第11話 役所訪問
満員の客席に向かって一礼し、ステージ上の俺はピアノに向かう。息を吸って弾き始めると、静寂にピアノの音色だけが響き渡っていく。
心地よい空間。みんなが俺の演奏を聴いている。遂に俺は、ピアニストになる夢を叶えたんだ!
『ほう、それがそなたの夢か、城金玄司よ』
「うわあ! お前演奏中に話しかけてくんなよ神この野郎! びっくりするわ!」
『その楽器……Ti Amoとか言ったか?』
「ピアノだわ! なんだそのロマンチックな楽器は!」
『なかなか良いものだな。だが城金玄司よ、これはそなたの夢であり、そなたの夢だ』
「何言ってんだ!? なんで同じこと2回繰り返したんだよ!」
『いや、これは同じ意味ではない。この空間は、そなたが眠っている間に見ている夢だということだ』
神の声がそう言った瞬間、俺は目を覚ました。なんだ、あのステージは夢だったのか……。せっかくピアニストになる夢を叶えたと思ったのに。まあそう上手くは行かないか。
外はもう明るくなっており、ギャァー、ヴワァァーと鳥の鳴き声が聞こえてくる。いやなんでハゲタカの鳴き声なんだよ。世紀末か。
「しかしもう朝か……。ぐっすり寝てたみたいだな俺。……あれ、高橋どこだ?」
周りを見渡すが、高橋の姿が見当たらない。どこ行ったんだあいつ……。もう起きて朝飯でも食ってんのかな? じゃあ俺も起きるか。
眠い目を擦りながら起き上がり、ドアを開けようとノブに手を伸ばすと、そこにはドアで壁倒立をしている鬼のようなバケモノの姿があった。
「うわあああ!! おいこら高橋お前何してんだよ!!」
「おはようございます玄司様。爽やかな朝ですね」
「どこら辺が!? 朝から鬼が壁倒立してるんだけど!?」
「いやあ、私壁倒立しないと寝付けないんですよ。ちょっと寝相が悪いくらいに思ってください」
「なんだその特殊な寝方は!? 新手のフラミンゴか!」
高橋のせいで一気に目が覚めてしまった俺は、とりあえずダイニングへ向かった。ウメボシはもう起きていて、どうやら食事をしているようだ。隣の席にさり気なくボケルトラクダも座っている。マヨネーズを直飲みしてるから、とりあえず見ないことにした。
「おはようウメボシ」
「おはようですのう救世主様。昨日はよく眠れましたかのう」
「ああ、おかげでな。ウメボシは何食ってるんだ?」
「ベーコンとスクランブルエッグ、あとシリアルですのう」
「アメリカの朝飯! お前ババアなんだからお茶漬けでも啜ってろよ!」
「救世主様も朝食にされますかのう。フォーかバインミーどちらにされますかのう」
「なんで俺だけベトナムの飯なんだよ!」
本当に出て来たバインミーを齧っていると、高橋がブリッジ歩きで現れた。
「おい高橋お前何してんだ! なんでブリッジ歩きなんだよ!」
「いやあ、起き上がるのが面倒で。立って歩くとしんどいじゃないですか」
「絶対ブリッジ歩きの方がしんどいと思うぞ!?」
「ウメボシ、私も朝食にしていいですか? 卒業アルバムのソテーが食べたいです」
「思い出をソテーすんな! どんな味すんだよそれ!」
「寄せ書きのページでチョコの味がしますよ」
「なんでクラスメイト全員チョコペンで寄せ書き書いてんだよ! 製菓学校か! ……いや製菓学校でもしねえわ!」
とりあえず高橋と一緒にバインミーを食べ終わり、ラクダを抱き上げて玄関に向かう。ウメボシも俺たちの後ろに着いてきていて、どうやら見送ってくれるようだ。
「じゃあウメボシ、行ってくるよ。このラクダの誤解を解いてくる」
「お願いしますのう救世主様。村長にもボルシチ言っといて欲しいのう」
「よろしくじゃなく!? いきなりロシア料理言われても村長困るだろ!」
「玄司様、ボルシチはウクライナ発祥ですよ」
「知らねえようるせえな! なんでお前がウクライナとか知ってんだよ!」
「救世主様、早くボクの誤解を解きに行こうよ! 早くしないとこのマヨネーズ飲み切っちゃう!」
「お前本当に誤解解く気ある!? マヨネーズ泥棒の容疑かけられてんだぞ!?」
とりあえずウメボシの家を出てタワマンのスロープを下り、かなり疲れながら外に出た俺たちは、村長がいる役所を目指すことにした。
「役所って門番のハラマキが働いてたとこだよな。パチンコ台設置したとか言ってたけど、本当にまともなんだろうな……」
「大丈夫だと思いますよ。私いつもこの村に裏口から侵入してマヨネーズを拝借してますけど、役所の人たちは良くしてくれます」
「じゃあダメなんじゃねえの!?」
「ねえ、ボクのマヨネーズ無くなったんだけど、新しいの買ってもいい?」
「好きにしろよめんどくせえな! なんでこの世界マヨラーばっかりなの!?」
アホなことを言っていると、木造の大きな建物が見えてきた。良かった、ちゃんと村っぽい建物なんだな。最初にタワマンとか見たからちょっとビビってたけど、ようやくここが異世界なんだと理解できる。
俺たちは役所に入り、受付で村長に会いに来たことを伝えた。村長だから忙しいのかと思ってたけど、なんかすぐ会えるらしい。思ったより暇なのかな?
村長室と書かれた部屋のドアをノックし、俺たちは中に入る。
「そこじゃ! 差せ! 差せ!」
そこには、ラジオを聞きながら一心不乱に丸めた新聞を振り回すジジイがいた。




