてんじゃん! どうやって作ってんだよパン!」
「それは頑張って海水をろ過したりしてなんとかしているよ。この町は海が近いからね」
「それでパン食えてんならいいじゃねえか! ほぼ解決してない!? パン食えてるし!」
「玄司様、大人になると水分無しでパンを食べるのはキツくなりますよ。口の中の水分がパンに持って行かれるので」
「分かってるわ! そんな話してねえから今!」
「さあこの状況、お前さんはどう対処する?」
「なんで試されてんだよ! 助けてもらう立場じゃねえのお前ら!?」
フクラミのしょうもない発言に呆れていると、突然空が曇り出す。黒い雲が空全体を覆い、ポツポツと雨が降り始めた。
やっぱ俺のツッコミは雨を降らせる力があるのか……。いや、そういや高橋が言ってたな。俺のツッコミはその場所の困りごとを解決する力があるって。てことはやっぱり、この町の困りごとは水不足なのか。
雨を見た住人たちは、驚いた表情を浮かべながら大歓声を上げた。
「雨だ!! 救世主様が雨を降らせてくださったぞ!!」
「久しぶりの雨だ!! 救世主様がいれば、農業も復活できる!!」
「水不足が解決するかもしれない!! みんな、急いで雨をろ過するんだ!」
「おお! 僕の資産運用が突然上手くいき始めたぞ!」
「1人だけ自分の話してるやついんな!? フクラミの資産運用は多分たまたまだよ! この町の困りごとじゃねえもん!」
フクラミは資産運用の画面を見ていたスマホをしまって、俺に頭を下げた。
いやなんでスマホあるんだよ。その文明があってエレベーターは無いのはなんで!?
「ありがとう救世主様。水不足が解決しそうだ。それから実は、お前さんに紹介したい人がいる。着いて来てくれないか?」
そう言ってフクラミはどこかへ向かって歩き出す。おいおい、こっちの意向は無視かよ。別にいいけど。
それにしても紹介したい人って誰なんだ……?




