1370. カエルの子はカエル?
大公女達は互いのリボンを結び合ったりしながら、忙しく支度を整えていた。リリスの準備を手伝っていた侍女が流れ込み、一気に仕上げに向かう。髪を結い上げたのはルーシアのみ。レライエは結んで髪飾りに留めた。シトリーは小花を散らして流し、ルーサルカは髪飾りを握ったまま待つ。
義母であるアデーレが結ってくれる約束なのだ。主君である魔王妃リリス様の準備が終わったら、私の髪を整えてくれる。どきどきしながら待つルーサルカの元へ、アデーレは侍女服のまま駆け付けた。彼女自身もこの後は大公夫人としての着替えが必要だ。
どんなに忙しくても仕事は手を抜かない。主君の支度だけでなく、愛する義娘の晴れ姿も己の手で仕上げたかった。手を触れた濃茶の髪は少し癖があって、ブラシで梳かしながら悩んでいたわね。懐かしい昔話をしながら、魔法陣で髪を留めていく。リボンを絡め、銀鎖を編み込んで。最後に美しく輝く髪飾りを付けた。
「これで完成よ。どうかしら」
「素敵です! お義母様、ありがとうございます!!」
感動した様子のルーサルカが鏡の中の自分を何度も確認する。孤児としてこの城に来て、リリスに望まれて留まった。貴族階級ではなく、ましてや人族の母親に売られた彼女は満足な教育も受けていない。そこから這い上がるのは、どれほど大変だったか。
深夜まで必死に勉強する姿も、礼儀作法を学ぶ際の真剣さも、ルーサルカを美しく仕上げてくれた。この子を引き取ってよかった。アデーレは微笑んで鏡越しに娘と目を合わせる。
「この髪飾りは、私がアスタロトと結婚した時に貰ったのよ。結婚式直前に渡すから、大急ぎで髪型を変更したわ。私からの結婚祝いだから、大切にしてね」
驚いて目を見開くルーサルカに、穏やかに告げる。息子ばかり産んだから、こんなチャンスが来ると思わなかった。知り合いの獣人女性が、娘に結婚式で使ったヴェールを譲ったと聞いて羨ましかったの。やっと夢が叶うわ。その言葉に、ルーサルカは目を潤ませながらお礼を重ねた。
薄化粧を施した大公女達は、それぞれの属性を示す地模様が織り込まれたドレスを見せ合う。水のルーシア、風のシトリー、大地のルーサルカに炎のレライエ。全員が象徴するモチーフを織り込んだドレスだった。結婚式の主役は白、新しく出来たルールは小説から。
若い世代に合わせて、文化もルールも変更していく。臨機応変な魔族らしい、新しい習慣だった。当初は魔王と魔王妃の結婚衣装と色が同じなど恐れ多いと考えた。だがリリスやルシファーは、逆に同じ色を希望した。
結婚式は当事者が主役、その意味で地位は関係ない。同じ白にするよう命じられ、アラクネ達は快く変更を受け入れた。そこからが彼女達なりのご祝儀だ。地模様部分に、属性を象徴する色を織り込んだのだ。
レライエの炎に髪色と同じオレンジ、ルーサルカは緑の葉を。ルーシアは髪色の青に合わせて水色で、シトリーは柔らかな黄色を纏う。同色でレース編みのヴェールも用意された。これで同じ白い婚礼衣装であっても、ヴェール越しで誰か区別可能となる。
「素敵、風を黄色で表現したのね」
「寒い季節でなければ、この色で合うと思うわ」
盛り上がる彼女達の隣室では、男性陣も大慌てだった。
「そのズボン、俺のだろ!」
「違うよ、僕のだ。それより髪を結う紐を見なかったか?」
「ストラス様、こちらをどうぞ」
侍従達も加わり、大騒ぎしながら着付けていく。全員が淡いグレーのスーツに統一されたが、ここで問題がひとつ。翡翠竜だ。人化しても少年姿なので、イマイチ嵌らない。そこで彼だけ変更し、ミニドラゴン用で仕上げてもらった。
化粧も髪の手入れも要らなくなったので、くしくしと前足で顔を洗う姿は猫のようだ。タキシード風のベスト中心の衣装を纏い、鼻歌を歌いながら鱗を磨いている。
「まさかとは思うが、嫁に抱かれて入場は出来ないぞ」
「え? そうなの!? じゃあ、僕歩くのかな」
うーんと唸るアムドゥスキアスだが、その短い足で歩いたら到着に時間がかかり過ぎる。
「飛べばいいだろ」
アベルがぼそっと吐き捨てると、羽を出そうとして翡翠竜は動きを止めた。
「あのね……服が破けそう」
「あほか! 事前に頼んどけよ!!」
「いっそ羽を切って服を温存した方が……」
着替えの手伝いに駆け付けたストラスの恐ろしい発言に、ぞっとした男性陣は心の中で思った。やっぱり……優しそうに見えてもアスタロト大公の息子だった、と。




