290. 呼ばれざる客の饗宴
※多少の残酷表現があります。
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パシンっ! 派手な音がして、空間を支配する空気が弾ける。ぽたりと赤い血が滴った。
ルシファーに内在する魔力を外に出すことが出来ずとも、身体の強化は可能だ。これらは身の内の魔力をそのまま身体に変革をもたらす力として作用する。伸ばした爪で己の手のひらを切り裂いた。伝う血が魔法陣の上に落ちると、膨大な魔力が外へ流れ出す。
内なる魔力の解放が叶うならば、翼を引き出すこともできるはず。強引に翼を2枚広げると、背を切り裂く痛みが走った。翼の先から赤い血が数滴落ちる。ばさりと広げた翼が、地下室をさらに暗く狭く感じさせた。
「稚拙な罠で、純白の魔王である余を封じられると思ったか?」
滴る血に命じる。
「顕現せよ、我が眷属よ」
本来なら武器である死神の鎌を呼び出す手順だが、この狭い地下室で身の丈より大きな鎌を振り回すことはできない。そのため、デスサイズを別の形で呼び出したのだ。召喚魔法で他所から呼び寄せるのではなく、身の内に封じた眷属を血を鍵として解放したに過ぎない。
血が滴る指先に、ぺろりと舌が這う。足元に顕現したのは、デスサイズの別形態である3つの頭がついた犬だった。艶やかな銀の毛皮に金瞳が輝く。美しく禍々しい気配をもつ獣は、目の前の人族に対して唸りをあげた。
「あのモノらをくれてやろう。そなたの好きにするがよい」
足元の少女達も、腕の中で震える幼き娘も、どちらも守らねばならぬ。この状況で自らが切り込む必要はなかった。結界が使えぬなら、己の身を盾にすればよい。そう考えるルシファーの口元が弧を描いた。
「しね、魔王!!」
定番のセリフで動いたのは、勇者と称する青年だった。輝く鎧で身を固めた彼の剣が振り下ろされるのを、ルシファーは避けない。避ける必要はなかった。
がうううっ! 飛び掛かった銀犬の頭が剣を噛んで止める。その間に残った頭のひとつが炎を吐いた。身の内で錬成する炎は魔力を源泉としていても、魔法ではない。魔法を封じる魔法陣の影響は受けなかった。
「ぐぁああっ」
剣を離さない手を高温で焼かれた勇者の苦痛の声が漏れる。残る頭がその手に噛みついた。ぐいっと首を横振る仕草で、片手を手首からもぎ取る。
「ぎゃああああぁ!」
ついに手から離れた剣を見せつけるように、兵士たちに向けて掲げた中央の頭が剣を噛み砕く。
「聖剣がっ!」
悲鳴に近い声を上げた魔術師の男が後退る。釣られたように、魔術師は壁に沿って逃げ道を探った。兵士の足元で痛みにのたうち回る勇者を庇い、武装した数人が前に立つ。
ルシファーへ向ける剣先は震えていた。
「魔王がっ、なぜ……」
「なぜ、と? 余の妃を連れ去り、それを問うか?」
震える魔術師の女の呟きに、呼ばれざる客であるルシファーが絶世の美貌に残忍な笑みを浮かべた。恐ろしいのに、美しさで目が離せない。魅了を使われたのかと疑うほど、心が引き寄せられた。
「妃だと?!」
「ばかなっ! ターゲットの設定を間違ったのか?」
「高い魔力の素質がある、魔族の子だったはず」
ざわついた魔術師たちの言葉で、状況がつかめた。彼らが求めたのは『魔力の素質が高い、魔族の子供』だ。何かの実験に使おうとしたのかも知れない。何にしろ、聞くに値しない下等生物の考えなどどうでもよかった。
「我が君、我が魔王よ」
斜め後ろに転移したアスタロトが、すぐに膝をついて黒衣の裾を捧げ持つ。忠誠を誓う仕草で接吻けた。ここ数万年見せなかった本性で現れた側近は、角や牙、獣の瞳孔も隠さない。コウモリの翼を背に畳み、普段より長い金髪をゆるりと後ろで結んでいた。
「御前を騒がすお許しをいただきたく」
「許す」
即決したルシファーの声に、アスタロトは手のひらに魔力を集中させた。この魔法陣に触れたときから、魔力の封印効果に気づいている。もちろんルシファーが望めばすぐに破壊できる程度の魔法陣だ。魔王の血が混じった魔法文字の一部は、すでに効力を失っていた。
右手のひらを内側から魔力で切り裂けば、溢れた吸血鬼王の鮮血が魔法陣を汚していく。書き換えは一瞬だった。同時に血に濡れた右手に、愛用の剣を握りしめる。魔力が解放されれば、武器の召喚も魔法も制限がなかった。
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