第33話 恐怖の部屋
「ええ!? なんだよこれ!?」
「も、申し訳ございません! このオフトン、確認不足だったかもしれません!」
「お前オフトンって言うの!? めちゃくちゃ眠れそうな名前だな!」
しかしなんだよこの赤い手形……。めちゃくちゃホラーな光景じゃねえか。今までアホみたいなやつしか出て来なかったのに、コボケ町に来た途端これか。えらく雰囲気が変わったな……。
「い、一体誰がこんなことをしたのでしょう……? 我がホテル、草履リゾートには幽霊など出ないはずなのですが……」
「ここ草履リゾートって言うの!? 確かにここ来るまでの道のり草履激戦区だったけど!」
「玄司様、お土産コーナーに草履型天気占い器がありますよ。買って行きますか?」
「買わねえよ! それただの草履じゃねえの!?」
呑気な高橋の隣で、オフトンはかなり慌てているようだ。まあそりゃお客様を案内した部屋がこんなホラー部屋だったら慌てるわな。ホテルの評判も下がるだろうし。
「こんなことは我がホテル創業以来初めてでございます! すぐに他の部屋を用意して参ります! しかし本当に一体誰がこんなことを……」
「あ、私です」
「お前だったのかよ! ほんっと余計なことしかしねえなお前! ていうかどうやって先にこの部屋に侵入したんだよ!?」
「いやあ、昨日ウメボシの家で玄司様が眠ってから、ちょちょっとこのホテルまで侵入して、手首を切って出た血で手形を付けたんです」
「ああちゃんと血ではあるんだ! 知らねえぞお前めちゃくちゃ賠償請求されるんじゃねえの!?」
「大丈夫ですよ。私の血にはビタミンCが多く含まれています」
「だから何なんだよ! 今ビタミンの有無は聞いてねえわ!」
ほんと何やってんだよこいつ……。オトボケ村からわざわざコボケ町のこのホテルまで夜中に歩いて来て、ホテルに侵入して手形付けたのか? なんでだよ。何が目的なんだよ。オトボケ村に引き続きトラブルの原因こいつなのかよ。もうこいつをどうにかしてやればボケルト王国は平和な気がしてきたわ。
「では玄司様、早速部屋に入って休みましょう」
「嫌だわ! お前のせいで部屋めちゃくちゃホラーになってんだぞ!? 休まらねえよ!」
「でも私の血ですよ?」
「関係ねえよ! 誰の血でも嫌だわ!」
「全く玄司様はワガママですね。ではオフトンの言うように違う部屋に行きましょう。3階の603号室がいいんじゃないですか?」
「ここの部屋番号どういうルールで決まってんの!? てかお前、まさか603号室にも何かやってんじゃないだろうな?」
「もちろん私の魚拓を貼り付けてありますよ」
「やってんじゃねえか! なんだお前の魚拓って! お前魚類だったの!?」
「ミノカサゴの仲間ですよ」
「そうなんだ!? 知らなかったわごめんな!?」
なんでこいつ魚類なんだよ……。まあでもサルが両生類の世界だから、鬼が魚類でもおかしくないのか……。いやおかしいだろ。そもそも鬼が何類なのか知らないけど、少なくとも魚類ではないだろ。
「さあ玄司様、私の手形か私の魚拓か、どちらにされますか?」
「できればどっちも嫌なんだけど! お前の痕跡が無い部屋がいいわ!」
「し、少々お待ちください。今別のお部屋を探して参りますので……」
オフトンが慌ててフロントへ戻っていく。その背中を見ながら、高橋はポツリと呟いた。
「フライドガーリック……」
「そんな言葉呟くことある!? 香ばしいなおい!」
「いやすみません、考えごとをしていたもので」
「何を考えたらフライドガーリックが出て来るんだよ! 神妙に呟くなそんなこと!」
「いやあ、何故玄司様と一緒に旅をしていると、こうもトラブルに見舞われるのかと考えていたんです」
「お前のせいだよ! 今のところ全部お前がやらかしてんだわ!」
「ですが玄司様、負けないでくださいね! 私が着いていますから! ナイト!」
「『ファイト』だろ! ナイトは夜だわ!」
「いえ、騎士の方です」
「ああ語頭にkが付いてたのな! 分かるかそんなもん! そもそもなんでお前ちょいちょい英単語知ってんだよ!」
「これでも私英検4級ですから」
「誇れねえよそんなもん! ……ああいや異世界人って考えたらすげえのか! めんどくせえなあもう!」
高橋のアホな会話に付き合っていると、オフトンが満面の笑みで戻って来た。お、ちゃんと別の部屋見つかったのか? 良かった……。まともな部屋に泊まれそうだ。
「お客様、お待たせいたしました! 別のお部屋にご案内いたしますね!」
「助かるわ。こんな手形付いた部屋で眠れねえもんな」
「でも私の手形ですよ?」
「だから関係ねえってそれ! 誰の手形でも嫌だって!」
「それではご案内いたしますね。お部屋は9階の938号室です」
「どっかで聞いたことある数字! おいその部屋は何も無いんだろうな!?」
「お部屋はとても綺麗でございます! 私が確認いたしましたので、そこは保証いたしますよ」
「本当だな!? 高橋、お前も何かやってねえだろうな」
「大丈夫ですよ。ちょっとクサヤの匂いがするだけです」
「やってんじゃねえか! お前なんでそういうことすんの!?」
「動画の再生回数が上がるんですよ」
「ああお前迷惑系なんだ! もう救世主のサポート役降りたら!?」
結局俺たちは、クサヤの匂いがする部屋に泊まることになった。明日になったら香水とか探しに行こうかな……。
部屋に入って鼻をつまみながら休んでいると、フロントから電話が入った。




