第21話 教師のトラウマ
今こいつ、お断りって言ったか? なんでそうなるんだよ。こいつはあらゆる学問に精通してる教師じゃないのか? なら教えてくれたっていいのに。
「ですって玄司様。帰りましょう」
「諦め早すぎるだろお前! もうちょっと粘れよ!」
「そうは言われましても、たった今断られましたので。どうしようもありません」
「どうにかしようはあるだろ! なんでこいつが断ったのか、理由を聞かないと始まらねえわ!」
「そうだゲートウェイ! オイラは経営学を学んで、温泉事業と整骨院を成功させなきゃいけないんだゲートウェイ!」
「整骨院は初耳だわ! お前なにしれっと違う事業やろうとしてんの!?」
「だってもし温泉事業が上手くいかなかった時の保険が必要だゲートウェイ」
「ならなんでどっちも起業なんだよ! どっちかは上手くいく前提なのは何!?」
変なとこでポジティブなんだなこいつ。いやポジティブなのはいいんだけどさ、2つ同時に起業しようとしてるのはチャレンジャーすぎるだろ。保険ならもうちょっと安定した職を探せよ。
まあそれはいいや。この教師が経営学を教えるのを断った理由、そいつを聞かないとな。
「教師よ、何故私たちに経営学を教えないのですか? 私たちはあなたの元で学んであげると言っているのですよ?」
「なんでお前ちょいちょい上からなの!? 教えてもらう立場だよね!?」
「コインランドリーは無闇に人に学問を教えたりしないんだ。コインランドリーにはコインランドリーなりのプライドがあるからね」
「一人称のせいで文字数が多いんだよお前! 読みにくいわ!」
「では教師よ、その綱糸というのを私たちに言ってみてください」
「プライドだろ! 綱か糸かはっきりしろよ!」
教師は深く息を吐くと、やれやれと言った感じで話し出した。
「コインランドリーは、過去にとある生徒に経営学を教えたことがあったんだ。でもその生徒は、このマヨラーだらけの村でウスターソース専門店をやって、大失敗した。そしてその失敗をコインランドリーのせいにしてきたんだ」
「アホなやつだなおい! しかし酷いことすんな。一体誰がそんなことを……」
「あ、私です」
「お前だったのかよ! なんでお前ウスターソースなんか売ったの!?」
「いやあ、ウスターソースってしゃばしゃばしてるじゃないですか。だからです」
「何の『だから』なんだよ! なんでそれが理由になると思ったのお前!?」
てことはこの教師が経営学を教えたくないのは、平たく言うと高橋のせいってことか。ほんっとこいつ余計なことしかしねえな! ずっと邪魔じゃねえか! 何が救世主を導く存在だよ!
「そういうわけで、コインランドリーは君たちに経営学を教えることはできない。すまないが、おひき肉食べよう」
「もしかしてお引き取り願おうって言いたいの!? なんか知らねえけどハンバーグとか作りそうになってるけど!?」
「救世主様、このままじゃオンセンの事業が上手くいかないよ。ボクの予備のオーロラソースをあげるからなんとかしてよ!」
「持て余すわ! フタコブのオーロラソースは要らねえけど、確かになんとかしてこいつを説得したいな」
しかしどうしたらいいんだ。要するに、この教師からしたら経営学を教えること自体がトラウマになってるってことだろ? ならそのトラウマを克服させたいところだけど……。
「玄司様、私にいい考えがあると思いましたか?」
「ねえのかよ! じゃあ喋んなお前! 元凶なんだから!」
「オイラはどうしてもこの温泉事業を成功させたいんだ! お願いだよ救世主様! この教師をどうしてもいいから、経営学を教えるよう説得してよ! 釘バットでボコボコにして無理やり教えさせるとか、バイクで両足を轢いて動けなくして教えさせるとか!」
「発想が怖すぎるわ! 何お前川崎出身!?」
「玄司様、日本で1番ヤンキーが多いイメージのある県は茨城県です」
「うるせえなどうでもいいわそんなの! なんでお前そんなしょうもないことだけ知ってんの!?」
「き、君たち、コインランドリーに何をしようって言うんだい!? 校長先生に言って退学にしてもらうよ!」
「まず入学してねえんだよ! ああもう、アホしかいねえなボケルト王国! どうすりゃいいんだ……」
「玄司様、何もそこまで必死にならなくてもいいのでは? 根本的なことを言うと、オンセンの事業は私たちに直接の関係はありません」
「今それ言うお前!?」
だが高橋の言うことには一理ある。というか、俺がオンセンの事業を成功させることに必死になっているのは、別に純粋な善意からじゃないんだ。こいつの事業が成功すれば、アドバイザー料としていくらかもらえるんじゃないかっていう魂胆があるんだけど……。
そんな腹の中を言ってしまうと、救世主としての信頼が失われてしまう。実際生きていくためにはお金が必要だから、人助けついでに少しもらえれば……くらいの気持ちではあるが。
すると高橋が俺の肩甲骨に向かってひそひそと話しかけてきた。
「お前そういう時は耳元だろ! なんで肩甲骨なんだよ!」
「玄司様、私は玄司様がオンセンの事業に手を貸してアドバイザー料をもらおうとしていても、幻滅したりしませんよ」
「なんでお前俺の考えてること全部分かってんの気持ち悪い!」
「以前にも言ったと思いますが、私は玄司様の精神体ですので、考えていることぐらい分かります」
「初耳だわ! 前は俺の思考トレースしてるとかそういう話だったろ!」
「大丈夫です玄司様。救世主が自ら事業を手伝ったとあれば、アドバイザー料ぐらい自然に入ってきます。今はこの教師を説得することに集中しましょう。P.S.」
「P.S.で終わんなよ! 追伸がある時に使うんだよそれは!」
まあでも、高橋は俺の味方だってことだな。別に俺も悪いことを考えてるわけじゃないし、高橋が言うようにとりあえずこの教師を説得するか。




