1348. どうやって侵入したか
部屋から消えた葡萄事件――大仰に表現すると大事件のようだが、夜食用に残した葡萄が房ごと消えただけの話である。皿は残っていたので、誰かが片付けたという説は消えた。
一部が短くなったルシファーの髪は、一番短い肩の辺りで結ばれる。魔力を多めに流しているので、結婚式までには元の長さに伸びるはずだ。多少届かなくても、儀式や祭典で髪を結うのは、魔王や大公の恒例なので問題ない。
平然と毛先を家具や床に付ける魔王だが、結婚式前に神経質になった侍従に叱られた。普段から結んだりして毛先を傷めないよう、何度も言い聞かされている。素直に髪を結んで三つ編みにしたルシファーは、部屋を見回して他に異常がないことを確認した。
「まあいいか、葡萄くらい」
厨房にいるイフリートに頼んで、冷蔵室から出してもらおう。部屋ごと魔法で冷やす食糧庫へ向かおうとするが、侍従のベリアルに止められた。
「お待ちください、これは重大事件です」
「そうですわ。陛下のお部屋に侵入者だなんて、魔王城に勤める者すべての名誉にかかわります」
アデーレが大事にしてしまった。これでは、城の中に泥棒がいたという話に発展する。葡萄だけなので、問題はないのだが。そう取りなしても、誇り高い魔王城の侍従長と侍女長は引かなかった。現場検証が始まり、湯冷めしないようリリスに羽織り物をかける。
「ルシファー、窓が開いてるわ」
「ああ、夜香の話をしたときから開いていたな」
出かける前にふわりとカーテンが風に踊っていた。窓際に近づき扉に手を掛けたところで、ぴたりとルシファーが止まる。
「誰だ?」
軽く首を傾げながら、しゃがみ込む。小さな鳥に似た生き物がいた。色は黄緑だろうか。羽の一部に赤やオレンジが入っている。見たことがない鳥なので、ひとまず結界で包んで捕獲した。ぱんぱんに膨らんだ腹部を見る限り、満腹らしい。
「魔族でしょうか」
眉を寄せるアデーレが首を傾げる。
「分からないな」
現時点でまだ意思の疎通が取れていないので、分類は保留だった。完全に会話が出来ないと判断されたら、魔獣になる。魔力を保有しているのは確かなので、動物ではないだろう。
「あっ! 鳥が犯人だわ! 証拠がそこに」
リリスが鳥のいた場所を指さす。よく見れば、葡萄の房を構成する果軸と呼ばれる茎が残っていた。窓が開いていたので留守中に侵入し、置いてあった葡萄を食べたのだろう。運んでから食べたのか、食べて軽くなってから運んだのかは不明だが、食べたのはこの鳥で間違いなさそうだった。
「ベリアル、犯人だ」
駆け寄った魔犬族のベリアルが、眉を寄せる。それから窓の外へ手を伸ばし、不思議そうに呟いた。
「どうやって侵入したのでしょうか」
「鳥だから飛んできたんだろう」
今は膨らみ過ぎて飛べる感じはしないが、元はスリムだったんじゃないか? そう告げたルシファーもおかしな点に気づいて、捕まえた鳥を凝視する。確かにおかしい。
この魔王城には結界と防衛用魔法陣が常時発動している。この小鳥が動物で魔力を持たなければ、警戒対象ではないので入れるだろう。だが魔力を保有するなら、窓からの侵入は妨害される。しかも中に入って食事をして、さらに休憩していたのだからベリアルが不審がるのも当然だった。
「結界、動いてるよな?」
試しにぱちんと小さめの雷を落とすと、激しい音を立てて弾かれた。次は弱めの風をぶつけてみるが、やはり防御される。普段から窓の開閉に気を使わず生活しているのは、この魔法陣があるからだった。そうでなければ、人族のように施錠は絶対条件だろう。
「陛下、もう少し静かな魔法にしてくださいませ。騒ぎを聞きつけて起きてしまったようですわ」
交代前の侍女達が数人駆け付けてしまい、アデーレが苦笑いして窘める。申し訳ないことをしてしまった。そう謝るルシファーに一礼し、彼女らは引き取っていただく。
「鳥は牢に入れますわ」
「まだ犯罪者と確定したわけじゃない。もう少し待て」
すやすやと腹を上に眠る黄緑の鳥に、目覚める様子はない。明日まで対応は保留となり、夜も更けた時間なので解散となった。




