1236. お姫様は読書にいそしむ
曇り空の下、ルシファーとリリスは中庭に立っていた。城門は門番やアラエル、ピヨ、ヤンが野次馬となってうろつく有様だ。
魔獣と聞いてヤンは期待していたようだが、エリゴスは人化して現れた。ある意味ほっとするルシファーだ。ここでメスだとバレたら台無しの上、人目があるので噂になってしまう。ベルゼビュートが数百年単位で引き籠ると、財務計算が滞る嫌な先例があった。
「ベルゼ、お疲れさん。執務室へエリゴスを伴う許可書だ」
「ありがとうございます。手際がいいですこと」
驚いた顔を見せるベルゼビュートは豊満な胸をエリゴスの腕に押し付け、がっちり腕を組んでいる。色っぽさもあるが、逃がさないようホールドする姿にも見えた。これでベルゼビュートの手に剣があったら、エリゴスは囚われ人にしか思えない。
「どうせ必要になるし、だったら用意しておくのは当然だろう」
一般的な話をしながら、さりげなく2人を執務室がある最上階へ誘導する。腕にぶら下がるような形のリリスは目を輝かせた。
「ベルゼ姉さん、すごく幸せそう。いつもより可愛いわ」
「あ、あらそう? そうね、幸せだからかしら」
可愛いと言う誉め言葉は珍しいため、ベルゼビュートは少し裏返った声でそつなく返答する。他の3人の大公がいないことも気にせず、すたすたと階段を上った。執務室へ2人を押し込み、入り口に衛兵を配置する。といっても、侍従のコボルトが代理だ。
「いいか、入室の返答がない時は取次ぎ禁止だ。その場合の書類は隣のアスタロトの部屋か、オレのところへ持ってこさせろ」
「「了解です」」
声をそろえる2匹に頷き、ルシファーは大きく肩を落とした。やたら疲れた。久しぶりに肩が凝ったぞ、文句を言いながら自室に引き上げる。大公女達が続き、中に入るなりざわめきが起きた。外で声を上げないよう口を閉じていたのは賢い。
「すっごい綺麗になってたわ」
「いつもより髪の巻きが美しいし」
「何より可愛かった」
「「「そうよね」」」
盛り上がる大公女達の執務室は、現時点でルシファーの執務室の左側である。というより、リリスの執務室と同室と表現するのが正しい。保育園を終了してからの座学を、ルシファーの執務室にあった応接間と書棚を片付けた場所で学んだ。その机や椅子はそのまま利用されている。
いずれは大公女達もそれぞれの執務室を持つが、彼女らの意見では4人一緒で構わないそうだ。この部屋を切り分けて間に壁を作ったら、そのまま利用できるかもしれない。ドワーフに相談してみるか。ルシファーはルーサルカ達の盛り上がりをよそに、部屋の構造を確認していた。
天井に描かれた大きなモチーフを半分にすると、泣く職人が出るかも知れないな。あの辺は上手に移動できるだろうか。魔王城自体を増築してもいいが、外観を変えるとアスタロトやベールが煩い。内側に魔法陣を描いて大きさを変更する……いや、魔力頼みの構造は危険だ。他の魔法陣と反発する可能性もある。
様々なケースを想定しながら、ルシファーはリリスを膝に乗せる。横座りしたリリスは、ルーサルカに借りた1冊の本を開いた。表紙はシンプルにタイトル文字と、何かの文様が描かれている。
「変わった模様だな」
「天才恋愛小説家のマークらしいわ。トリイと読むそうよ」
「トリーでは?」
「え、私はトリイと発音すると聞いたわよ」
シトリーとレライエが読み方を悩み始めた。どうやら一気に売れてしまい、作家自身の情報が追いついていないようだ。リリスが開いたページを読み始めた。紙質はあまり良くないが、文字は以前童話で開発した方法で印刷したのか。擦れた文字もある。
本の普及にはまず印刷技術の向上か、複製魔法陣の普及が必要らしい。




