1351. 結婚式が近づくほどリリスと会えない
準備が整った物から次々と納品されてくる。それらを受け取り、適切に管理するのがベリアルの最重要任務だった。というのも、ここ最近納品されるのは、魔王妃リリスと大公女4人分の婚礼に関する物ばかり。
購入品リスト片手に、ベリアルは受け取り専属となっていた。毎日納品されるわけではないが、衣装や靴には適切な温度管理が必要だし、万が一にも紛失や破損が生じてはいけない。交代制で見張りを立てるほど神経質になっていた。
「ベリアル、大変そうなら預かろうか?」
ピリピリする侍従長の姿に、ルシファーが妥協案を申し入れる。当初はルシファーの収納で保管する予定だった。それを変更しているため、元の案に戻そうというのである。魔王の収納ならば、品物が紛失したり破損する確率はほぼゼロだった。問題があるとすれば、ルシファーが外出している間に試着等の調整ができないこと。
「いいえ、管理します。やらせてください!!」
「あ、大変じゃなければ任せる」
勢いに押されて戻ってきたルシファーは、ちらりと後ろを振り返る。どう見ても厳重警戒区域に指定されていた。コボルトが常に巡回し、小さな槍を手に警護する姿は微笑ましい。寝不足にならないよう、夜だけでも預かるか。いろいろ考えながら執務室に戻った。
「陛下、こちらを処理してください。大至急です」
駆け込んだベールが差し出す書類は、リリスのティアラの変更に関する支払金額が記されていた。つい先日、決まっていたデザインに変更が入ったのだ。その追加資金だが……。
「これで足りるのか?」
「ご安心ください、陛下から頂いた宝石類を使うので、加工賃のみです」
「なるほど。それなら納得だ」
不当に高く請求されても困るが、安過ぎるのも問題になる。魔王城が搾取していることになるし、賄賂のような扱いになる可能性もあった。予算が足りなければ、個人資産を足そうと思ったが、問題ない。署名して、押印した。仕上がった書類を受け取ると確認し、ベールは足早に出ていく。
「忘れるところでした。陛下、リリス様がダンスホールでお呼びです」
「わかった」
結婚式が近づくにつれ、リリスと一緒にいられる時間が減っている。結婚してしまえば、以前と同じく一緒にいられるのだが。試着やらエステやら、女性同士で楽しむイベントが多数あるらしい。この辺の知識はアンナが持ち込んだ。
結婚式の前に肌の色艶を整え、体のラインを美しく絞るのだとか。人族の貴族令嬢と違い、魔族には細い腰に対する憧憬はない。種族によっては腰部分が一番太い種族もいるのだ。妻のヒップが大きい方が裕福な証としている魔族もいた。価値観が違いすぎ、細い腰や豊満な胸にこだわる傾向はない。
呼ばれたということは、ダンスかな? ダンスホールという場所も手伝い、お相手役として呼ばれたのだと思った。一応女性ばかりの部屋のはず、ノックをして返答を待つ。ふと視線を感じて足元を見ると、扉の脇に小さな箱が置かれていた。中から顔を見せているのは、翡翠竜である。しょんぼりした様子から、外へ出されたのだろう。
「どうぞ」
相手の確認もせず、リリスは扉を開いた。これもいつものことだ。魔力を色で見分けるリリスは、扉の外に立つ人物の魔力で相手を判断している。ルシファーの色を見間違えるはずはなく、笑顔で手招きした。誘われるまま入室しようとして、アムドゥスキアスを見やる。縋るような瞳は潤んでいた。なんとも哀れである。捨て猫のような扱いをされる、元大公候補を拾い上げた。
「彼も一緒でいいか?」
「私はいいけど、ライはどうかしら」
「何かやらかしたのか」
呆れがこもった声に、翡翠竜は憐れっぽく「きゅー」と鳴いた。これは相当叱られたな。レライエに許可をもらうまで、外で待っていろと言い聞かせ、箱に戻す。鼻を鳴らすアムドゥスキアスの哀れな姿に、何とも後ろ髪を引かれる思いで扉を閉めた。




