1272. サボったら即日バレた
昨日捕まえた海老が、すぐ脇を逃げていく。だが捕まえようと動いたのはヤンだけだった。ぱしっと前脚で無事捕獲し、立派なハサミを避けて鍋に咥えて放り込む。ぐらぐらと煮える鍋の中で、海老は美しい青色になった。ちなみに昨夜の蟹は火を通した途端、鮮やかな黄色に変化したことを付け加えておこう。
ここに日本人がいたら、甲殻類は赤だろ! と突っ込む場面だが、この場にいるのは冷気を漂わせるアスタロト大公である。早朝に突撃され、無理やり起こされたルシファーは、砂の上に正座していた。
「魔王陛下、視察に出ると伺っておりましたが、これはどういった状況でしょうか?」
飲んだまま片付け忘れた酒瓶が転がるテントの前で、ルシファーは開き直った。
「視察は昼間の仕事で、夜は何を飲もうが食おうがオレの勝手だ」
「なるほど……では視察の成果を教えてください」
わざわざ魔王陛下と敬称で呼ぶ、この時点でアスタロトは証拠を握っていた。遊んで仕事を後回しにするのはいつもの事なので、監視を付けている。そんなことも知らずに、ルシファーはウミネコ捕獲の話を始めた。
「ウミネコに関しては、捕獲は一瞬でしたね。海の底を見にいくのは楽しかったですか? ドラゴンに渡した後、サタナキアも一緒になって飲んで騒いだとか」
ルシファーの後ろに直立不動の将軍に、とばっちりが向かう。慌てたルシファーが頭を下げた。
「ごめん、オレが悪かった。だからサタナキアを責めるな、泣くぞ」
「泣きません!!」
いつの頃のお話をしているのですか。生まれる前から知っている魔王の暴言に、サタナキアは額を押さえた。この世に生まれて561年、将軍職を授かって312年が過ぎたのに、まだ子ども扱いされて訂正する。
「視察をきちんとしてください。昨日は魔王軍が歓迎の準備をして待っていたのに、陛下や将軍が来ないと半泣きで連絡がありました。彼らが心配して探し回ることになったら、どう責任を取るのですか」
「ごめん……」
今度は素直に謝罪が口をつく。そうか、魔王が視察に来るから、気合を入れて準備したのだろう。なのに夜になっても姿が見えない上、将軍も海辺で消息不明。状況を確認しに部隊が動いてもおかしくない。
酒盛りのせいで注意力が散漫だったから、誰かが上空を飛んでも気づかなかっただろう。探す警護対象の上位者が、自分勝手な行動を取れば探すのも仕事のうちだ。申し訳ないことをした。
しょんぼりしたルシファーだが、正面のアスタロトの隣で腰に手を当てて頬を膨らませるリリスに追撃される。
「私が寝てる間に海老や蟹を食べたって聞いたわ、そんなのひどい! 起こしてくれたらいいのに、イポスやヤンまで一緒になって」
「待ってくれ、リリス。ヤンやイポスは起こそうと言ったんだ。止めたのはオレだから、彼らを責めないでやってくれ」
あの時のイポスの声に頷いて起こせばよかった。あまりによく寝ていたので、眠らせてやろうと考えてしまったのだ。無言で近づいたリリスはルシファーの前で座り、じっと見つめる。目を逸らさずに受け止めると、彼女は大きく溜め息を吐いた。
「私の分は?」
「収納に海水ごと入れた。後で出すから焼いたり煮たりして食べられるぞ」
証拠の蟹を海水ごと取り出して見せると、リリスの表情は柔らかくなる。
「いいわ、今回は許してあげる」
「ありがとう、リリス。次がないよう気をつける」
丸く収まった気がして立ち上がろうとしたルシファーに、ずしっと圧力が掛けられた。
「陛下、私は許しておりません」
「あ、悪い」
立てた膝を下ろして砂の上に座り直し、再び説教を受ける。解放される頃には、お昼を過ぎていた。熱い砂から解放されたルシファーは、散らかった海老や蟹の殻を拾って処分し始める。午後はこのまま魔王軍と合流することになり、アスタロト監視の下で魔王は軍に引き渡された。




