第29話 カキアゲと雷
カキアゲはイドバタ3号の言葉を聞いて、烈火のように怒り出す。
「何を言ってるのよあなた! 私が遅れて来るわけないでしょ! ヒーローじゃあるまいし!」
「ポジティブな遅れ方想像してんな! 遅刻はそんないいもんじゃねえだろ!」
「でも救世主様、実際あたしたちはちゃんと時間通りに仕事をしたんだよ。夕方になって上がったら、このカキアゲが出勤して来て、あたしたちを追いかけ始めたのさ。まるで戦死した先輩ヒーローの背中を追いかける後輩ヒーローのように」
「だからそんないいもんじゃねえだろ! なんで例えが全部ヒーローなの!?」
どうも言い分が食い違ってるな……。でも実際時間的にはもう夕方。どう考えてもイドバタたちの言うことが正しいような気がするぞ。カキアゲは夕方に出勤して来たのに、自分では時間通りに来たって言ってるわけだからな。
「だから言ってるんです、カキアゲが思い違いをしてるって! 分かったら救世主様、さっさと私たちイドバタを助けてくださいね。せっかく助けられてあげるんですから」
「なんでめちゃくちゃ上からなんだよ! 東京タワーとかから見下ろしてない!?」
「玄司様、その場合はスカイツリーからの方が見下してる感が出ますよ」
「うるせえなどっちでもいいわ! なんでお前がスカイツリーとか知ってんだよ!」
「確か高さが938メートルあるんですよね」
「そんなにねえよ! なんだ938って! クサヤじゃねえか!」
そんな語呂合わせで日本一高いタワーができてたまるかよ。干物の語呂合わせでできたタワーとか誇れねえわ。匂いもキツそうだし。
いやそれはどうでもいいんだけど、カキアゲがなんで思い違いをしてるのかを聞き出さないと。
「イドバタ、カキアゲの言い分に心当たりは無いのか?」
「あたいはイドバタじゃないだわよ。イドバタ3号だわよ」
「分かったよめんどくせえな! で、心当たりは無いのか?」
「あるっちゃあるだわよ。噂程度でしか無いけど、カキアゲは認知症らしいだわよ」
「若年性アルツハイマー!? じゃあもう完全にイドバタたちが正しいじゃねえか!」
「玄司様、カキアゲはああ見えて4万80歳です」
「ああオトボケ村の平均年齢底上げしてたのこいつだったんだ! そりゃ認知症にもなるわ!」
じゃあこいつもウメボシが住んでるババアズタワー280に住んでんのかな。30階だけバカみたいに部屋数あるから、普通にあり得る話ではある。だとしたらこいつずっと近くにいたんだな。なんか嫌だな。
「救世主様、カキアゲの認知症を治しておくれよ! あたしたちはカキアゲの言いがかりで困ってるのさ!」
「無理言うなよお前! 認知症治せたら俺ノーベル賞取れるわ!」
「玄司様、そこは芥川賞では?」
「そんなわけねえだろ! それ取ってたら多分俺創作の世界でだけ認知症治してんだろ!」
「え? あなた認知症を治せるの? ならぜひお願いしたいわ!」
「お前はお前で認知症の自覚あったのかよ! ならもっと早く対処しろよ!」
「何を言ってるの? 認知症なのは私じゃなくて、私の玄孫よ。こんなに若い私が認知症になるわけないじゃない」
「玄孫の方が若いに決まってんだろ! なんでお前それで自分は認知症じゃないと思えんの!?」
「玄司様、カキアゲの玄孫の名前は5代目カキアゲです」
「ああカキアゲって襲名性なんだ!? 歌舞伎役者みたいだな! ……いやなら初代は名前変わってろよ! 何増殖させてんだよ!」
そんなことを言っていると、突然空が曇り出す。真っ黒な分厚い雲が空を多い、大雨が降り出した。遠くでは雷まで鳴っている始末。
このタイミングでツッコミの影響が出るのか……。それにしても今までツッコミで降らせた雨よりもかなり激しいな。早く避難しないと。
「なんだいこの雨は!? いきなり降り出すなんて、聞いてないよ!」
「本当にそうです! 私たち、今日全くツイてないですね! まるでニューハーフ!」
「ツイてないってそういう意味じゃねえだろ! てか早く避難しろよ! 呑気か!」
「そうだわよみんな! 避難するわよ! こんな時のために用意しておいたシェルターがあるだわよ!」
「用意しすぎだろ! スコールでシェルターは大袈裟にもほどがあるわ!」
結局イドバタ3号が近くのシェルターまで案内してくれて、俺たちは無事雨宿りをすることができた。すると高橋が俺の脇腹を引っ張ってくる。
「なんでお前脇腹引っ張るんだよ! そういう時は腕とかだろ普通!」
「見てください玄司様! 水も滴るニートの子ですよ!」
「いい男だろ! なんだニートの子って! 天性の引きこもりじゃねえか!」
「玄司様、ニートの子が引きこもりとは限りませんよ。もしかしたら親を反面教師にして、立派な整体師になってるかもしれないじゃないですか」
「知らねえよバカ! そんなことで今議論してねえんだわ! ……あれ? そういやカキアゲは?」
人数を数えても、俺と高橋、それにイドバタ三人衆の5人しかいない。カキアゲは逃げ遅れたのか? え、大丈夫かあいつ。結構雷鳴ってたけど。
「イドバタ、俺ちょっとカキアゲ連れて来るわ!」
「私はイドバタじゃないですよ救世主様! イドバタBです!」
「もううるせえなお前ら! 名前変えろ全員!」
「玄司様、私も行きますよ。私実は水を体に含むと増えるんです」
「お前乾燥ワカメか何か!? まあいいわ! アホなこと言ってねえで着いて来い!」
高橋と一緒に再び外に出て、さっきまでいたところに戻る。するとカキアゲは、そこにいないイドバタたちにまだ文句を言っているようだ。幻覚まで見えてんのか……。結構な重症じゃねえか。早くシェルターに連れて行かないと、風邪引いちゃうな。さっさと連れて行こう。
「おいカキアg……」
声をかけようとした瞬間、カキアゲに向かって一直線に雷が落ちた。
「おいカキアゲ! 大丈夫かお前!」
「……ええ大丈夫よ。おかげで頭がスッキリしたわ。どうやら認知症が治ったみたいね」
「ええ!? そんな漫画みたいなことあんのかよ!?」
「玄司様、そもそも私たちは小説のキャラクターですよ」
「メタすぎるだろ! そのボケは自重しろバカ!」
カキアゲはプスプスと煙を上げながら俺の方に近づいて来て、俺の手を握った。
「ありがとう。やっぱりあなたは救世主なのね。私の認知症と頻尿を治すなんて」
「頻尿も治ってたのかよ! めちゃくちゃ年寄りじゃねえかお前!」
「本物の救世主様に出会えて光栄だわ。ねえ救世主様、お願いがあるの。このボケルト王国を、拭って欲しいの」
「救って欲しいじゃなくて!? なんだ拭うって! 血か!」
カキアゲは細かいボケを入れながら、真面目な顔で話し続ける。よくその内容で真面目に話せるなこいつ。情緒が行方不明だわ。
「ボケルト王国の王都、オオボケには、私たちボケルト人に笑いを禁止している王様がいるの。その王様から、私たちに笑いを取り返して欲しいのよ」
「なんだそれ……。こんなにボケるやつばっかりなのに、笑いを禁止? そんな王様がいるのか」
「そうです。だから玄司様のツッコミは、この世界を救うのです。まるでポイのように」
「そんなスーパーボールみたいに救わねえだろ! 物理的な話してねえから今!」
でもこのカキアゲの話で、ボケルト王国を救うっていう言葉の、本当の意味が見えてきたな。その王様をなんとかすればいいんだな? 思ったより壮大な話になってきたぞ……。




