第20話 本題
「君たち、コインランドリーに何か用かい?」
「コインランドリーには用はねえよ! ……ああ一人称なのか! ややこしいなあ!」
「玄司様、『コインランドリー』はボケルト王国では立派な一人称です。少し古いですが」
「そうなの!? え、ちょっと分かりやすく日本語で言うとどんな一人称なのか教えてくれよ」
「それを私に言われても困ります。私はボケルト人なので……」
「お前地球のことめちゃくちゃ知ってるじゃねえか! なんでこれは知らねえんだよ!」
なんだこいつ本当……。どんな知識の偏り方してるんだよ。高橋が地球の何を知ってて何を知らないのかとかまとめといて欲しいわもう。
そんな時、頭の中に低く重厚な声が響いた。
『あけましておめでとうございます』
「なんで今正月の挨拶したんだよ! え、今ボケルト王国って正月なの!?」
『ああ、久しぶりに会う者への挨拶はこれではないのか。人間の言葉は複雑だな』
「お前が間違って覚えてるだけだろ神この野郎! どうしたんだよ急にお前」
『城金玄司よ、私が『コインランドリー』が日本語の一人称で言うとどれに当たるのかを教えてやろう』
「お前もっと重要な時に出て来られなかった!? この話割とどうでもいいぞ!?」
『『コインランドリー』は、日本語で言うと『あーし』だ』
「ギャル語なんだ!? 高橋が古いって言ってたのは古のギャル語ってこと!?」
「ああそうですよ玄司様。これで玄司様にもどれぐらい『コインランドリー』が古い一人称か分かっていただけましたか?」
「中途半端に古いな! 10〜20年前に流行ったとかそういうやつじゃねえの!?」
なんで『あーし』と同じ扱いなんだよ……。いやだとしたらこいつが『あーし』を使ってんのめちゃくちゃ意味不明じゃねえか。なんでそうなったんだよこいつ。
いやそれはどうでもいいわ。そんなこと考えてる場合じゃない。俺たちはオンセンの温泉事業に役立てるために、経営学を学びにきたんだ。それをこの教師に伝えないと。
「君は一体……。今1人で話していたようだったが……」
「え、あの神の声聞こえてねえの? でも高橋は聞こえてるんだよな?」
「何言ってるんですか玄司様。神の声は玄司様にしか聞こえませんよ。私も雰囲気で合わせてるだけです」
「そうだったの!? じゃあ初対面の時に急に態度変えたのとかも雰囲気で察したのか!?」
「玄司様のリアクションからなんとなく内容を推察して、それに合わせたリアクションを取っていただけです。それが上手くいっていたか分かりませんが」
「めちゃくちゃ上手くいってたわ! お前すげえな! でも神の声聞こえないなら早く言えよ!」
高橋にはこの神の声は聞こえてねえんだな。まあどうせこいつ大したこと言ってねえからいいんだけどさ。
……いやだからそんなのはどうでもいいんだよ! 早く本題に入らないと。
「ちょっと待って。君、神の声が聞こえるのかい?」
「ん? ああ、まあ一応な」
「玄司様、ちゃんとこのボケルト王国の神とは別の神だと説明しないと、焼き芋の焼き方を教えさせられることになりますよ」
「ああそうだったわこの世界の神は焼き芋の神なんだもんな! めんどくせえなあ!」
「救世主様、早く本題に入るゲートウェイ。オイラはもう窓ガラスを割って回りたくて仕方ないゲートウェイ!」
「昭和のヤンキーみたいな学校生活だな! まあでも本題に入らないといけないのはそうだな」
改めて教師の方に向き直ると、教師は何故か廊下に頭を擦り付け、土下座のような体制になっていた。
「ま、まさかあなた様が救世主だったとは……! ご無礼をお許しください!」
「ええ……。いやいいんだよそんなの。どう見ても不審者だからさ俺ら。鬼と喋るラクダと喋るサル連れてるやつなんか、疑って当たり前だろ。そんな畏まった態度やめてくれよ」
「そうかい? なら元に戻させてもらうよ」
「切り替え早すぎるだろ! もうちょっと畏まれ!」
まあ俺が救世主だなんだってのは本当にどうでもいいんだ。確かに俺はこのボケルト王国を救う使命も託されてはいるけど、本来の目的は生き返ることだからな。
「それで救世主様、改めて聞くが、コインランドリーに何の用だい?」
「ああ。ちょっと頼みがあってな。実は……」
「スパイラルパーマをかけた時のヘアセットについて教えて欲しいんです!」
「どうでもいいわそんなこと! ていうかお前ヘアセットに明るいって話どこ行ったんだよ!」
「スパイラルパーマをかけている時は、絶対にヘアオイルが必須だね。ドライヤーをする前にオイルを塗った方がいい」
「なんでお前もスっと答えられんだよ!」
「玄司様、ここは美容専門学校ですよ」
「ああそうだったわ! なら答えられても不思議じゃねえけども! 今そんなこと聞いてねえんだよ!」
俺はオンセンの後ろに回り込み、そのままオンセンをずいっと前に押し出した。
「こいつがこの村で温泉事業をしようとしてるんだけどさ、経営戦略に困ってるんだよ。それでこの高橋から、この村にはあらゆる学問に精通した教師がいるって聞いて、お前に会いに来たんだ」
「なるほど……。それでコインランドリーに経営学を教わりたいと」
「そう! 話が早いじゃねえか。さっさと話してれば良かった」
こんなにトントン拍子で話が進むんだな。高橋のせいでなかなか本題に入れなかったけど、本題に入れたらスっといくんじゃねえか。まじ高橋さっさと喋ってろよバカ。
教師は少し考えた後、俺たちに向かって再び口を開いた。
「すまないが、お断りだ」
……え?




