1342. 指輪はひとつじゃないのか!?
普段は見かけることがない指輪の形状を確認するため、イザヤ邸へ向かう。ぱちんと指を鳴らして転移したルシファーは、新婚家庭ということもあり門前に降り立った。いきなり他人の部屋や玄関に出るのは失礼だろう。
ここで余談だが、魔族の新婚とは結婚後10年前後だ。しかし長寿な種族だと50年は新婚と称される。イザヤとアンナの夫婦は人間なので10年が適用されるはずだ。門をノックしていると、後ろを通りがかった獣人の奥さんがげらげら笑って扉を開けた。
「あらあら、魔王様。城下町の家は門の中に首突っ込んで呼ぶもんですよ。こうやって……アンナちゃーん! お客様ぁ!!」
大声で叫んだ彼女のお陰で、アンナ嬢はすぐに出てきた。ご夫人に礼を言って中に入り、イザヤに会えるか確認した。突然来たので、仕事中ならまた改めるつもりだが……。
「あなたぁ! 魔王様がお見えよ」
振り向くなり大声でイザヤを呼ぶ。これが城下町スタイルか。魔王城も問題が発生すると、侍従のコボルトが「大変です」と叫びながら突入してくるので、大差ないな。イザヤが出て来るまで、何となく空を見上げた。
アスタロトが口煩くなったのも、ベールが厳しいのも、もしかしたらオレの所為じゃないか? 今頃になってそんなことを考えてしまう。
「ああ、魔王陛下。いかがなさいました? アンナ、お茶の準備をお願いできるか」
「はい。中へどうぞ」
促されて室内にお邪魔する。双子は仲良く柵の中だった。木製の柵にしがみついて立ち上がろうと苦戦している。
「懐かしいな。リリスもこんな頃があった」
近づくが手は貸さない。短い手を目いっぱい伸ばして裾を掴んで笑う幼子の頬を撫で、裾を返してもらうと勧められた椅子に座った。用意されたお茶は香ばしい匂いがする。リリスが好きそうなので、後で購入先を教えてもらう約束をした。
「それで、お茶を飲みにいらしたのではないでしょう?」
「口調が怖い時のアスタロトを思い出させるから、出来たら普通に頼む」
「わかりました」
苦笑いしながら、口調を直したイザヤが新刊を一冊取りだした。シルエットが意味深なあの本だ。
「これが問題になりましたか?」
「いや……この本の中に描かれる指輪について聞きたい」
きょとんとした後、離乳食の果物を擦っているアンナが呼ばれた。イザヤが手短に説明し、アンナが絵に起こしていく。あっという間の作業だった。やや茶色がかった紙に描かれたのは、丸い輪だ。指のサイズに合わせるのは分かる。問題は裏側に何か文字が刻まれているような表記だった。
「これが結婚指輪です。日本では婚約指輪もあります」
「婚約と結婚で二度贈るのか」
「ええ、婚約指輪は宝石を載せたデザインが多いですね。結婚指輪は離婚するまでずっと着けるので、宝石は埋め込んだり、裏に愛の文字を刻んだシンプルな形です。日常生活に支障がないことが条件です」
説明に頷く。理にかなっている。婚約は結婚を願う男から女へ求愛の証として献上されると理解した。つまり貢ぎ物だ。アムドゥスキアスが洞窟に貯めた財宝と同じか。ルシファー自身も、己の持つ金貨や宝石類を半分近くリリスに譲っていた。
「婚約指輪は間に合わないか」
「今のうちに作って嵌めてもらえばいいじゃないですか」
アンナが笑顔で提案する。それから彼女が見せてくれたのは、小ぶりな宝石が乗った指輪と己の左手だった。婚約指輪は誕生石である紫水晶が飾られている。左手の薬指に通した指輪を外して見せてもらうと、内側に文字が刻んであった。
「なるほど。婚約指輪の宝石に意味はあるのか?」
以前に褒賞の一部として宝石をいくつか渡したのに、紫水晶を選んだ理由が気になった。




