第30話 新たな旅立ち
カキアゲと別れ、まだシェルターにいたイドバタ三人衆にも一応挨拶をしてから、俺とたちはウメボシの家に戻ることにした。
ちょうど雨も止んで、晴れ間が見えてきている。しかしオトボケ村にはこの数日でかなり雨を降らせたな。このまま勝手に雨が降るようになったりしないものだろうか。
「玄司様、恐らくですが、もうオトボケ村は大丈夫ですよ。完全に大丈夫な状態を19とすると、今のオトボケ村は13.8です」
「全然基準が分かんねえわ! なんでそんな出てくる数字全部中途半端なの!?」
「このオトボケ村は、雨雲に嫌われていたのです。そこに玄司様のツッコミが雨をもたらしました。雨雲も嫌々ながら再びオトボケ村に雨を降らすシフトを入れたようです」
「ああ降雨ってシフト制なんだ!? バイトみたいに雨降るのな!?」
「つまり玄司様、私たちがここを離れる時が来たということです。離陸です」
「離陸してどうすんだよ! 飛行機か俺らは!」
いちいちボケを挟んでくるせいで話が掴みにくいが、要するに高橋が言いたいのは、俺のオトボケ村での役目は終わったということだ。てことは、この村とはもうお別れか……。
「オトボケ村は大丈夫……か。結局数日しかいなかったけど、ちゃんと救世主になれたのかな俺」
「大丈夫です。玄司様は立派な救世主棋士でした」
「俺いつ将棋したっけ!? 将棋でこの村救った覚え無いんだけど!?」
「今は一旦ウメボシの家に戻り、準備を整えて休んで食料をあらかた持ち出してから、明日次の目的地に向かって出発しましょう」
「何最後に食いもん荒らしてんだよ! 泥棒根性どうにかなんねえのお前!?」
「さあ玄司様、コボケ町が足を長くして待っていますよ!」
「首じゃなくて!? なんで無駄にスタイル良くなってんだよ!」
コボケ町……。ネーミングだけならオトボケ村よりはボケが弱そうだけど、実際はどうなんだろうか。異世界に来て剣も魔法も使わずにツッコミで色々解決してる俺だけど、こんな救世主他にいるのか?
まあでも、この世界ではこれが救世主なんだもんな。俺も自信を持ってツッコミを入れていかないと。
そんなことを考えながら高橋と歩いていると、いつの間にかウメボシが住むタワマンに着く。
「玄司様、ようやく合鍵を手に入れたのに明日でお別れなんて、寂しいですね。いっそここを私たちの別荘にするのはどうでしょう?」
「ここ人ん家なの知ってる!? むしろ早く出られて良かっただろ!」
「しかし玄司様、喉が乾きましたね。家中の水という水を出しまくりましょうか」
「嫌がらせが過ぎるわ! なんでお前最後に泥かけて出て行こうとしてんの!?」
「玄司様、私がかけようとしているのは泥ではありません。迷惑です」
「分かってるわ! 迷惑な自覚あるならもうちょっと自重しろよお前!」
酷い根性してんなこいつ。どう育ったらこんな丁寧語で喋る泥棒が生まれるんだよ。親の顔が見てみたいわ。
「玄司様、私の親の顔は大体イドバタBと一緒です」
「じゃあお前の親イドバタBと同じじゃねえの!? 生き別れた姉弟!?」
「母親は同じなんですよね」
「父親は違うのかよ! 複雑な家庭事情!」
「母親が同じだと、結婚はできないんですかね?」
「お前まだイドバタBのこと好きなのかよ! 何が理由で!?」
ずっとアホな高橋と話していると、いつの間にか夜になってしまっている。もう寝よう。明日の出発の準備をして……って言っても俺の荷物なんかほとんど無いから、特に準備するものも無いんだけど。
ウメボシは夕飯にコーンフレークを出してくれた。なんでコーンフレークなんだよ。最後の夜なんだからもうちょっと豪勢にしてくれたっていいじゃねえか。最後までアメリカ人みたいな飯だったな。
ウメボシが敷いてくれた布団に入り、頭の後ろで手を組んで天井を見つめる。視界の端にある生き返りゲージは20パーセントまで溜まっていて、俺の生き返りもそう遠くはなさそうだ。
……でもなんで俺こんなとこでこんなことしてるんだろうな。ただピアニストを目指して練習してただけなのに、神の手違いで命を落として、仮の命を与えられて異世界に転生させられた。ツイてねえなあ。
でも、ここで救世主として扱われているからには、しっかりその使命も果たしてやりたい。オトボケ村で出会った人たちは、みんないい人ばかりだったしな。高橋は除いてだけど。こいつ泥棒だし。
「玄司様、考えごとですか? 学校に強盗が入って来たのを自分がやっつけるとか」
「そんなこと考えてねえわこの歳で! 俺23だよ!? その妄想は卒業済みだわ!」
「玄司様、先行き不安かもしれませんが、大丈夫です。私がついていますからね」
「だから不安なんだけど! よく考えたらこの村で起こった事件大体お前のせいじゃねえか!」
「ではおやすみなさい」
「聞けよ!!」
すぐに眠ってしまった高橋に呆れながら、俺にも眠気が襲って来る。もう寝よう。明日は出発だからな。
そして翌朝。俺とブリッジ歩きの高橋は、ウメボシに見送られていた。
「いやなんでブリッジ歩きなんだよお前! 好きだなブリッジ歩き!」
「前も言いましたが、ブリッジ歩きは私の気合いの象徴なんです」
「言ってねえよそんなこと! バカじゃねえの!?」
「救世主様、お気をつけてのう。これは少しじゃが、ワシからの贈り物ですのう」
「おお、ありがとう。なんだこれ?」
「これはフルーツグラノーラですのう」
「もういいってそういうのお前! 牛乳かけて食べるもんしか置いてねえの!?」
「では行ってらっしゃいですのう」
「ほんとお前ら話聞けよ!!」
こうして俺たちはオトボケ村を後にし、次の目的地、コボケ町に向かって歩き出した。




