1275. 迷子の森のアドキス
「ここはさっきも通った気がするの」
「あっちじゃないか?」
魔の森で、シトリーとレライエは道に迷っていた。印として手折った花の茎を確認し、眉を顰める。この場所は踏み込まないようにしていたのに、どうして迷い込んだのか。それこそが迷いの緑と呼ばれる地域の特性だった。足を踏み入れた記憶がないのに、いつの間にか引き込まれる。
「もう一度整理しよう。上空から確認する手は使えそうか?」
竜人族のレライエも竜化で空を飛べるし、シトリーは鳥人族だ。解決手段として最適に思われたが……森の上部は蔓が覆い木漏れ日も届かない。その為、太陽の方角を確認して、位置を割り出す方法も使えなかった。
「無理ね、翡翠竜さんの二の舞よ」
シトリーは飛ぶ際に、翼に魔力を乗せる。両手を翼に変化させるため、その翼は大きかった。絶対に途中で引っかかるし、蔓自体がうねうねと動いているので、確実に獲物を捕らえに伸びてくる。
すでに一回、アムドゥスキアスが挑戦した。彼は現在行方不明である。というのも、上空から確認すると言って飛び立ち、あっという間に蔓に絡まれた。助けようとしたレライエの目の前で、無情にも投げ捨てられてしまったのだ。とんでもない距離を飛ばされたらしく、長い距離を感じさせる悲鳴はドップラー効果で届いたほど。
彼が戻ってくるのも時間がかかりそうなので、自力で脱出を試みていた。早くしないと、次の予定がずれ込んでしまう。ちょうどお昼休みを挟んでいたため、現時点でまだ余裕があるが。
「ねえ、いっそ魔王城に戻ったらどうかしら」
ふわりと浮いた瞬間、うねうねと近づく蔓にうんざりしながら提案する。シトリーの言葉に、レライエも迷った。確かにこのまま蔓と戦っていても、時間ばかり消費してしまう。魔王城に戻って、誰かに転移で飛ばしてもらうなり、自力で飛んで目的地へ向かった方が早そうだ。
「問題はアドキスだ」
「ここへ戻ってきちゃう?」
レライエは「たぶん」と口にしながらも、確証があった。レライエに惚れ抜いてストーカーのような婚約者の言動は、かなり把握している。つい先日も仕事で話したコボルトに悪戯しようとした理由が、レライエの手を握ったから……だった。その程度でコボルトの毛を丸刈りにしようとしないで欲しい。
「あのアドキスだぞ?」
レライエに反論できず、シトリーも苦笑いした。
「翡翠竜さんって、かなり能力高いのよね? 元大公候補だもの。なぜ転移を使わないのかな」
ふと気付いたシトリーの疑問に、レライエは額を押さえて溜め息を吐いた。
「失敗するそうだ」
「え?」
「奴は方向音痴で、座標指定がよく間違っている。以前も洞窟へ行こうとして失敗し、滝壺の中に出現した。水流に巻かれながら浮き上がるのは大変だったぞ」
「……わかったわ」
方向音痴すぎて、座標指定が信用できない。本人が太鼓判を押す時ほど失敗するらしい。武芸に秀でて体が丈夫な竜人族じゃなければ、レライエの命は何回危険に晒されたことか。転移先が火口の縁だった時は、これで終わりかと思った。嘆く友人を慰めながら、シトリーは渡された魔法陣を見つめる。
「やっぱり一度魔王城に戻りましょう。翡翠竜さんがここへ戻れる可能性は低いわ」
だって――方向音痴なんだもの。この場所の方角すら怪しいんじゃないかしら。
友人の思わぬ指摘に、レライエは目を瞬き……こくんと頷いた。
「そうだな、我々は魔王城に戻り出直そう。奴はそのうち追いついてくる」
ストーカー気質全開のアムドゥスキアス、方向音痴だが執着心には定評があった。おそらく匂いでも辿ってたどり着くだろう。彼女らの予想を肯定するように、泥の沼に落ちた緑の竜は鼻をひくつかせる。
「もう少し向こうかな」
この時点で、すでに3回も転移に失敗していた。




