第34話 町の歓迎
なんの電話だ……? 部屋に入ってこんなにすぐに鳴るなんて、何かトラブルでもあったんだろうか。
考えていると、高橋が受話器を取った。
「はい高橋です」
「異世界で聞かねえフレーズ! まじなんでお前高橋なの!?」
「ウィ、ウィ」
「なんで返事がフランス語なんだよ! はいでいいだろはいで!」
「分かりました。伝えておきますね。ありがとうございます」
そう言うと高橋は受話器を置いた。なんの電話だったんだ? また変なトラブルに巻き込まれないといいけど……。
「玄司様、引き継ぎです。マヨネーズ専門店『マヨい人』オトボケ村店の新商品、マヨネーズパフェの売れ行きが芳しくなく、玄司様になんとかして欲しいそうです」
「仕事の電話だったの!? しかも俺関係ねえじゃねえか! マヨネーズ専門店のオーナーじゃねえし俺!」
「ということで玄司様、オトボケ村に戻りましょう」
「そんなパターンある!? 今コボケ町来たばっかりだぞ!?」
「でも呼ばれてますし。ルールルルーって」
「俺キタキツネじゃねえから! そんな呼ばれ方されて吸い寄せられねえよ!」
なんで今しがた出て来たばっかりの村に戻らないといけないんだよ。転生して最初に来た村を出て次の舞台に行ったら、すぐトンボ帰りするパターンなんか存在するのかよ。嫌だわそんなの。ずっとオトボケ村編じゃねえか。
「それより玄司様、お腹が空きませんか?」
「ああ、確かに腹減ったな。なんか食べものでも持ってんのか?」
「いえ持ってませんよ? 聞いただけです」
「なんだお前この野郎! 舞台が変わるとその手のボケ毎回やるようになってんの!?」
「このホテルって食べるところ無いんですかね。アスピリンとか」
「レストランだろ! 解熱鎮痛剤食ってどうすんだよ!」
「でもアスピリンってカレーに入れると美味しいんですよ」
「それはカレーが美味いだけだろ! 何お前熱あんの!?」
「いえ、78℃なので平熱ですね」
「めちゃくちゃ熱あんじゃねえか! 死んでる体温だぞそれ!?」
「大丈夫ですよ。私平熱が78℃なんです」
「そうなの!? エタノールの沸点と同じだけど!?」
どんな平熱してんだよこいつ……。じゃあ高橋に触ったらめちゃくちゃ熱いってことか? 嫌だななんか触んの。いや別に平熱が36℃でも触りたくはねえけど。肌赤黒いし。
「さあ玄司様、準備をしてください。オトボケ村へ向かいますよ」
「向かわねえよ! マヨネーズの売れ行きとか知らねえし!」
「玄司様、ただのマヨネーズではありません。マヨネーズパフェです」
「知らねえって! なんだその気持ち悪いパフェ!」
「でも玄司様にヘルプが出たわけですから、そこは向かわないわけには……」
「話が進まねえから! まだ第2章入ったとこなんだよ! コボケ町でまだ何もしてねえんだから、さっさとメインクエスト始めさせろよ!」
「絵キングベストですか?」
「メインクエストだよ! なんだ絵キングベストって! 絵キングのベストアルバムとか興味ねえわ!」
「キングオブカリグラフィーっていう曲が表題曲ですよ」
「なんで書道なんだよ! そこは絵であれよ!」
本当に意味不明だなこいつは……。そもそもオトボケ村での役目は終わったって言ったの高橋じゃねえか。それ信じてコボケ町に出て来たのに、なんですぐ戻されなきゃいけねえんだよ。いや徒歩10分ではあるんだけどさ。近所なんだけどさ。
「仕方ないですね。ならオトボケ村に戻るのはやめて、町に出ましょう。この町には大道芸人が多いので楽しめると思いますよ」
「そうなのか? 大道芸人か……。何人くらいいるんだ?」
「大体6人に1人は大道芸人ですよ」
「多すぎるだろ! そんなうつ病患者みたいな割合でいんの!?」
「コボケ町は大道芸人が集まる町で有名ですので。アメリカ中から大道芸人が集まって来るんです」
「アメリカからなの!? ボケルト王国じゃなくて!? 何さらっと異世界転移させてんだよ!」
「ボケルト人は大道芸を見慣れていないので、大歓声ですよ! テノールですけど」
「低いな! もっと高い声で歓声上げてやれよやりにくい!」
「さあ行きましょう玄司様!」
「テノールの歓声が響く町とか嫌だけど……。まあ一生オトボケ村編やるよりはマシか。よし、行こう」
俺は高橋を連れてホテルのドアを開け、階段を降りて外に出た。なんか爽やかな空気だな。ボケルト王国ってこんなに空気良かったっけか。
……あ、違うわ。部屋がクサヤの匂いしてただけだわ。ちょっと他のホテル無いか後で高橋に聞いてみよう。いやでも高橋がホテル決めたらまた手形とか魚拓とかやりそうだな。どうしようか……。
そんなことを考えながら歩いていると、町の人々が俺の方を見ているのに気づく。なんだ? 俺が異世界人だから見られてるのか? いや高橋かな。どっちにしろ気持ちのいいもんじゃないけど……。
すると1人の男が俺に向かって話しかけてきた。
「あの……。もしかして、あなたがボケルト王国を救うと言う、救世主様ですか……?」
「え? あ、ああ。一応そう言われてるけど……」
「やっぱりだ! みんな! 救世主様が来たぞ! シ・ロカネゲンジ様だ!」
「区切るとこが違えよ! 高橋の最初のボケがなんで広まってんだよ!」
「あ、玄司様がボケルト王国に来た初日の夜に私が広めておきましたよ」
「また余計なことしてんじゃねえか! ほんとお前ろくなことしねえな!?」
そんなことを言っている間に町の住人たちが集まって来て、俺はいつの間にか宙に舞っていた。え、なんで俺胴上げされてんの? 結束力凄すぎるだろ。高橋の影響力ってこんなにあるのか?
困惑していると、同じく宙に舞っている高橋がこちらを向いた。
「玄司様、ほんの好奇心なんですが、大声で『止まれ!』って叫んでいいですか?」
「絶対やめろバカ! 落ちるだけだろ!」
「ああもう我慢できません! 全員止まれえ!」
高橋の声に驚いた住人たちは、俺たちを放り投げた瞬間に動きを止めた。おい、これ本当に落ちるやつじゃ……。考える間も無く、俺たちは地面に向かって落ちて行った。




