1354. 何事も事前準備が大切です
新種の黄緑の小鳥について目撃情報を募ったところ、思ったより早く集まった。目撃された地域によっては、複数羽の確認がなされており……新種登録が確実となった。問題は、この鳥に特殊な能力があったことだ。
「魔王城の結界をすり抜けるのか」
「はい、魔法陣がまったく効かないようです」
報告するストラスが、赤紫の瞳をぱちりと瞬いた。金髪に近い茶髪は長くなり、後ろでひとつに結ばれている。イポスの婚約者であり、ルキフェルの研究所の優秀な研究員でもある。報告書の内容を暗記しているらしく、手にした書類を見ずに話し続けた。
「魔法に対しての抵抗は平均の範囲内、魔法陣で発動する魔術に対して異常な耐性を持っています」
奇妙なことだ。魔法も魔法陣も本来は同じ物のはず。だが発動状況により効果が異なるため、完全に同じとは言い切れない。その部分に反応するのだろう。今回魔王城に侵入できた理由がはっきりしたため、今後の研究は一応打ち切りとなる。気になる研究者がいれば、さらに深く研究するだろう。
「ご苦労さん、ところでイポスとの結婚式はどうするんだ?」
護衛のイポスが休んでいるのでちょうどいい。切り出されたストラスは、困ったような顔で肩を竦める。
「イポス嬢が、結婚式はしないと言うのです。相談しようにも父は寝ていますし」
寝ていると表現するのは可哀想だ。封印されているんだからな。アスタロト家の末息子であるストラスは、イポスの言葉が本心か分からず困惑しているらしい。
「そういう時の義父だろう。サタナキアと話をしてみろ」
「そう、ですね。話してみます!」
勢いよく出ていくストラスのために、サタナキアにも伝令を飛ばす。これで無事会えるだろう。おそらくイポスの性格からして「結婚後に何ヵ月も仕事を休めない」とか「ドレスなんて似合わない」と考えている。だが折角思い合っての結婚なのだから、着飾って欲しいと思った。それはドレスでなくてもいい。周囲に結婚を知らせるイベントは必要だった。
「陛下、ベビーラッシュへの対応策をまとめておきました」
「あ、ああ。必要だな、ありがとう」
ベールに差し出された提案書に苦笑いが浮かぶ。ずっと独身を貫いた魔王ルシファーが結婚する。敬愛する魔王の結婚に、周囲も一気に色づいた。結婚式があちこちで準備され、イザヤの恋愛小説のお陰で白いドレスや指輪も人気沸騰だ。
結婚式が増えれば、次は子どもが大量に産まれる。どの種族も子どもは大切な宝なのだが、同時に手がかかるのも事実だった。保育所は増やしているし、遠方からも通えるよう転移魔法陣も各地に設置している。現在テスト段階だが、トラブルは起きていなかった。
複数回の転移で体調を崩した報告もない。順調なのだが、明らかに不足すると思われるのが赤子用品だった。ここは製造を担当する一族に大量生産の依頼が必要だ。魔王城で大量発注して保管し、必要な種族に配布する案が練られていた。
「ベビーベッド、玩具、おしゃぶり、おくるみ……安全柵、最後のこれは何だ?」
記された品物の中に、リリスを育てる時に使わなかった物がある。
「魔石付きの迷子首輪ですね」
「赤子に首輪をするのか」
なんだか可哀想な気がする。そう懸念するルシファーの前に並べられたのは、可愛いリボンタイプからしっかりした革製品まで数種類の首輪だった。
「迷子になったり、うっかり事故があった時の位置情報を確認できます。それから親や保護者がいる証拠にもなりますので、つけさせる方が安全です」
「なるほど」
考えられている。リボンタイプなら柔らかい肌の種族でも平気だし、魔獣なら走り回るので革製の方が取れにくいだろう。よく考えられた製品を手に取って確認する。ドラゴン種のように飛べる種族にとっては、我が子の行方探しは大騒ぎだった。その意味で、居場所を簡単に特定できるのは助かる。
「わかった。これらの品を大量に生産するよう指示してくれ。予備費が余ってただろ」
さらさらと支出の許可書類を作って押印し、ベールに手渡した。今日の仕事は一段落だ。リリスを探して、一緒に休憩しよう。




