第32話 チェックイン
ホテルに入ると、立派なフロントデスクに立つスーツ姿の男が俺たちを出迎えた。
「いらっしゃいませ。ご予約の血液型をお伺いいたします」
「何を確認してんだよ! 大体そういう時は名前だろ!」
「あ、金型です」
「お前血液型金型なの!? 前花形とか言ってなかった!? 血で自動車部品とか作ってたりする!?」
「カタカタとパソコンで検索いたします。金型の方ですね。片側の肩に堅物の方が憑いているみたいですが、固いもので形を変えますか?」
「どんなセリフだよそれ! カタカタうるせえなお前!」
ホテルマンはパソコンの画面とにらめっこしていたが、少しすると残念そうに顔を上げた。ていうか当たり前みたいにパソコンあるのな。異世界って設定忘れそうだわ。
「大変申し訳ございませんが、お客様のご予約が見当たらないのですが……。どちらのサイトからご予約されましたか?」
「後回しトラベルから予約したんですけど、ありませんか?」
「じゃあ絶対ねえよ! なんだそのネーミング! お前の予約多分1ヶ月ぐらい放置されてるわ!」
「後回しトラベルですと、すぐ予約が入るはずなのですが……」
「そんなわけねえだろ! 名前見ろ名前!」
ていうか高橋、予約してる前提で話進めてるけど、本当に予約してんのか? こいつがそんなに手際良いとは思えないけど……。
「すみません、実は予約してないんです。でも私が泊まってあげるんですから、いいですよね?」
「なんで上からなんだよ! 下手に出ろこういう時は!」
「はい、問題ございません。ではこちらの石版に必要事項をご記入ください」
おお、石版とか出て来たぞ。これはちょっと異世界っぽいな。しかしやっと異世界らしいアイテムか……。今までの異世界要素どこだったんだよ。動物が喋るところぐらいしかねえだろ。
「玄司様、助けてください。この石版非常に書きにくいです」
「まあ石版だから書きにくいのはそうだろうけども。どんな感じなんだ?」
「見てください、黒曜石でできているのでインクが馴染んで分からないんです」
「なんで黒曜石なんだよ! 真っ黒なもんに黒いインクで書かせんなよ!」
「大変申し訳ございません、そろそろこの辺で異世界感を出しておかないと困るかと思い……」
「余計な気遣いだしメタすぎるわ! この場合は宿泊させることを優先しろよ!」
「私が魔法とか使えたら良かったんですけどね。なんせ私普通の人間なので、魔法とか使えないんです。名前も高橋ですし」
「お前が普通なの名前だけだよ! あと全部バケモノだわ! 改めて聞くけどなんでお前その見た目で名前高橋なの!?」
「玄司様は魔法が使えるとしたら、どんな魔法がいいですか? 私は水に砂糖を入れると甘くなる魔法がいいです」
「ただ砂糖水作ってるだけじゃねえか! 魔力そんなことに使うなよもったいない!」
「玄司様に似合いそうな魔法と言えば、ギフトラッピングを綺麗にできる魔法ですよね」
「それは経験でなんとかなるだろ! 魔力の無駄使いそろそろやめてもらえる!?」
「でも私が魔法を使えるとしたら、魔力は多い方だと思うんですよね」
「早くレジストレーション書いてもらえる!?」
どうでもいい話で時間も無駄使いした高橋は、ようやくレジストレーションを書き終えた。そういや高橋、フルネームで書いてたみたいだけど、下の名前はなんて言うんだろうな。聞いたこと無かったから、落ち着いたら聞いてみよう。割とどうでもいいから忘れそうだけど。
「それではホテルのご案内をいたします。まずお部屋が5階の308号室になります」
「階数と部屋番号はちゃんとリンクさせろよ分かりにくい!」
「本日より749泊、夜食付きのプランですね」
「2年と19日は泊まりすぎだろ! もっとスピーディーにいけよ! あとなんで朝食じゃなくて夜食なんだよ! 俺は受験生か!」
「玄司様、受験生なら2年もいたら受験期を過ぎてしまいますよ」
「分かってるわバカ! 例えで言ってんだよ! 分かれよ!」
「夜食は表立っては提供しておりませんので、キッチンに入って冷蔵庫からお好きなものをお取りください」
「じゃあ盗み食いじゃねえか! 何客に盗み食い勧めてんだお前は!」
めちゃくちゃだなこのホテル……。そもそも異世界にこんな普通のホテルがあるのが意味不明なんだけど。世界観とか知らねえのかなこいつら。まあでもこういう異世界もあるってことか。
「それではお部屋にご案内いたしますね。そこに置いてある自転車に乗ってください」
「サイクリングで行くタイプの部屋!? もうちょっと近いとこに無いの!?」
「お部屋自体は近いところにございますが、その方が楽かと思いまして。ちなみに階段を上る時は自転車が邪魔になりますので、自転車から降りて、持ち上げてください」
「じゃあチャリンコ要らねえよ! なんで1回跨らせたんだよ!」
「さあ玄司様、あの階段で5階まで行きましょう」
「なんでこの世界ってこんなに発展してんのにエレベーターの概念ねえの!?」
結局自転車には乗らずに階段を上り、5階の308号室まで辿り着く。ホテルマンがドアを開けると、そこには壁一面に赤い手形が付いていた。




